トルコ人の友人と一緒にテレビを見ていたことがあった。
なんの番組だか忘れたけど、その番組を見ていた友人がぽつりと一言、
「時々さー日本人て、神様が人間は頑張ればここまで出来るってことを、
他の人間に教える為に作ったんじゃないかと思うんだ。」
一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
「な、なに・・?」
数秒後、なにやらすごいことを言われたらしいことが、ようやく解りかなりうろたえた。
彼は、トルコ人には珍しく、あまりお世辞の得意なタイプではない。
いや、もちろん儀礼的な意味でのお世辞は言うけど。
「髪型どう?」
「似合ってますよ」くらいのは。
逆にいつも私とは、日本やトルコの問題点を歯に衣着せぬ調子で話している。
本音を言い合える親友のような友達なのだ。
テレビがその時映していたのは、平城京のジオラマだった。
細かく精緻に作られた。
その細かさに彼は見入っていた。
もちろんそんなものは、他の国にもあるだろうし、テレビで映っていたものが特にすごいものとは、私は感じなかった。
ジオラマ作りのバイトは学生時代にしたことがあるが、それはそれなりに大変だった。
細かくて。
でも、私はジオラマよりもっと細かい細工の工芸品を知ってるし、そのジオラマは日本の美術系の学生なら作ってしまえるレベルのものだった。
でも、彼はそれを見て、今まで日本で見て来た様々なものを思い起こしたようだった。
日本庭園の陰影、美しく盛り付けられた料理、和菓子の色合いと形、錦に刻まれた細かい刺繍、蒔絵のきらめき・・・。
どんなものにも手を抜くことのない、日本人の完璧な仕事・・。
彼は芸術的な素養があって、日本についてもその方面に特に関心が高いようである。
特にテレビで日本庭園が映ると、真剣に見入っている。
同時に盆栽展などに連れて行くと、めちゃめちゃ喜ぶ(笑)。
ついでに、納豆と梅干し、ワサビが大好きで、日本人と食事に行く時は、自分の箸の口をつけてない方へひっくりかえして、大皿から料理をとる(笑)。
彼ほど日本文化を愛するトルコ人を見たことがない(笑)。
だからと言って、彼がトルコを忘れてしまったのかというとそうではなく、オスマン‐トルコ時代の文化を捨て去ってしまった現代のトルコの姿を嘆いてる。
多分、彼はトルコも日本と同じ様に古いものも大事にして、自分達の精神を形作るものの元の形を、残して欲しかったのだろうと思う。
文化として。
彼は日本人が新しいものを作りつつ、古い伝統的なものも驚くほどよく残していて、
それと同時に古いものから又新しいものを作りだしている様子を感嘆しながら見ている。
「神が人間は頑張ればここまで出来るってことを、
他の人間に教える為に日本人を作ったんじゃないかと思う」
そんなことを彼に思わせてくれた、職人さんや日々黙々と働いている皆さん。
お疲れ様です。
そしてありがとう。
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俺も技術の先人は尊敬する
どうしても賃金が安くなるからな〜
政府にはその辺のことも考えてもらわないと。マスコミも後継者問題だけでなく…
口つけた反対側のほうが雑菌多いらしいしね
きっとそうだ


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