「貴方、私の仲間に加わりなさい」

剣士「…は?」

今日の仕事を終えて飯屋で1人夕飯をとっていた時、執事を連れたお嬢ちゃんが俺に近づくなりそう言った。
身なりはいいが気の強そうな雰囲気のお嬢ちゃんで、俺が無愛想に聞き返しても怯む様子は無かった。

剣士「俺は傭兵だ。仕事の依頼かいお嬢ちゃん」

?「仲間になれと言ったのよ。ま、お金で仲間になってくれるなら、交渉させてちょうだい」

剣士「言っておくが俺は安くはないぞ。で、内容を聞こうか」

?「魔王討伐に付き合って」

剣士「…は?」


1話 お嬢様勇者との出会い


剣士「…そういや、国王専属の占い師が勇者を見つけたとか噂になったな。敵への情報漏えいを防ぐ為、それが誰かまでは公表されてなかったが…」

勇者「喜びなさい、貴方の目の前にいるのがその勇者よ」

剣士「意外だな。まさか、剣を振ることすら難しそうなお嬢ちゃんだったとは」

勇者「ちゃんと旅の最中はそれなりの装備をするわ。これは街歩き用の格好よ、ねぇ執事」

執事「はいお嬢様」

いかにも堅苦しい感じの執事がようやく声を発した。
そのやりとりだけ見ると、ただのご令嬢と執事にしか見えない。

勇者「で、いくら欲しいのかしら?何せ依頼内容は魔王討伐だもの、けちらずに支払うわよ。何なら土地を家つきで差し上げましょうか?」

剣士「待て待て待て」

剣士「そんな金持ちのお嬢ちゃんなら、もっと良い身分の騎士様や大魔道士様の方がいいんじゃないのか。俺は身分の低い、評判が悪い金の亡者だぞ」

勇者「身分が低くても評判が悪くても金の亡者でも、確実な実力者が欲しいのよ。貴方、街を襲った魔王軍幹部を倒したそうじゃない?肩書きと身分はあっても実績のない人達よりは、よほど頼りになるわ」

剣士(なかなか大胆なお嬢ちゃんだな…)

勇者「で、話を受けるの?受けないの?どっち?」

剣士「断る」

勇者「決断が早すぎないかしら」

剣士「仲間に加われと言ったな…つまり護衛でなく、お嬢ちゃんと共闘しろということだろ。そりゃ命がいくらあっても足りんな」

勇者「ふぅん、私と共闘はご不満かしら」

剣士「不満に思わないのは下心のある奴だけだろうよ」

勇者「失敬ね。私は下心を抱くに値しない女ということ?こう見えても、成人の手前なのよ私」

執事「お嬢様、論点がずれております」

剣士(この執事落ち着いてるが、相当苦労させられてるんだろうな)

剣士「とりあえずそういうことだ。他をあたって…」

勇者「いいえ。納得できないわ」

執事「お嬢様…」

勇者「魔王討伐に怖気づいたならこちらからお断りしていたけれど、貴方が不満を持っているのはこの私。でもそこまで過小評価されて、私も不満よ」

剣士「面倒なお嬢ちゃんだな。それで?」

勇者「貴方に決闘を申し込みます」

剣士「は?」

勇者「私の実力を認めさせてあげる。そうしたら考え直して下さらない?」

剣士「断る」

勇者「何ですって」

剣士「さっきお嬢ちゃんとの共闘が不満だと言ったが、訂正する。俺はお嬢ちゃんのことが苦手だ」

勇者「な…っ!」

丁度飯を食い終わったので、俺は逃げるように席を立った。
お嬢ちゃんは何やらわめいていたが、執事になだめられていた。
店を出た後、後をつけられていないか用心しながら、俺は宿屋に戻った。


勇者「ふ、甘い甘い。あの剣士の情報は事前収集済みよ。どこで寝泊りしているかもわかっているんだから」

執事「お嬢様諦めませんか。そこまで執着する相手でもないかと」

勇者「いいえ。金の亡者と評判は良くないけど、あの男の実力は確かよ。絶対に仲間に入れてやるわ」

執事(1度言いだしたら聞きませんねお嬢様は)

勇者「今日はもう遅いから、明日出直すわよ。明日には、彼は私の仲間に加わっていることでしょうね」

執事「…そうだといいですね」

>翌日

執事「少々宜しいでしょうか」

剣士「…何だ」

宿屋から出てきた所で声をかけられぎょっとしたが、周囲を見ても昨日のお嬢ちゃんはいなかったので少し安心する。

執事「お仕事の依頼を」

剣士「昨日断ったはずだが?」

執事「いえ別件で。西の洞窟にいる竜を討伐して頂きたいのです」

剣士「…どうして俺に?お嬢ちゃんは勇者なんだろう。それとも何か、あのお嬢ちゃん竜を倒す力もないのか」

執事「お嬢様はそんな小物に興味がないそうで。ですが勇者として放置はしておけないので、貴方に依頼したいとの事です」

剣士「…」

何か怪しいと思いつつ、提示された破格の報酬に、俺は依頼を承諾した。


剣士(…ついて来ている様子はないな)

後ろを用心して道を進む。
この辺は徘徊する魔物も弱く、余裕を持って歩ける。

剣士(強い者は強い魔物がいる所に集まる…今回の仕事は大したことないかもな)

剣士(…と思ってたのは甘かったようだ)

現在戦闘中。
竜が暴れている為、岩陰に潜んで様子を伺う。
それにしても物凄い暴れっぷりだ。
今までこんな辺鄙な所に来る旅人が少なかったから被害自体は少なかったようだが、戦うには手ごわそうな相手だ。

剣士(ま、今回は破格の報酬を提示されているし、文句言わずにやるか)

?「ほほほ!苦戦しているようね!」

剣士「!?」

洞窟の入口には、昨日と変わって軽装に身を包んだお嬢ちゃんが堂々と立っていた。

勇者「助太刀に来たわよ」

剣士「…先回りしてたのか」

剣士(俺がどこに向かうのかわかっていれば先回りできるからな…後ろは用心していたから、それしか考えられん)

勇者「貴方には私の実力を認めさせる必要があるのよ」

剣士「…お嬢ちゃん」

勇者「どう?考えてくれる気になった?」フフン

剣士「危ないぞ」

勇者「え…きゃあっ!」

暴れまわる竜の尻尾がお嬢ちゃんに当たりそうだったが、ギリギリかわす。
身のこなしは悪くはないが、注意力不足で危なっかしい所もあるようだ。

剣士(依頼主に怪我させるわけにもいかないし、さっさと倒すか…)

俺は決心し、剣を構えて竜に正面から突っ込んだ。

竜の爪が俺に襲いかかるが、それを剣で弾く。
暴れん坊なだけあって力はかなり強いが、対処できない程ではない。
それに知能が足りてないのか、攻撃方法がやや単調だ。

剣士(このまま隙を伺うか…)

勇者「助けるわ!」

剣士「!?」

気がつけばお嬢ちゃんが高く跳躍し、剣で竜の頭を狙っていた。
しかし竜はそれを察知し、片方の脚でお嬢ちゃんをなぎ払おうと手を上げる。

勇者「甘い!」

だがお嬢ちゃんは空中でそれをかわした。
避けた方向には竜の頭。

勇者「覚悟ォ!」

そして、そのまま剣で竜に切りつけた。
だが…

勇者「…あら?」

竜は多少怯んだようではあるが、切りつけた所には軽い傷ができた程度だ。
どうやらお嬢ちゃんの力では、硬い表皮に大きなダメージを与えることはできなかったようだ。

剣士(まぁでも動きは悪くないか)

勇者「…」ブルブル

剣士「?」

しかしお嬢ちゃんは悔しそうな顔で…

勇者「何なのよおぉ!助太刀に入って一撃で竜を仕留めるって、剣士だって私を認める美しいシチュエーションでしょお!倒れなさいよおぉ!!」

剣士(子供か…)

多少株を上げたと思ったらすぐに下げるお嬢ちゃんには呆れた。
しかし竜に言葉は通じず、俺は咄嗟にお嬢ちゃんの前に出た。

剣士「…ッ!」

勇者「!!」

お嬢ちゃんに襲いかかった爪を受け止め、カキィンという金属音が洞窟に響き渡る。
今ので多少肩を痛めた。

勇者「あ、ありがと…」

剣士「礼はいい…それより帰ってくれ」

勇者「それは嫌」

剣士「あのな…」

何か言いかけたが、このお嬢ちゃんには何を言っても無駄なような気がして言葉を呑み込んだ。
それよりも、さっさと竜を倒した方がいい。

剣士(だが防御力を見た限り、簡単ではなさそうだな)

爪と剣による攻防が続く。
お嬢ちゃんが心配だったが、竜の攻撃をかわす程度は苦でもないようだ。

勇者「あぁもう鬱陶しいわねぇ!切りつけてやるから一旦攻撃中止なさい!」

残念ながら、口も減らないようだ。

連続して叩き込まれる爪を受け止めながら、攻撃に転じる機会を伺うがなかなかやって来ない。
疲れ知らずの馬鹿はこれだから困る。

勇者「攻撃する隙が無いなら協力するわ!何か指示があれば言いなさい!」

剣士(帰れ)

あまり好きな手段ではないが仕方ない、俺は懐から小さな剣を取り出す。
そして次の攻撃を受け止めた瞬間、その剣を竜の瞼目掛けて投げた。
途端、洞窟内の揺れが大きくなる。
剣が見事に瞼に刺さり、相当な痛みを与えたようだ。

剣士(見ているこっちも痛くなるから好きではない…)

まぁ、片目を潰すことには成功した。
それに激痛に悶えている今なら…俺は突進し、剣を振る。
竜の腹部を切りつける感触が手に伝わった。

しかし次の瞬間、俺は吹っ飛ばされ、洞窟の壁にぶつかった。
何があったのかはわからない。
とっさに体は反応してガードしていたので、大したダメージではなかった。

剣士(あー…)

竜は今も元気に暴れまわっている。
それどころか痛みで更に激しくなった。
どうやらあれでは倒せなかったようだ。
まぁ仕方ない。

剣士「あと2、3回切れば…」

と、悠長なことを考えていたことを一瞬で後悔した。
そうだ、いつもとは状況が違う。

勇者「喰らえーッ!!」

剣士(あぁ…阿呆お嬢がいたんだ)

俺が吹っ飛ばされた為か竜の攻撃がお嬢ちゃんに集中し、お嬢ちゃんは器用にも回避と攻撃を繰り返していた。
しかし相変わらずその非力では竜に大したダメージを与えることができていない。

剣士(お嬢ちゃんは女にしては強い、ってレベルか)

お嬢ちゃんの回避は見事…という程でもなく、かなりギリギリで攻撃をかわした場面もある。
あれじゃあ、いつ攻撃が当たってもおかしくはない。

剣士(突っ込んでダメージ覚悟で切りつける!!)

俺は駆け出した。
吹っ飛ばされた距離は案外長く、竜が遠く感じる。
俺が辿り着くまで攻撃をかわし続けていろ。
そう願いながら、集中を妨げないよう声には出さない。

しかし--

剣士「!!」

お嬢ちゃんは攻撃をかわした時、着地にしくじり、ややよろけたのを俺は見逃さなかった。
そういう時でも竜の攻撃はゆるむことなく--

剣士「く…ッ!!」

間に合え--竜との距離をまだ遠くに感じながら、俺は走った。

次の瞬間、岩が砕ける音がした。


原因は単純。
竜の爪が岩をえぐったのだ。
あの破壊力なら、そこにいた人間を吹っ飛ばし、もしくは人間ごと岩を砕くのは難しくない。

しかし、そのどちらとも違っていた。

執事「全く、危ない所でしたね」

お嬢ちゃんはいつの間にか執事に抱えられていた。

剣士(あの執事いつの間に…というかあの一瞬でお嬢ちゃんを抱えて避けたってのか…!?)

俺はその様子を目で追えてすらいなかった。
とにかく気がついたらお嬢ちゃんを抱えた執事がそこにいたのだ。
それだけの技を披露しながら、執事はさも涼しい顔をしていた。

竜は攻撃が当たらなかったことに怒ったのか、お嬢ちゃん達を睨みつける。

勇者「知能のない魔物は単純ね」

執事「だからこそ手強い、ということもありますがね…」

しかし2人とも少しも怯まず、むしろ余裕すら伺えた。

剣士「おい!とっとと離れろ…」

俺が叫ぶのと、竜が2人に襲いかかるのはほぼ同時だった。
執事がお嬢ちゃんの一歩前に出る。
庇うつもりなのか、しかしあれじゃあ2人ともやられる。

逃げろ!そう叫ぶ前に竜の爪は執事の眼前に迫り--

いつの間にか竜の氷漬けのオブジェが出来上がっていた。


執事「これには単純さを強さに変える技能は無かったようですね」

執事がオブジェを叩きながら冷静に言った。

剣士(魔法…か?)

勇者「洞窟内が冷気で寒いわ。紅茶を淹れて」

執事「畏まりました」

執事は洞窟から一旦出ると、紅茶のカップとポットを持ってきた。
こんな所にわざわざ持ってきたのか。

勇者「ふふ、このオブジェを鑑賞しながら飲むのも悪くはないわね」

剣士「おい」

その優雅なひと時に俺は入っていかずにはいられなかった。

剣士「何をしてくれている」

勇者「助太刀だけど?」

剣士「聞いてないぞ」

勇者「えぇ。見事にはめられたわね」フフン

剣士「」イラッ

勇者「でも、これじゃあ依頼は失敗かしらね。貴方に倒して欲しいと依頼したのに、倒したのは執事だもの」

剣士「お嬢ちゃん達が邪魔しなければ俺が倒していたが?」

勇者「その程度のアクシデントを言い訳にする気かしら?」

剣士「…金は払わん気か」

勇者「まさか。提示した金額プラス治療費も払うから安心なさい」

剣士「…」

イラッとするが金を払うなら問題はない。
本当にイラッとするが。

勇者「だけれど気に入ったわ貴方」

剣士「…あ?」

勇者「これならもうひと仕事ふた仕事、依頼してもいいわね」

剣士「…また邪魔する気か」

勇者「倍額払いましょうか?」

剣士「…」

文句を言いたかったが、この依頼主、金払いだけは本当に良いのでぐっと堪える。


勇者「それじゃあ、筍の里の魔物討伐を依頼しようかしら。その次は茸の山ね」

剣士「…それ、少しずつ魔王城に近づいていくルートだな?」

勇者「あら本当ね!偶然よ偶然。ね〜執事?」

執事「………はい」

剣士(何だ、今の間は)

勇者「私はねぇ、今まで欲しい物は手に入れてきたの」

お嬢ちゃんはそう言うと、俺の方をビシッと指差した。

勇者「だから貴方のことも諦めないわ、絶対に」

剣士(妙なのに気に入られたな…)

こうしてこのお嬢様勇者と出会ってしまい、付きまとわれることとなった。
この先俺は逃げられるのだろうか…。

1話 終了


2話 金の出処


旦那様、お元気でしょうか。
私どもが旅立って5日が経ちました。
お嬢様は相変わらず私の手に余る程お元気です。

勇者「剣士!ちょっと剣の特訓に付き合って下さらない?」

剣士「何で俺が」

お嬢様は持ち前の強欲さで、1人のお方に大変執着されております。
私ではとてもお嬢様を止められそうにありません。

剣士「と言うかお嬢ちゃんに依頼された魔物は大体討伐しただろ。何でまだ付いてくるんだ」

勇者「あら。これだけ一緒にいたのに、まだ仲間にならないと言うの?」

剣士「一方的に付き纏ってきただけだろ!」

勇者「私の実力は十分わかったはずよ。共闘するのに問題ないはずだわ」

剣士「あー、単に仕事の邪魔されただけなんでわかりませんねー」

勇者「いくら欲しいの」

剣士「だから金の問題じゃないと…」

毎日こんな調子です。
私にとってはお嬢様らしいと思える光景ですが、執着される方はたまったものではないでしょうね。


傭兵A「よ〜、剣士ィ」

剣士「…酒くらいゆっくり飲ませてくれ」

傭兵B「最近上客に気に入られているそうだなぁ?お金大好き剣士さんにとってはウハウハでしょうねぇ〜?」

剣士「あぁ…そういう事にしておけ」

彼、剣士氏は実力は一流ですが金の亡者であると評判のお方です。
彼の知り合いらしき方々も、あまり柄の宜しくない方々ばかりです。

傭兵A「噂によると結構可愛いお嬢様みてぇだなぁ?たらしこんで婿入りしちまえば〜?」

剣士「冗談じゃない」

傭兵B「でも金の為ならどんなこともやるって評判の剣士さんならぁ、世間知らずのお嬢様騙すくらいチョロイっしょ?」

剣士「それは仕事での話だ。それにあんなはねっかえり、俺の手には余る」

彼、剣士氏は同性の私から見ても、少々強面ですがそれなりに整った顔立ちで、悪評さえなければ女性に好かれていたことでしょう。
今の所お嬢様を拒絶している様子ですが何せ彼は金の亡者、油断はなりません。
それに彼にその気が無くともお嬢様が彼に好意を寄せる可能性も…いけません。
この執事、そうなった時は、刺し違えてでも剣士氏の命を…

剣士「…と言うか何でお前がここにいる!?」

執事「貴方の監視です。見失っては困りますから」

剣士「どうやってもお前達はついてくるな…」

酒場からの帰り道、彼はぐったりしながら言った。
今は逃げるのを諦めているようで、私と並んで歩いて下さっています。

剣士「そこまでして俺に執着しなくていいだろう!」

執事「私もそう申しました。何故わざわざ評判の悪い方に執着するのかと」

剣士「…面と向かって言われると釈然としないな」

執事「まぁ、お嬢様は1度執着したものは手に入れるまで諦めない方なので」

剣士「…勇者として、もっとやるべきことがあるんじゃないのか」

執事「そうお思いでしたら仲間になって頂ければ…」

剣士「それは断る」

執事(彼も強情ですねぇ。
ですがお嬢様相手となると、振り切るのは難しいでしょう…)

剣士「…」

支払いを済ませて宿屋を出て、まずは周囲に注意を払う。
今日はあのお嬢ちゃんや執事はまだ姿を現さない。
とはいえ油断は禁物だ。

剣士(こんな苦労は初めてだ…)

姿を現さないと逆に不気味に思えてくる。
いつどうやって現れるのか、今の所予測不能。
だがあまり気にしても仕方ないので、とりあえず仕事探しにでも行こうと思った。

剣士(…ん?)

ふと、聞き覚えのある声がしたような気がした。
何やら機嫌のいい声ではない。
相当嫌な予感がしたが、残念な事に、自分はそこを通らねばならなかった。

そして後悔した。

傭兵A「お嬢ちゃん、俺たちが用心棒してやろうかぁ?あのヤローよりは安値でやってやるぜぇ」

勇者「結構です。さっきからしつこいわね」

傭兵B「お嬢ちゃんの為を言ってるんだぜ?あいつ金の為なら悪徳商人の護衛とかも引き受けるからな」

傭兵A「そうだそうだ、あんな奴雇ってたらお嬢ちゃんの評判も悪くなるんだぜ?」

勇者「私、お金は一流品にしか払いたくないの。傭兵なら彼並の力を身につけてから陰口を叩いたらどう?」

傭兵A「何だと」

剣士(あー…どうするか)

俺が少し考えている間に、

勇者「あーもう、しつこいって言ってんのよおおぉぉ!!」

ドガバキッ

剣士(あーあ)

傭兵2人があっという間に倒された。
何て短気なお嬢ちゃんだ。


勇者「あら剣士、おはよう」

剣士「おはようさん…執事はどこ行ったんだ、ご主人様のピンチに」

勇者「隙を見て置いてきたのよ。ずっと一緒にいたら口うるさいったらありゃしない」

剣士(それは、俺に付き纏っている奴の台詞なのか)

勇者「ところで剣士、この街出発するのかしら?待ってて私も準備するから」

剣士「誰が待つか…っておい、執事が来たぞ」

勇者「あら。…どうしたのかしら、珍しく慌てて」

執事「お嬢様。鉱山の管理人より連絡が入りました」

剣士(鉱山?)

勇者「何かしら?」

執事「鉱山が魔物に乗っ取られたそうです」

勇者「…やってくれたわね」

お嬢ちゃんは驚くより先に、殺気を漂わせていた。

勇者「剣士!今から鉱山に行って魔物を倒すわよ!!」

仲間としてではなく仕事としてな、と念を押し、俺は了承した。


剣士「…なぁ、その鉱山って」

道中目的地の場所を聞いて、あることを思い出した。
確かそこの鉱山とは…。

剣士「結構最近見つかった、金鉱じゃなかったか?」

執事「えぇ、そうです」

剣士「そうか…そこの管理人から連絡が入ったってことは、お嬢ちゃんはそこの関係者か?」

勇者「まぁね〜。喜びなさい剣士、そこを解放すれば報酬は金塊で払ってあげるわよ」

剣士(察するに…)

剣士「お嬢ちゃんは、そこの鉱山の所有者の娘か?成程、金持ちなわけだ…」

勇者「惜しいわね」

執事「お嬢様のご実家も、一般的には富裕層に入りますがね」

剣士「…どういう事だ?」

勇者「金鉱の所有者はお父様でなく私よ。私の所有物の山から、金塊が沢山見つかったのよ」

剣士「!?」

剣士(小遣いで山を買ったら金鉱が発見されたとか…富裕層はレベルが違う…)

考えただけで頭がクラクラした。

勇者「私の所有物に手を出すだなんて、楽には死なせないわよ」

剣士(あー、おっかね)

鉱山の雇われ管理人の話によると、魔物達は鉱夫たちを山から追い出して、金鉱の奥に陣取っているらしい。
お嬢ちゃんが雇っていた警備兵も太刀打ちできない強者だったそうだ。

勇者「私が見込んだ警備兵に勝つなんて、相当ね」

剣士「…なぁ、旅の仲間はその警備兵でも良いんじゃないのか」

勇者「えーと…確かに実力はあるんだけれど、一緒に旅をするには少し問題が、ね」

剣士「?」

執事「加齢と肥満と薄毛が原因かと」ボソッ

剣士「生理的な問題か」ボソッ

とすれば俺の外見は、とりあえずお嬢ちゃんの審査をクリアしたわけか…。
って、喜ぶな俺。

物陰から隠れて金鉱の入口の方を伺うと、そこには警備兵ではなく、下級らしき魔物がウジャウジャいた。

剣士「多いな…どうする?」

執事「騒ぎを起こせばボスに伝わるでしょうね…」

勇者「問題ないわ。どうせボスを倒しに来たんだもの」

そう言うなりお嬢ちゃんは何か言おうとしている執事を無視し、魔物の群れに歩いて行った。
魔物達は当然、一斉にお嬢ちゃんの方を見る。

剣士「あーあ」

執事「仕方ありませんね…」

俺たちは半ば呆れながら、お嬢ちゃんに続いて姿を現した。


勇者「覚悟オォ!!」

お嬢ちゃんは魔物の群れに突っ込んで行き、まず剣ひと振りで魔物2匹に切りつけた。
魔物達がお嬢ちゃんに襲いかかるが、それは軽い身のこなしで軽くかわす。

勇者「今更この程度の魔物に苦戦するはずないじゃないの!さー、とっとと蹴散らすわよ!!」

ここ数日付き纏われてわかったが、このお嬢ちゃん、戦いとなると結構ノリノリである。

執事「…」シュッ

そしてこの執事、氷魔法だけでなくナイフ投げまでこなすのだ。
しかもかなりの腕前で。
前に出まくってくるお嬢ちゃんに比べると、お嬢ちゃんの切り札という感じであまり戦っている姿は見ていないが、その強さは半端ない。
もしかしたら、俺より強いかもしれない。

ともかくこの場はこの2人なら簡単にクリアできるだろうが、金を貰っている立場として怠けるわけにもいかず、2人に負けないよう無駄に気張ることになった。


勇者「手応えがないわね。金鉱を乗っ取るにしては配置されてる魔物が弱すぎるわ」

剣士(弱い方がいいだろ…)

お嬢ちゃんは全く疲れを見せず、俺たちの前をずんずん歩いている。
あまり年下のお嬢ちゃんに前を歩かせたくはなかったが、道がわからないので仕方ない。

勇者「さて、最奥はここだけれど…」

剣士(お、おおぅ)

まずそこに足を踏み入れた瞬間、金ピカで目が眩んだ。
フロア中に金、金、金。
思わず良からぬことを考えてしまうが、ぐっと抑える。
そして。

幻術士「おやおや、来ましたか人間…ヒヒヒ」

フロアの奥に黒装束に身を包んだ男が、魔物に囲まれて居座っていた。
金ピカの中の黒は結構目立つ。

勇者「何を言っているのかしら?人の金鉱を乗っ取るだなんて、恥知らずな方ね」

幻術士「負けたら盗られる、それが魔物の常識ですよお嬢さん…ヒッヒッヒ」

勇者「そう。じゃあ貴方を負かせて取り返せば文句はないわけね?」

幻術士「おやおや面白い事をおっしゃる…ん?」

そいつはふと俺の方を見た。
そして少ししてから、思い出したように言った。

幻術士「貴方は確か…猫将軍を倒した方でしたね?」

執事「猫将軍と言えば、剣士殿が倒したという魔王軍幹部の…」

剣士「…あぁそうだが」

お嬢ちゃん達と出会う前、立ち寄った街が魔王軍幹部に襲われ、俺はそいつを倒したことがある。
顔は猫なのに体は筋肉の塊という、嫌な見た目の奴だった。

執事「…貴様も魔王軍幹部か」

幻術士「いかにも。私は魔王軍幹部の1人、幻術士」

勇者「私って運にも恵まれているのね。魔王軍幹部を倒せば、戦士として箔がつくものね」

お嬢ちゃんは嬉しそうに言った。
それとは反対に幻術士は顔をしかめる。

幻術士「私が魔王軍幹部と知ってなお、私を倒すと言いますか」

勇者「えぇ。むしろそう知って、余計やる気になったわ」

そう言ってお嬢ちゃんは剣を抜く。
その構えは実に堂々としていて、魔王軍幹部への怯えが見えない。
だがしかし、それが幻術士の気に障ったようだ。

幻術士「なめてくれますね小娘が…いいでしょう、この私が葬って差し上げます…!!」ゴゴゴ

執事「あの」

幻術士が禍々しい魔力を纏い始めて緊張感が出ようとした頃、執事が口をはさんだ。

勇者「どうしたの執事」

執事「幻術士…確か魔王軍最弱の幹部という話ですね?こちらには貴方より強い猫将軍を倒した剣士殿がいるのですよ?」

幻術士「」

あ、幻術士の魔力が萎えた。


勇者「あら本当、最弱なのォ!?それじゃあ倒しても箔がつかないかも…」

剣士「あれだけ堂々としていたから、てっきり猫将軍より格上かと…」

執事「いえいえ、魔王軍には7人の幹部がいて、猫将軍は3番目位の強さですよ」

勇者「剣士、貴方結構おいしい獲物を討ち取ったわね。最弱か…まぁ魔王軍幹部には変わりないし…」

執事「お嬢様、最弱とはいえ魔王軍幹部。気を抜いてはいけませんよ」

勇者「はいはいわかってますって…。それじゃあやりましょうか」

幻術士「」プルプル

何か怒ってる。

幻術士「よくも舐めてくれましたね…!!後悔させて差し上げますよ!!」

そう言うと幻術士の手の中に魔力が集まり、それは小動物のような姿になる。
やがて小動物は幻術士の手を離れ、小さな羽で幻術士の周囲をパタパタ飛び始めた。

勇者「まぁ可愛い。それは貴方の使い魔?」

幻術士「これは幻獣というものですよ…行きなさい」

幻術士の合図で飛んでいた幻獣と、周囲にいた魔物達がこちらに飛びかかってくる。
俺たちは一斉に戦闘態勢をとった。
魔物の数は10数匹…俺1人でも十分だ。
1匹、2匹…次々と魔物を切る。
もう慣れきった感触。
これよりひどい場面はいくらでも知っている。
体が自然に動き、また1匹切った。
ふと、違和感を覚えた。
肉を切る感触が伝わってこない。

幻獣「キュウゥ」

それは先ほど幻術士が作った幻獣だった。
真っ二つにしたと思った瞬間、切った所が繋がった。
そして幻獣は怯まずに突っ込んできた。

剣士「!?」

そして幻獣は俺に向かって大きく口を開けた。
噛まれる--!!

剣士「…っ」

しかし痛みどころか、幻獣が触れた感触すら無かった。
幻獣を見ると、何か食っているかのように咀嚼している。


剣士「…今、俺は何かされたか?」

執事「いえ…私の目には何も」

と、その時。

幻獣「グルル…」

剣士「!?」

幻獣の鳴き声が獰猛な獣のものに変わる。
それだけではなく、幻獣は狼のような姿に大きさ変えた。

幻術士「その幻獣は、人の欲を喰らいます」

剣士「欲を…!?」

聞き返したその時、幻獣が襲いかかってきた。
見た目通り、先ほどに比べスピードも力もぐんと上がった。
その爪を牙を、剣で弾く。
防ぎきれない攻撃ではない。

幻術士「貴方なかなか欲が深いようですねぇ…喰らった人間の欲が大きい程、幻獣は強くなります」

剣士「ほう…面白いな!」

幻獣に切りつける。
また感触は無い。
こいつの強さ自体よりも、それが厄介だ。

幻術士「まぁ、この金鉱の中にいれば欲深くもなるでしょう。素晴らしい場所です、ここなら私の幻獣を活かせる」

勇者「それで金鉱を乗っ取ったと言うの!?」

剣士(まんまと奴の思惑にはまっちまったわけか…)

この幻獣の強さは俺の欲の強さ。
自分の欲望に苦労させられるとは、何とも言い難い気分だ。
どうすればこの幻獣は倒せるのか…今度は剣速を上げ、細かく切り刻んだ。
相変わらず感触はなく、そしてまた幻獣は一瞬で復活した。
幻獣はまた俺に向かって大きく口を開いてきた。

剣士(また欲を食う気か…!?)

執事「危ない!」

剣士「!!」

執事が俺の目の前に飛び出てくる。
庇われてしまうとは、不覚…!
幻獣は執事を通り過ぎると、また咀嚼を始めた。


剣士(今度は執事の欲を食ってんのか…!)

幻術士「ヒッヒッヒ、何をしていらっしゃるんですか!幻獣よ、また欲を喰らい成長しなさい!」

しかし。

幻獣「グルル」

剣士「…変わって、ない?」

少なくとも見た目はまるで…そう思っているとまた幻獣が襲いかかってきた。
攻撃を弾く。
そして確信する。
強さも変わっていない。

剣士(…ということは)

幻獣との攻防を続けながら、ちらっと横目で執事の方を見た。

剣士(まさか執事の奴…欲が無いとでもいうのか!?)

執事「…フ」

剣士(野郎…)

執事の笑みに馬鹿にされたような気がして、何だか無性にイラッとした。


幻術士「おかしいですね、失敗しましたか…?なら次は」

執事「!」

珍しく執事が慌てた。
その視線の先には、優雅に魔物を切っているお嬢ちゃん。

執事「剣士殿全力で止めて下さい…大変なことになります!!」

剣士「言われるまでもない!」

お嬢ちゃんに幻獣が向かっていかないよう全力で阻止する。
幻獣のスピードにも慣れてきた、これなら余裕だ。
問題はどうやって幻獣を倒すかだが…。

幻術士「甘いですよ」

執事「…!!」

幻術士の手に魔力が集まっていた。
先ほど見たのと同じ技だ。
ということはつまり…

執事「お嬢様!逃げて下さい!!」

勇者「え?」

遅かった。
幻術士の周辺に10匹程、小動物の形をした幻獣が飛んでいる。
そして…

幻術士「さぁ!喰らいなさい!!」

勇者「え…っ、きゃあああぁぁ!!」

10匹ばかりの幻獣が次々にお嬢ちゃんに襲いかかった。


勇者「あぁー…びっくりしたぁ…」

やはりお嬢ちゃんに外傷はない。
しかし、本当に怖いのはここからだ。

執事「まずいです、お嬢様の欲を喰らった幻獣が10匹…私達では勝てないでしょう」

執事はお嬢ちゃんの手を引いてそこから立ち去ろうとする。
心なしかその顔は青みがかかっている。
しかし当然お嬢ちゃんは納得できないようで抵抗した。

勇者「何を言っているの、金鉱を見捨てる気!?冗談じゃないわ、これは全部私の資産なのよ!!」

執事「一旦諦めましょう、相手が悪すぎます!」

勇者「嫌よ、ここを取り戻すの!」

互いに一歩も引かずに言い合いをしている。
そうしている間にも、幻獣の成長はどんどん進み…

剣士(やべぇなこりゃ…。
狼どころかライオン…いや、もっと大きくなっていってる…)

幻術士「素晴らしい強欲ぶりですねお嬢さん!!幻獣にとっていい栄養…」

勇者「うるさい!お黙り!」

一蹴され幻術士は唖然としていたが、お嬢ちゃんは意に介さずに執事との言い争いを続ける。

幻術士「ヒ、ヒヒ…こ、これだから小娘は…まぁいいでしょう、成長しきった幻獣を見ればそうも言っていられなくなるはず…」

剣士(おぉーっと遂に竜くらいの大きさになったぞ…。
ん?まだ成長するのか?)

10匹もの巨体に囲まれ、いよいよ俺も冷や汗が出てきた。

剣士(執事の言う通りだ…これはまずいっ!)ダッ

俺はお嬢ちゃん目掛けて一気に駆け出した。


剣士「わりぃ、お嬢ちゃん!」

そう言ってお嬢ちゃんを一瞬で抱える。

勇者「な、何!?離しなさい変態!」

お嬢ちゃんはひどく暴れたが、絶対離すわけにはいかなかった。
それから執事と目を合わせ、頷く。

剣士「逃げろーッ!」ダッ

執事「…」ダッ

勇者「こら----ッ!」

一目散に逃げながら、俺は後方に嫌な気配を感じた。

幻術士「ヒヒヒ、逃げられるとでも思っているのですか…。しかし、これだけ大きくなっては金鉱の中を移動するのも大変…ん?」

幻獣はまだ成長している。

幻術士「少し大きくなりすぎでは…?」

幻獣の頭が遂に金鉱の天井に達した。
しかし幻獣はまだ成長を続ける。

幻術士「え、まだ…?これは避難が必要…ってええぇ!!」

振り返ると、あのフロアの入口が塞がれていた。
恐らく幻獣の体にだろう。
あと少し遅ければ、俺たちも閉じ込められていただろう。

幻術士「ちょ、もうい…う、うわああぁ---」

恐らく幻獣が詰まっているであろうあのフロアから、わずかに悲鳴が漏れてきた。
そして何となく、肉が潰れるような嫌な音がした。
ような気がした。

剣士「…恐るべし強欲」

執事「だから言ったでしょう、お嬢様の欲は…」

勇者「何よ」

少し経つとフロアから金の明かりが漏れてきた。
恐らく幻獣が消えたのだろう。
フロアの方に戻ると、体がバキバキになっている幻術士や魔物の死体が転がっていた。

剣士(嫌な死に方だな…)

勇者「やぁねぇ金が汚れるわ!執事、今すぐ鉱夫達を呼んで片付けさせなさい!」

剣士(そういう問題か)

吐き気を催してもおかしくない死体にまるで動じていないお嬢ちゃんが恐ろしく思えた。
そんなこと関係なく、お嬢ちゃんは俺に向かって渾身のドヤ顔を披露してきた。

勇者「どぅお?魔王軍幹部の1人を倒したわよ!これで私の実力を認めたかしら!」

剣士「何か違うと思うぞ」

その後、俺は報酬として金を貰えることになった…のだが、肝心の支払い主はというと魔王軍幹部を倒したことで国の使いの者がやってきて、対応であれこれ忙しそうだ。
以前俺が猫将軍を倒した時も国の使いの者に色々聞かれたが、あの時は本当に長引いた。
まぁ、いつも仕事量に合わない程の報酬を払ってくれる上客だ。
文句を言わず、終わるまで待っていてやろう。

執事「お疲れ様でした剣士殿」

鉱夫達の休憩所で待っていると、執事が紅茶を持ってやってきた。

剣士「ありがとよ。別に、今回俺はほとんど何もしてないぞ」

執事「いえ、貴方がいたのでお嬢様も不安なく戦えたのかと」

剣士「あのお嬢ちゃんが弱気になる所なんて想像もつかないがなぁ」

執事「そうでしょうね」フ

剣士「けど、本当にとんでもない強欲だな。小さい頃から何不自由なく育っても、ああなるもんなのか」

執事「…何不自由なく、ではありませんよ」

剣士「ふーん。山一つ買える小遣いを与える親でも、躾には厳しかったのか?」

執事「お小遣いではなく…」

剣士「ん?」

執事「お嬢様が魔物退治でコツコツ貯めた資金で購入された山です」

剣士「!?」ブッ

執事「お嬢様は大きい物程、自分の力で手に入れたがる方でしてね」

剣士「そ、そうだったのか」ゴホゴホ

山1つ買う資金…金鉱が見つかってなかった頃ならそこまで高値ではなかったかもしれないが、それにしたって精力的すぎるだろう。

剣士「でも良家のご息女なのにアンタ1人しか従者がいないってのも変だと思っていたが」

執事「ご自分の目で見極めて、気に入った方でないと嫌なようで」

剣士「で、それをクリアしたのはアンタ1人か。ま、とびっきり強くて有能で見栄えもいいもんな」

執事「お嬢様とは幼少の頃からの付き合いですから」

剣士「成程な」

執事「例えお嬢様に断られていても、私はあの方に…」

ドタドタ

勇者「お待たせー!ごめんね剣士、今報酬払うわ!…ん?何話してたの?」

剣士「いや別に何でも。それよりその金ののべ棒は…」

勇者「え?今回の報酬よ」

剣士「仕事量に対して多くないか?」

勇者「そう?まぁこれは前払いも兼ねてよ。魔王討伐のね!」

剣士「…だから俺は行かないと」

勇者「諦めないわよ〜?何せ私は強欲なんだもの!」

お嬢ちゃんは俺に金ののべ棒を押し付けると、ニヤーッと嫌な笑いを浮かべた。

勇者「魔王を倒して地位も名誉も莫大な報酬も、全てを手に入れるの!その為には、貴方を絶対に諦めないわ!」

剣士「…」

何という強欲っぷりだ。
こりゃあ、あの幻獣では食いきれまい。

勇者「さてと次はどこへ行きましょうか…貴方の目的地に合わせるわよ、剣士」

剣士「はいはい…どうせ振り切れないんだろう」

執事「そうなりますね」

お嬢ちゃんに対して半ば諦めの気持ちを抱きながら、俺はその場を後にした。
この強欲娘は魔王を倒し、その欲を満たすことができるのか…。

2話 終了


3話 金の行き場


ここ数日の仕事で結構な金が溜まった為、俺はある所に足を向けていた。

勇者「ねぇどこへ行くの剣士?」

お嬢ちゃん達にあの場所を知られるのには正直いい気がしないが、この粘着ストーカーを気にしていたらいつまでも行けないだろう。

剣士「…稼ぎを置きにな」

勇者「そう、ここ数日で稼いだものね。貴方は金の亡者と言われているけど、何か大きな出費でもあるのかしら?」

剣士「あー…」

適当に返事をする。
ともかくそこに着けばわかることだ。
そんな不毛な会話をしていると見えてきた。
目的地の、小さな村が。

剣士「あそこだ」

勇者「目的地?休憩地点じゃなくて?」

剣士「あぁ。目的地はあの村の修道院…俺の生まれ育った場所だ」

修道女「まぁお帰りなさい剣士君…あらお客様もお連れですか?」

剣士「ただいま。まぁ気にしなくてもいい」

勇者「お邪魔しますわ」

そこは小さな修道院だった。
外装もボロボロで、かなり古いのがわかる。
中に入ると、子供達が廊下の色んな所で遊んでいた。
子供達は剣士を見ると次々に表情を明るくした。

「剣士にいちゃん!」
「おかえりー!」
「久しぶりだね!」

子供達が剣士に群がると、いつも仏頂面な剣士の顔が少しほころんでいた。
成程、彼もここでは皆の優しい「お兄ちゃん」なのね。

勇者「ふふふ」

修道院というと教会のようなイメージを抱いていたけれど、ここは孤児院というイメージの方が強い。
小さい割に沢山の子供達を抱え、財政的に厳しい状況なのでしょう。

?「こらこら皆、剣士兄ちゃんを休ませてあげなきゃ駄目だよ」

私達が入ってきた入口の方から男の子がやってきた。
剣士に群がっている子達よりは年上みたい。
剣士は彼を見ると、「よっ」と手を上げた。

剣士「魔術師、ちゃんと皆の兄ちゃんやってたか?」

魔術師「勿論だよ剣士兄ちゃん」

魔術師と呼ばれた少年は、年齢の割に大人びた笑いを剣士に返した。
それから彼は、私の方に寄ってくる。

魔術師「初めまして、魔術師といいます。剣士兄ちゃんのお仲間さんですか?」

勇者「えぇ、そうなる予定よ」

剣士「嘘を言うな、嘘を」

剣士「ちょっと先生たちと話がある。あんまウロチョロするなよ」

勇者「えぇ、わかったわ」

魔術師「お茶出しますね」

きっと今までの報酬を修道院に寄付するのでしょう。
ますます気に入ったわ剣士。
彼の頑張りの報酬がここの子供達の服やおもちゃになることを考えると、こっちも嬉しくなってくるわね。

「剣士兄ちゃん、あの女の人可愛いねー!」
「兄ちゃんの恋人ー?」

剣士「えぇい黙れー!散れー!」

勇者「ふふ、いいものが見れたわね執事」

執事「そうですね」

剣士がいない間、お茶を頂いて客室で待つことにした。
魔術師君が入れてくれたお茶は、質素だけど飲みやすかった。

修道女「すみませんね、大したおもてなしもできなくて…」

丁度お茶を飲み終わった頃、今度はお若い修道女が急須を持って来た。
ドアの隙間から子供達が興味深そうにこちらを伺っている。

修道女「すみません、お金持ちのお客様は珍しいもので…」

勇者「いいえ。気にしていませんわ」

こういう目線は慣れている。
いちいち気にしていられないわ。

修道女「あの」

勇者「はい?」

修道女「失礼ですが…剣士君とは、恋仲…なんですか?」

勇者(え)

何を言っているのかしら。
そう思ったけれど、彼女の表情はとても不安げ。
彼女にとっては冗談ではないのでしょう。

勇者(…成程、そういうこと)

勇者「恋仲ではありませんわ」

修道女「本当ですか…!」

彼女の顔がパッと明るくなった。
ああ、やっぱり彼女は剣士のこと…。
こういうお淑やか系の女性でも、剣士のようにちょっと野性的な男に惹かれるものなのね。
だけど多分剣士は、そういうのに疎いでしょうね…。

勇者「…今はそういうのではないけれど」

私は少々不本意な台詞を言うことにした。

修道女「…え?」

勇者「彼とはこれからも長い時間を共にします。これからどうなっていくのかは、わかりませんわ」

修道女「…!!」

勇者「貴方は剣士が気になっているのかしら?」

修道女「え…え!?」

勇者「なら将来的には恋敵になるかもしれませんわね。言っておきますが、私は手強いわよ?」

執事「お嬢様…冗談ですよね?」

修道女が部屋を出た後、執事が聞いてきた。
冷静を装ってはいるけれど、結構心配しているわね。

勇者「えぇ冗談よ」

執事「あのような冗談は如何かと」

勇者「ああでも言わないと彼女は積極的にならないわ。ただでさえ剣士はそういうの鈍感そうなのだから」

執事「…もし彼女が剣士殿と付き合うことになったら、お嬢様の負けということに」

勇者「負けてないわよ。だって初めから勝負しないもの」

執事「はぁ…」

今後彼らがどうなるかわからないけど、楽しみが1つ増えたわ。


〜昔〜

剣士「ただいま…ほらもう泣くな」

魔術師「うん…グスッ」

修道女「お帰りなさ…どうしたんですかその怪我は!?」

剣士「喧嘩だよ。男同士は喧嘩するもんだ」

魔術師「あのね、他のグループの子達にいじめられて…剣士兄ちゃんが助けてくれたの」

剣士「…フン」

修道女「まぁ…」


修道女「剣士君、ご飯できましたよ」

剣士「あ、おう」

修道女「また剣の稽古ですか?」

剣士「まぁな…他に趣味もねぇし、有意義に過ごしたいんだ」

修道女「剣士君は強くなりたいの?」

剣士「俺らみたいに親がいなくて貧しい奴らは虐げられる。俺はそれが嫌だ」

修道女「剣士君…」

剣士「俺は早く独り立ちして、剣で生計を立てるつもりだ。沢山稼いで、お前達にも楽させてやるからな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

修道女(あの女の人お金持ちみたいだし…それに綺麗な人だし、私なんかじゃあ…)

?「お嬢さん、お悩みですか?」

修道女「え…あ、貴方は!?」

?「あらら、ごめんなさいねぇ驚かせちゃって。私は旅の占い師です。悩める人がいる気配がして、勝手に上がらせてもらっちゃいました〜」

修道女「はぁ…」

?「お嬢さんは恋愛で悩んでいると見えました〜」

修道女「な、何故それを…」

?「私には何でもお見通し。どうですお嬢さん、恋が叶うおまじないでも」

修道女「え、でも…。お金もありませんし…」

?「お金なんていいんですよ」シャララーン

修道女「あ…」クラッ

?「そう、私の欲しいのはお金じゃなく…」

?「貴方の恋敵の命ですからねぇ」

剣士「お嬢ちゃん、居心地悪くなかったか」

勇者「いいえ平気よ。今日はここに泊まるの?」

剣士「あぁ、ガキ共が泊まってけとうるせぇんでな。お嬢ちゃん達は宿でも取った方がいいんじゃないのか」

勇者「そうするわ。あ、でも逃げても無駄だからね」

剣士「はいはい」

魔術師「あのぅ…」

剣士「お、どうした魔術師」

魔術師「あの、ちょっとお話が…」

勇者「あら私に?」

魔術師「はい。あの…よく考えたら、もしかして貴方は剣士兄ちゃんの雇い主さんなんですか?」

勇者「まぁ、確かに定期的に仕事を依頼しているわ」

魔術師「ぼ、僕にも…」

勇者「?」

魔術師「僕にもお仕事を頂けないでしょうか!」

剣士「!?」

魔術師「ここの運営費、剣士兄ちゃんに頼りきりなんです…だから僕も力になりたくて…」

剣士「おい。お前は気にしなくていいんだよ」

魔術師「気にするよ!だって兄ちゃん、こんなに頑張ってくれているのに、何も知らない人達に金の亡者だの散々なこと言われてるなんて…」

剣士「俺は何とも思っちゃいない。それに俺が一人立ちしたのはお前より歳がいってからだぞ」

魔術師「でも僕、もうこの辺の魔物を倒せる位強くなったよ。だからあとは自分で稼げるようになりたいんだ」

勇者「…」

さて、どうしましょう。
私は決して慈善事業をやっているわけではない。
けれど実力者に対して出費を惜しむ気もない。
ここらの魔物はそこそこレベルが高く、それらを倒せる程なら悪くはない。

勇者「ビジネスの話になるわね。魔術師君、話は宿屋でしましょう」

魔術師「…!は、はい!」

剣士「おい…」

勇者「剣士。自分と同じ道を歩もうとしている子の気持ち、貴方が1番わかるはずよ」

剣士「…」

剣士は押し黙った。
まぁ剣士の気持ちもわかるわ。
きっとこの子が心配なのでしょう。
でも、心配だけが思いやりじゃないわよね。

勇者「それじゃあ行きましょうか」

勇者「この地図を見て。赤いマークのついている所が私の土地よ。そこの警備や、出没する魔物退治等の仕事を募集しているのだけれど…」

魔術師「ええぇ、ここの金鉱もそうなんですか!?」

勇者「そうねぇ、魔術師君はまだ若いから都市部の方がいいかしら」

魔術師「わ、わからないのでお任せしますっ!何でもします!」

勇者(素直な反応をくれるから可愛いわ。
剣士と大違い)

執事「おや、彼女は…」

勇者「どうしたの執事」

執事「いえ、今窓の外を見ていたら、先ほど会った修道女さんがこちらに…」

と、執事が言いかけた所でだった。

執事「…ッ!お嬢様っ!姿勢を低く!」

勇者「--え!?」

ズドオオオォォン

唐突に私達のいた部屋の壁が爆発した。
執事の言葉で身構えていたけれど--

魔術師「大丈夫ですか?」

執事「おぉ…」

魔術師君が魔法で壁を作っていた為、破片等はこちらに飛んでこなかった。
この子、意外とやるわね。

執事「お気をつけ下さいお嬢様、彼女は--」

勇者「…!?」

爆発が起こった方向、執事の視線の先--そこには、修道院で会ったあの修道女がいた。


執事「お嬢様…彼女の様子、修道院で会った時とは違います」

勇者「えぇ。見ればわかるわ」

修道女の目が怪しく光っている。
それに修道院で働く彼女が、正気なら白昼堂々とこんな真似はしないはず。

魔術師「姉ちゃんの魔力に、別の人が干渉してる。あれは誰かに操られているんだよ」

執事「そのようですね」

と冷静に分析していると修道女が魔力を全身からたぎらせ始めた。
空気がピリッとなる。
まぁ、あれで終わるはずがないわね。

執事「お嬢様、お下がり下さい」

ズドォンという轟音と同時に執事が氷の壁を作り、攻撃を防ぐ。
修道女がその氷の壁にまた2発程爆発を打ち込むと、壁は砕けた。

執事「思った以上に手強いですね」

勇者「加勢するわ」

今は武装していないけれど仕方ない。
まぁ、彼女を取り押さえる程度なら執事と2人がかりで何とかなるでしょう。

魔術師「いや…それよりも、姉ちゃんを操ってる奴を何とかしないと意味ないです」

勇者「それもそうね」

魔術師「姉ちゃんに干渉している魔力…あれと同じ魔力の持ち主が村の外にいますね」

勇者「あら、そんなことまでわかるの」

魔術師「僕、ちょっと行ってきます」

勇者「私も行くわ。執事、ここは任せたわよ」

執事「お嬢様危険です…お嬢様--ッ!」

魔術師「いました…あいつです!」

?「あらら〜?意外と早くバレちゃった〜?」

勇者「全く、この私に不意打ちなど…貴方、何者?」

?「私〜?私はねぇ〜」

マジシャン「魔王軍幹部、マジシャンだよ!よくも幻術士をやってくれたねぇ勇者ぁ」

魔術師「え、勇者…えぇ!?」

勇者「ちなみに魔王軍では何番目位の強さの方?」

マジシャン「ど、どうだっていいじゃん!あ、さては幻術士を倒して調子乗ってるんでしょ!あんな幻術と幻獣しか能がない奴倒して調子に乗るなぁ!」

勇者「あらー…幻術見ない内に倒していたわ」

マジシャン「うそぉ!?うぅ、1番の見せ場を披露できないで死ぬなんて悲劇だよーっ」

勇者「貴方も実力の半分も出せない内に討って差し上げるわ」

マジシャン「むーっ。そう言うなら初めから全力出してあげるよ!!」

そう言うと同時、マジシャンの周囲の地面に亀裂が走った。
えぐれた地面が宙に浮かぶ。
彼女の攻撃方法はこれね。

マジシャン「潰れちゃえーっ!」

土の塊がこちらに向かってくる。
あれなら、避けられる…!

魔術師「させない!」

バチバチッ

魔術師君が指先から放った雷が、向かってきた土の塊を撃ち落とした。

マジシャン「おやおやぁ?邪魔する気だねボーヤ。いいよ、まとめて殺ってあげる!」

近くの木が3本、ミシミシ言って根元から宙に浮かんだ。
今度はそれをぶつける気?

マジシャン「そーらっ!」

あぁ、やっぱり。
こちらに向かってきた3本の木を、私は軽くかわした。
だけれど1度避けた木はまた、引き返してこっちに向かってきた。

勇者「鬱陶しいわね」スパッ

魔術師「こんなもの!」バチバチッ

剣と魔法で木を砕く。
だけれどそれがいけなかったようで。

勇者「…ッ!」

木は細かい破片になってもこちらに襲いかかってくる。
むしろ細かくなって増えた分、厄介になった。

勇者(あぁもう。
服も動きづらいし、イライラするわ)

これならちゃんと武装してから来るべきだったと、後悔しても遅い。

魔術師「喰らえっ!」バチバチッ

マジシャン「おっと」ヒュルル

魔術師君から雷が放たれたけれど、マジシャンの手の中に吸収された。

マジシャン「うーん、子供の割にやるけど、まだまだ経験不足ってとこだねキミィ」

魔術師「くっ」

マジシャン「まぁでも折角だし…おねーさんが、有効活用してあげるよ」

魔術師「え、う、うわああぁぁ!?」

魔術師君の雷が乱れる。
彼は体を抑えてうずくまった。

勇者「どうしたの!?」

魔術師「魔力…吸収される…!!」

勇者「!」

マジシャン「ふっふっふー。可愛い男の子の魔力を搾り取れるなんて、何だかイケナイ気分♪」

勇者「やらしい人ね!魔術師君耐えていて、すぐに止めさせるわ!」

マジシャン「おんやー?」

私はマジシャンに向かって走り出していた。
こちらに向かってくるものは剣で弾く。
たまに木の破片が体に刺さったけど、大したダメージじゃない。
マジシャンに剣が届くまで、あと数歩。

マジシャン「んもー。バカだねー」

視界がぐるんと半回転した。

勇者「なに……ッ!?」

少し混乱したけどすぐわかった。
私の体が宙に浮いている。

勇者(しまった…!)

マジシャン「つーかまーえたー。さぁて、生意気な勇者ちゃんはぁ…」

勇者「…ッ!?」

マジシャン「地面にドーン☆とぶつかっちゃおー!」

勇者(何ですって…!!)

体の自由がきかず、迫ってくる地面を前に反射的に目を閉じた。
次の瞬間、強い衝撃が私の体に走った。

剣士「…っゲホゲホッ」

魔術師「剣士兄ちゃん!?」

勇者「痛た…って剣士!?」

私の体を受け止めていたのは地面ではなく剣士だった。
彼の胸に思い切りダイブしたようで、剣士は咳き込んでいる。

勇者「ご、ごめんなさい剣士!怪我はない!?」

剣士「あぁ…問題ない。何かヤな気配がしたと思ったら、一大事じゃねぇか」

剣士は体勢を立て直すとマジシャンをひと睨みした。
マジシャンの方はというと私を殺せなかったのが悔しいといった様子で剣士に睨み返していた。

マジシャン「よくも邪魔してくれたね…!許さないよ!」

剣士「あ?許さなけりゃどうするつもりだ?」

マジシャン「こうするつもりっ!」

マジシャンの周囲の地面がえぐれた。
さっきと同じ技をやるつもりだろうけど、剣士にそんなの効くはずがない。
案の定剣士は向かってくるものを全て剣でなぎ払い、マジシャンに向かって言った。
悔しいけどその技能は、私よりも遥かに上。
だけれどマジシャンは、彼が迫ってきた時ににやっと笑った。

マジシャン「バーカ!私のできることを忘れたか!」

剣士「…!」

剣士の体が宙に持ち上がる。
そしてそのまま勢いをつけて…

マジシャン「お前からだ、地面に五臓六腑ブチ撒け…」

マジシャンが言いかけた、その時。
ザシュウ、という音と共に、大きな血の花が咲いた。

マジシャン「な…んで…?」

マジシャンはわけがわからないといった様子で呆然と見ていた。
自身の胸に突き刺さった剣を。
マジシャンが力を失った為か、剣士は勢いなく落ちてきて、難なく着地した。

剣士「そりゃ、ああなったら投げるしかないよな?」

マジシャン「う…ゲホッ」

その場に倒れる。
急所をそれたので即死は免れたようだけれど、これじゃあ絶命は時間の問題に見える。

勇者「なら早くトドメをささないと」

剣士「…恐ろしいなお嬢ちゃんは」

マジシャン「く…っ、なめるなぁ…!!」

勇者「!」

火事場の馬鹿力か。
マジシャンの周囲の地面が、今までよりも大きくえぐれる。
突然の震動に、私はバランスを崩してその場に尻餅をついた。

勇者「く…っ」

マジシャンの呪いがこもった魔力を感じて体が震える。
地面の揺れでまともに立つこともできなかった。

マジシャン「死ぬなら道連れだ…全員、死ねぇ--ッ!!」

魔術師「させない!」

マジシャン「…ッ!?」

唐突に揺れが止んだ。
何が起こったの…?

マジシャン「う、嘘、嘘、うそおおぉぉぉ!?」

剣士「…?どうしたってんだ?」

魔術師君は何やら集中している。
魔法を使えない私や剣士では、何をやっているのかわからない。
だけどマジシャンの攻撃が止み、しばらくその様子を見てから

マジシャン「バカ…な…」

その言葉を最期に、マジシャンは絶命した。
魔術師君は疲れたように、汗だくの顔でふぅーっと大きく息を吐いた。

剣士「…おい魔術師、何やったんだ?」

魔術師「相手の魔力を吸収したんだ」

勇者「!?それって…」

さっきマジシャンが魔術師君にやろうとした…。

魔術師「あぁ、相手の真似をしてみたんです。やられそうになったのでやり方は何となくわかりました。でも魔王軍幹部の魔力は凄いですね…僕、強くなったみたいです」

そう言って魔術師君はニッコリ笑った。

勇者「…剣士、この子もしかして腹黒?」

剣士「いや…そんなはず無かったんだがな」

執事「…操者を倒したようですね」

宿屋の方に戻ると、少しだけ怪我をした執事が待っていた。
その側で、修道女が気を失っている。
執事が上手くやったようで、彼女に外傷は見られない。

勇者「ご苦労様、執事。相手は魔王軍幹部だったけれど、剣士と魔術師君のおかげで倒せたわ」

執事「お嬢様!そのお怪我は…」

勇者「声を荒げないで。かすり傷よ、こんなもの」

魔術師「あ、修道女姉ちゃんが回復魔法を使えます。起きたら回復してもらって下さい」

剣士「と、言ってる側から…」

修道女「うーん…」

修道女が目を覚ました。
彼女は目覚めると、朦朧とした顔で私達の顔を見回していた。

修道女「えぇと、何が…」

魔術師「姉ちゃん、姉ちゃんは今まで操られていたんだよ」

修道女「え…えっ!?えぇと、確か占い師の方が来て…」

魔術師「あぁ…それで心の隙をつかれたんだね。姉ちゃん謝った方がいいよ、この人達に危害を加えたんだ」

修道女「えええぇ!?わ、私何てことを…すみません!!心の隙があるなんて、修道女として修行不足でした…きゃあぁその怪我は、もしかして私が!?ど、どうしましょう!」

執事「あ、あの…」

修道女は執事の手をギュッと握り締めて物凄く慌てている。
あらら、執事も困惑しているわ。
呆れた様子で、魔術師君は修道女の肩をポンと叩いた。

魔術師「姉ちゃん、回復魔法があるでしょ…」

修道女「そ、そうね!すみません、今治します!」

勇者「私にも頼みますわ」

修道女「は、はい、すみません〜!」

勇者「逐一謝らなくてもいいのだけれど…」

勇者「執事、宿屋の主人に修繕費用を払ってきて。あと変な噂がたっても困るし、魔王軍の幹部が来たって情報を広めておくのよ」

執事「畏まりました」

勇者「剣士、魔術師君、執事を手伝ってくれないかしら」

剣士「…全く、人使いが荒いな。わかったよ」

勇者「あら、案外すんなり引き受けてくれるのね」

剣士「あー…まぁいいモン見せてもらったしな」

勇者「いいもの…?」

剣士「…意外と子供っぽいの履いてるのな」ボソッ

勇者「!?」

まさか、さっきの戦闘中にこの男は…!!

勇者「ま、待ちなさああぁぁい!!貴方にはお仕置きが必要みたいね…っ!!」

修道女「まだ治療中ですぅ、動かないで下さぁ〜い!」アセアセ

剣士が遠ざかっていく。
覚えていらっしゃいあのド変態。
それよりも、今はこちらの話を優先しなきゃあ。

勇者「…心の隙というのは、私と剣士のことかしらね」

修道女「…!」

気弱そうな子とはいえ、心の修行をしているはずの修道女に付け入る隙があるとすれば、それしか考えられなかった。
それも、私にライバル宣言をされたすぐ後なら尚更。
今回のことは私も悪かったみたいだけれど…。

勇者「貴方、余程自信がないのね」

修道女「…そ、それは」

勇者「剣士のことは、私より貴方の方がよく理解しているはずよ」

修道女「だ、だけど私、どうしたらいいか…」

勇者「あのねぇ」

強い眼差しで見つめると、彼女はビクッとした。
ああもう、これだから。

勇者「私と競う気があるならシャキッとして下さる?」

修道女「え…えっ!?」

勇者「もっと堂々としていて下さらないと、張り合いがありませんわ」

修道女「堂々と…」

勇者「では、傷が治ったのでこれで。ごきげんよう」

修道女「あっ…」

勇者(後はもう、彼女次第ね…)

>翌日

勇者「さて、うやむやになっていたけれど仕事の話をしましょうか魔術師君」

魔術師「はい!お願いします!」

剣士「…」

勇者「剣士、昨日の戦いで見た洞察力に、魔王軍幹部を吸収して得た魔力…魔術師君は有能だわ。彼には重要な仕事を任せても大丈夫だと思わない?」

剣士「あー…まぁ、認めるしかないよな…」

魔術師「あの勇者さん、僕から希望があります」

勇者「あら」

昨日は何でもすると言っていたけれど、自信がついたのかしらね。
まぁ、要望がないよりは言ってくれた方が仕事を決めやすいけれど。

勇者「何かしら?要望なら何でも言ってくれて構わないわ」

魔術師「はい、じゃあ…勇者さんと旅がしたいです!」

剣士「…は?」

勇者「まぁ」

執事「っ!?」

剣士「ちょっと待て!お前何考えてるんだ!?」

魔術師「男ならでっかく、目指せ魔王討伐!」

勇者「大きな夢を持った男の子は素敵よ魔術師君」

剣士「乗せるな!!仲間選び慎重にやってただろお嬢ちゃん、まさか魔術師を仲間には…」

勇者「えぇ、その優秀さに野望……気に入ったわ!!魔術師君、私と一緒に行きましょう!」

魔術師「はい!ありがとうございます!」

剣士「待てえええぇぇい!!」

執事「諦めて下さい剣士殿、それに魔術師殿なら仲間条件はクリアしているかと…」

剣士「…本気か」

魔術師「本気だよ兄ちゃん。勇者さんの助けになってみせるよ」

剣士「…」

勇者(剣士ったら過保護なのねぇ、困ったものだわ)

剣士「…こうなったら仕方ねぇな」

勇者「そうよ剣士、認めなさい。男の子はいつか自立するもので…」

剣士「付き合うよお嬢ちゃん、魔王討伐」

勇者「…………え?」

予想外すぎてすんなり頭に入ってこなかった。
今、剣士は何て?

剣士「魔術師が心配だから、俺も行くって言ってんだ…。かな〜〜〜〜〜〜り、不本意だがな…」

勇者「剣士…本当に!?」

剣士「報酬はたっぷり用意しておけよ」

剣士はそう言うとぷいっと顔を背けた。
あらまぁ本当に不本意なのね、だけど…。

勇者「えぇ、期待しているわよ剣士」

剣士「…何だ、あっさりした反応だな」

勇者「あらご不満?喜びを体全体で表してほしいのかしら?」

剣士「いや…そう言われるとな」

魔術師「わ〜い、兄ちゃんも一緒なんだね!」ギュウ

剣士「おい、抱きつくな!」

執事「宜しくお願いします剣士殿」

剣士「あー、今更改まって言われてもよ…」

執事「いえ、仲間になった記念ですので」

剣士「…そうかよ」

勇者(剣士ったらひねくれてるわね。
でも、これで大きく前進だわ)

私と、執事と、剣士と、魔術師君…。
ようやく勇者のパーティーらしくなってきたわね。
だけれど魔王を倒すまで気は抜けない。
欲しいもの全て手に入れるまで、絶対に満足はしない。

勇者「それじゃあ皆…行きましょう」

執事「はい」

魔術師「はいっ!」

剣士「おーう」

3話 終了


>服屋

勇者「...」

剣士『意外と子供っぽいの履いてるのな』

勇者(あの変態剣士...バカにして、絶対見返してあげるわ!)

勇者(そうねぇ、黒とか大人っぽいんじゃないかしら...)

勇者「...」

勇者(何これいやらしい!恥ずかしい!はしたない!キャー)

勇者(う...でも、こういうのが大人っぽいってことかしら...?)

勇者「...」
勇者(うぅ...買ったはいいけど、布面積が小さくて違和感が...)

剣士「今日は寒いなお嬢ちゃん」

勇者(問題はどうやって剣士を見返すか...まさか自分でめくって見せるわけにはいかないし...)

>その時、強風が!!

勇者「きゃあぁ」

勇者(い、今のでめくれてしまったわ!)

勇者「け、剣士、今見た!?」

剣士「...ってー、目にゴミが...ん?何かあったか?」

勇者「...」

勇者「剣士のバカー!」ダッ

剣士「え!?は!?」

>見ても見なくてもどっちにしろ怒られる剣士であった


4話 覚悟


さて剣士と魔術師君が加わり、ようやく勇者パーティーとして形になってきた所だけど…。

剣士「魔術師、疲れてないか?」

魔術師「平気だよ兄ちゃん」

剣士「そうか…足が痛くなったらすぐに言えよ、魔術師は俺らみたく丈夫じゃないんだし…」

魔術師「うん、ありがとう兄ちゃん」

勇者「…」

執事「…」

剣士「喉渇いてないか?」

魔術師「うん。でもさっき水飲み干しちゃったし、我慢できるから」

剣士「これでも飲め」

魔術師「えっ、これ兄ちゃんの好きなやつじゃあ」

剣士「何本でもストックはある。気にするな」

魔術師「お、重いんじゃ…。でもありがとう兄ちゃん」

勇者「…剣士はショタコンなのかしら?」

執事「ブラコンかと」

剣士の意外すぎる一面に、私も執事ももはや何も言えなかった。

剣士「あれ。馬に乗った奴がこっち向かってくるぞ」

勇者「あぁ、彼は国の騎士の方よ」

騎士「勇者様、お疲れ様です」

勇者「ごきげんよう。今日は何の用かしら?」

騎士「また魔王軍幹部の1人を倒したそうですね。詳しく話をお聞かせ願えないかと」

勇者「えぇいいわよ。皆、ちょっと休憩していいわよ」

剣士「幻術士の時も国の遣いの奴が来てたな。それにしても、今回のことはどうやって国にわかったんだ?」

執事「国の情報網を侮ってはなりませんよ。お嬢様が勇者であることは世間的には知られていませんが、それでも行動はある程度国に知られております」

魔術師「うわぁー…変なことはできないね」

剣士「いい気分はしないな」

執事「そこは我慢を。魔王を倒すには、国との連携が必要になってくるのです」

剣士「へー、俺への報酬は全部お嬢ちゃんの資産からなんだが?国は今んとこ何してくれてんだ?」

魔術師「兄ちゃん、声大きいよ!」

騎士「国は貧しいのですよ」

魔術師「あわわ、聞かれてた…」

騎士「国は情報収集に力を入れております。本来なら我々も戦力的に勇者様にご協力したい所でしたが…」

勇者「それはこちらからお断りしたのよ。国を守るのが騎士団の仕事ですもの」

剣士「へぇ成程」

騎士「それにしても…」

剣士「ん?」

騎士が俺の方をじっと見つめる。
それは直感的に、いい目つきには思えなかった。

騎士「仲間の選定条件を厳しく設けていた勇者様が選んだのが…まさか金の亡者の傭兵と、子供だとは」

魔術師「な…っ」

剣士「…何か問題でも?」

蔑まされているのはすぐにわかった。
まぁ、もう慣れてはいるが。

騎士「いえ。勇者様がお選びになった方ですので、さぞかし優秀なのでしょうね」

勇者「えぇ、とても頼りになる2人ですわ」

お嬢ちゃんが俺たちの間に入って騎士に言った。
心なしか、その口調は強い。

勇者「騎士様、お忙しいのではなくて?」

騎士「えぇ。…それでは失礼します」

騎士は一礼すると、馬を走らせて遠くに行った。
あそこまで行けばもう何も聞こえまい。

剣士「嫌な奴だな」

魔術師「本当だよ。兄ちゃんはあんな人よりずっと強いよね!」

執事「あまり陰口を言うものではないですよ。それよりも行きましょう、もう十分休みました」

勇者「今日は私の別荘に泊まるわよ。ま、ここから近いんだけれどね」

この別荘にはしばらく来ていなかったそうだが、主人不在の間もちゃんと手入れはされていたようで、俺にとっちゃ豪勢すぎる位の宿泊場所だった。
村からほとんど出たことのない魔術師は、目を輝かせてハシャいでいる。

魔術師「兄ちゃん、これが大理石ってやつなんだね!!このお屋敷、村と同じくらい大きいんじゃないの!?」

剣士「あまり騒ぐなよ〜」

それにしても使用人達が俺たちをお客様として扱うので、どうも落ち着かない。
お嬢ちゃんは早速ティータイムとしゃれこんでいるようだが。

剣士「やっぱお嬢ちゃんには優雅なのがお似合いだな」

勇者「あら、ありがとう。剣士、お風呂にはまだ行かないの?私は大して汗をかいていないから、貴方の後でいいけれど」

剣士「あぁ、まだいい…なぁお嬢ちゃん」

勇者「何かしら?」

剣士「俺は少し運動する。風呂入る前に、お嬢ちゃんも付き合ってくれないか」

勇者「あら」

お嬢ちゃんは一瞬間を空け、ゆっくりティーカップを置いた。

勇者「私はまだ貴方と共闘するには頼りない、だから鍛えろ…ということかしら」

剣士「あぁ、そうだ」

勇者「納得したわ」

そう言うとお嬢ちゃんは剣を持ち、立ち上がった。

勇者「剣の特訓は裏庭が最適よ。お願いするわね、剣士」

剣士「あ、あぁ」

思ったよりずっと素直な反応に、俺は少しだけ戸惑った。


勇者「はぁ、はぁ」

剣士「ふー…」

何時間打ち合ったか。
流石に俺も疲れ、その場にぶっ倒れる。
お嬢ちゃんも疲れているはずだが、ぶっ倒れることなく、お上品にベンチに腰掛けた。

勇者「容赦ないわねぇ剣士。こんなに厳しい稽古は初めてよ」

剣士「あぁ…正直俺もお嬢ちゃんがここまで粘るとは思わなかった」

勇者「まぁ見くびられたものね。それにしても、加入したらいきなり厳しくなったわね」

剣士「まぁな」

俺は上半身を起こし、お嬢ちゃんに向き直った。

剣士「金の亡者の俺が、今までどんな条件を提示されても魔王討伐を受けなかった理由はわかるか」

勇者「私のことが苦手なんでしょう。それに、今回受けたのも仕方なくだし」

剣士「受けた理由はそうだが、断り続けてた理由は違う」

勇者「へぇ?何なの?」

剣士「…金も大事だが、俺は命の方が大事だからな。俺が死んだら、修道院に金を送れなくなっちまう」

勇者「えぇ…そうね」

剣士「だが今回俺は魔王討伐を引き受けた。…だからお嬢ちゃんも、無理矢理にでも強くなってもらわないと困るんだ。俺が死ぬ可能性を少しでも低くする為にな」

勇者「成程ね。確かに私が原因で貴方に死なれたら、私も一生後悔するわ」

お嬢ちゃんは真面目な顔で答えてくれた。
少し意外だった。
こんな理由だったら、もう少し噛み付いてくるものかと思ったが。

勇者「けれど貴方をスカウトしていた時、その理由を出されたらすんなり諦めていたかもね。命が大事なのは当たり前だもの」

そう言ってお嬢ちゃんは笑った。
あんなに困らされていたことは、こんなことで解決していたとは。
そう思うと、俺も笑えてきた。

勇者「でも、私も決して命を賭けるつもりはないわ。死んだら何も手に入らないもの」

剣士「だろうな、お嬢ちゃんなら」

勇者「…さっき会った騎士がいるでしょう」

剣士「?あぁ」

勇者「私もあの人、大っ……嫌いなの。口調は丁寧だけど、私のこと見下してるのが丸分かりなのよ」

お嬢ちゃんはニコニコ顔だが、刺々しい口調でそう言った。
きっとあの騎士と会っている間はいつも、嫌々そんな笑顔で対応しているのだろう。

勇者「あの騎士だけでなく、私を馬鹿にしている人は沢山いるわ。まぁ、成人前の小娘が勇者だなんて信じられないのは当然かもしれないけれど。だけどね…腹立つものは腹立つのよ」

剣士「だろうなぁ」

徐々に笑顔が崩れてきたお嬢ちゃんに、俺は苦笑いで返す。

勇者「だから魔王を倒して、意地でも見返してやるわ。剣士、そうなれるよう私を鍛えて下さる?」

剣士「あぁ。…でもあまり気にもするな。そいつらはお嬢ちゃんのことよく知らないだけだ」

勇者「どういうこと?」

剣士「そうだな、俺程度でもわかってるぞ。お嬢ちゃんは強欲だが、それに見合う努力は惜しまない、立派な戦士だって」

勇者「剣士…」

剣士「…」

お嬢ちゃんは驚いたように見つめてくる。
俺は面と向かって褒めたのが恥ずかしくなって、つい顔を背けた。
まずい、沈黙したら変な雰囲気になる。
ここは何か言わねば…。

剣士「と、とにかく…俺はお嬢ちゃんのそういう所は認めているから、だ…」

勇者「…」

剣士(…余計気まずくなった!)

剣士「き…今日は解散だ!風呂入って休め!」

勇者「あっ剣士」

俺は逃げるようにそこから立ち去った。
全く、慣れないことはするもんじゃない。

>図書室

執事「こちらにいましたか魔術師殿」

魔術書の棚とにらめっこしていたら、執事さんが入ってきた。

魔術師「あ、執事さん。勇者さんが、レアな魔術書あるから見てもいいよって」

執事「熱心ですね」

魔術師「まぁね…あっ!」

執事「どうなさいました」

魔術師「いや…この魔術書、僕の父さんが執筆したやつなんです」

執事「!それは…」

執事さんは僕が手に取った本の作者名を見て、驚いているようだった。

魔術師「執事さん知ってるんですか」

執事「魔術を嗜む者で、彼の名を知らぬ者はいないかと。…奥方も名の知れた魔法使いでいらっしゃいましたね。ですが…」

執事さんは気まずそうな顔をしていた。
まぁ、そういう反応になるだろう。

魔術師「気を使わなくていいですよ。知っての通り、何年か前に2人とも魔王軍幹部に殺されました」

執事「…魔王軍ナンバー2、氷河魔人」

執事さんが呟いた名前は、2人を殺した幹部の名前だ。
忘れもしない、冷気に包まれた、全身真っ青なあの姿を。

執事「…まさか貴方は、ご両親の仇を取る為に…」

魔術師「…恨みは忘れていません。だけど私怨は置いておいて、勇者さんに協力するつもりです」

嘘を言ったつもりはなかった。
勇者さんが世界を平和に導こうとしているなら、僕はその力になりたい。

その時の僕は気がつかなかった。
執事さんが胸に抱いた、複雑な心境に。

>修道院

勇者『私と競う気があるならシャキッとして下さる?もっと堂々としていて下さらないと、張り合いがありませんわ』

修道女「ううぅ〜…」

彼女に言われた言葉が頭の中でグルグル回っている。
あの人は自分に自信があってかっこいい。
自分の勝てる要素が1つも見つからない。

修道女(シャキッとしろと言われても…)

子供「姉ちゃん、どうしたのー?」

修道女「え、あ、別に何でもないわよ?」

子供「ふーん。それより、国の騎士って人が来たんだけど…」

修道女「国の騎士様が?」
修道女「今責任者は出かけていまして、すみません」

騎士「いえ、いいんですよ。少しお話を聞きたいだけですから」

立派な鎧に身を包んだ姿は、それだけで威圧感がある。
客室にこの人と2人はちょっと緊張する。

修道女「それで、聞きたいこととは…」

騎士「えぇ。昨日の魔王軍幹部の事件…あれに関わった少年は、ここの修道院出身らしいですね」

修道女「あ、はい。ご両親が高名な魔法使いだったので、あの子自身も魔法に熱心で」

騎士「もしかして、その魔法使いとは…5年前に殺された、あの…」

修道女「はい、そうです…」

私が答えると、騎士さんは考え込むような顔になった。

騎士「彼ら夫婦に子供がいたのは知っていたが、その子の行方については不明だったような…」

修道女「それが、あの子は5年前、瀕死の状態で村の近くで見つかったんです。この修道院で引き取ってからしばらくは心を開かなかったんですが、2、3年前からようやく自分のことを話すようになりまして」

騎士「なるほど…国が把握していないわけだ」

修道女「ところで、昨日の魔王軍幹部はどうしてあの方を狙っていたんですか?彼女は何か、特別な…」

騎士「それは言えないんですよ」

騎士さんは強めの口調でそう言うと、立ち上がった。

騎士「ご協力ありがとうございました。この情報は、有意義に活用させて頂く」

修道女「あ、はぁ…」

そして騎士さんは出て行った。
緊張感がどっと抜ける。
あまり、愉快な気分ではなかった。
申し訳ないが、彼の雰囲気は何となく苦手かもしれない。

修道女(情報を隠されるなんて…何者なんだろう、あの人は)

>夜

魔術師「あ〜美味しかった〜」

勇者「ふふふ、あんなに美味しそうに食べて下さると嬉しいわ」

剣士「まるで自分が作ったかのような口ぶりだな」

勇者「夕飯メニューをリクエストしたのは私よ」

剣士「なぁ、お嬢ちゃんの料理レベルはどれ位だ?」

勇者「つ、作ったことあるわよ…おにぎり位なら」ボソボソ

執事「具材がはみ出ていましたけどね…」

剣士「ほー、そりゃ見てみたいもんだ」

勇者「もしかしてバカにしてるのかしら〜?」じー

剣士「いやいや別に〜?」

執事「…おや」

執事が急に窓を開けた。

勇者「どうしたの執事?」

執事「…強い魔物が2体、近付いてきていますね…。迎撃致します」

そう言うと執事は窓から飛び出していった。

魔術師「僕達も戦闘準備だね!」

剣士「あぁ、執事に着いて行くぞ」

勇者「私は武装してくるから先に行ってて頂戴」

警備兵「何だこいつらは…クッ!!」

人面鳥「クク…人間にしてはやるな…」

巨人「だが…」

人面鳥&巨人「宙を舞う私の「俺の巨体の前には&#’&*”」」

人面鳥&巨人「…」

人面鳥「私の台詞にかぶせるな、このデカブツが!!」

巨人「こっちの台詞だ、焼き鳥にするぞ!!」

剣士「おぉ、警備兵達が重傷だ」

魔術師「大丈夫ですか!後は任せて下さい!」

警備兵「クッ…何者なんだ奴らは」

執事「…魔王軍幹部」

剣士「両方そうなのか」

人面鳥「いかにも!私は魔王軍ナンバー4、人面鳥!」

巨人「我は魔王軍ナンバー4、巨人!」

人面鳥&巨人「…」

人面鳥「私がナンバー4で貴様は5だ、巨体の割に脳みそ小さいのかノータリンが!!」

巨人「ああぁ!?顔面は人のくせに鳥頭なのか貴様はあぁ!!」

剣士「何か仲が悪そうだな」

勇者「お待たせ…何?漫才中?」

魔術師「まぁそんな所だね」

人面鳥「猫将軍、呪術師に続きマジシャンまで、よくもやってくれたな」

剣士「昨日のことだぞ。いやに情報が早いな」

巨人「実力は認めてやろう勇者一行よ。貴様らの牙が魔王様に届くとも思えんが、早い内に手は打っておいた方が良さそうだ」

勇者「ふぅん、それで念の為に2人で来たの。丁度いいわ、一気に片付けるチャンスですもの」

人面鳥「聞いていた通り、生意気な小娘のようだな…巨人といい勝負だ」

巨人「なめられたものだ。調子に乗るなよ…人面鳥みたいに」

剣士「勝負は早めにつけた方がいいだろ?」ダッ

巨人「!」

俺は巨人の足に狙いを定め、剣を振った。
しかし…

巨人「甘いぞおおぉぉぉ!!」

剣士「チッ」

嫌な気配に俺は後ろへ跳んだ。
その直後、俺のいた位置に巨人の拳が振り下ろされた。
ひどい轟音が鳴り響き、地面にぽっかり穴が空いた。
ありゃ、喰らったらひとたまりも無いだろう。

人面鳥「いい反応だが、これはどうかな!?」

剣士「…ッ!?」

人面鳥が羽で風を起こし、俺はとっさに防御姿勢を取った。
風が俺の頬や腕をかすめ、血が吹き出た。

魔術師「かまいたちだ…!兄ちゃん大丈夫!?」

剣士「あぁ、この程度ならな」

呪術師やマジシャンみたいな魔法を使ってくる相手よりはわかりやすい。
だが2人同時に来られると、正直厄介な相手かもしれない。

巨人「休む暇は与えんぞおおぉぉ!!」

巨人の拳がまた振り下ろされ、今度は…

人面鳥「今度は急所を外さないぞ!!」

かまいたちが俺に襲いかかる。
この2つの攻撃が同時に来ることによって、どうなるか。

答えは簡単だ。
巨人の腕がかまいたちに切り裂かれた。

巨人「痛えええぇぇ!!タイミングを考えろ、この食用手羽先が!!」

人面鳥「邪魔なんだよ肥満体め!!」

剣士「…こいつら1人ずつ来た方が手ごわかったんじゃねぇの」

執事「黙っていましょう」
魔術師「魔法で弱らせるよ」

執事「そうしましょう」

2人が前に出て、同じタイミングで雷と氷、それぞれ得意な攻撃魔法が発せられた。
しかし…

ヒュルルン

執事「!?魔法がかき消えた…」

人面鳥「フフフ…無駄だ、貴様らの魔法など」

勇者「何か小細工をしたに違いないわね」

魔術師「小細工…あっ!見て、あの巨人の耳の裏!」

剣士「は?耳の裏?…あっ!」

言われた通り耳の裏を注視すると、何か紋様みたいなものが描いてあった。

魔術師「あの紋様は攻撃魔法を無効化するものだよ。用意周到にして来たんだね…!」

勇者「まぁ、攻撃魔法が使えないとわかっただけでも良かったわ。お手柄よ魔術師君」

執事「魔法の使い道は攻撃だけではありませんしね」

人面鳥「どうだか…喰らえッ!!」

魔術師「おっと!」

人面鳥が放ったかまいたちを、魔術師が咄嗟に魔法の楯でガードした。

魔術師「僕は守りに集中するよ。この程度なら防げない威力じゃないね」
人面鳥(あのガキめ…。
しかし接近すれば、猫将軍を倒した男の剣が危険…)

巨人「そんなガード打ち破ってくれるわあぁぁ!!」ゴオォ…

剣士「よっと」

魔術師を抱えて拳を避ける。
お嬢ちゃんや執事も軽くかわしていた。

勇者「ふん!」

と、お嬢ちゃんはかわいたついでに巨人の拳に乗る。
巨人はお嬢ちゃんを跳ね除けようとしていたが、それよりも速くお嬢ちゃんは巨人の体を跳ねて上って行き…。

勇者「たあぁ--ッ!!」

人面鳥「!?」

そこから大ジャンプ、人面鳥に斬りかかった。

人面鳥「うおおぉぉぉ!!」

人面鳥はかまいたちを発する。
しかしお嬢ちゃんはそれを剣で弾く。
お嬢ちゃんが迫ってきた時、人面鳥は慌てた様子で更に上空に飛んだ。

勇者「討ち損ねたわ」

執事「大分無茶でしたよ、お嬢様…」

人面鳥「こら巨体のでくのぼう!!貴様のせいで斬られそうになったではないか!!」

巨人「今のは勇者を討つチャンスだっただろうが、かまいたち以外能なしの鳥野郎!!」

執事「…貴様も巨体以外は能なしだが」

巨人「何だとぉ」

巨人は執事をひと睨みし、そして突進。
しかし

執事「足元注意…」

巨人「うわあああぁぁ」ドスウウゥゥン

執事が道に氷を張っていたことに気づかず、大きく転んだのであった。

勇者「巨人の喉仏をかっ切るわよ!」ダッ

剣士「いちいち怖いんだよお嬢ちゃんは」ダッ

巨人「くっ!やめっ!」

巨人は倒れながらも俺とお嬢ちゃんの攻撃を手で弾く。
手の平ばかりにダメージが集中するが、これでは致命傷にもならない。
それに流石は魔王軍幹部で、倒れて攻撃を弾きながらもたまに攻撃を放ってくる。
不自然な体勢から繰り出される攻撃をかわすのは大して難しくもなかったが、巨体から放たれる攻撃は地面をえぐり、足場を不安定にさせた。

剣士(早いとこ1匹倒したいとこだが…)

人面鳥「今だ!!特大かまいたち!」

執事「お嬢様危ない!」バッ

勇者「えっ!?」

人面鳥はいつの間にか近くに迫ってきていて、気付いた時には遅かった。

剣士「…ッ!」

執事「ぐっ…」

巨人「ぐわあああぁぁぁ」

まずい。
今ので結構ダメージを喰らった。
お嬢ちゃんは…執事が楯になったようだが、代わりに執事も結構出血している。

巨人「貴様あぁ、俺がいるんだから配慮しろおおぉぉ!!」

人面鳥「黙れ!貴様のようなデカブツにとってはかすり傷だろ!!」

人面鳥の言うことは間違っておらず、証拠に巨人は元気に起き上がった。

剣士(くっそ痛ぇ…)

巨人「貴様のせいだぁ!」ブンッ

剣士「く…っ」

今のは奇跡的に回避できたが、自分でも動きが鈍っているのがわかる。
このまま血が出続ければ、いつか攻撃に当たるかもしれない。

勇者「剣士…執事…」

いつも自信満々のお嬢ちゃんの表情が、俺と執事を交互に見ては曇っていった。

?「しっかり!回復魔法を!」パアァ

剣士「…え?」

その声に振り返る。
と同時、俺と執事の傷はみるみる回復していった。

執事「これは…」

剣士「お前…何でここに!?」

修道女「ふふ…来ちゃいました」

修道女は笑顔でそう答えた。
いや、おかしいだろ。

執事「話は後でゆっくり…それより今は戦闘に集中を!」

剣士「お、おぉ!」

今度は人面鳥にも注意を払いながら、俺は巨人に突撃していった。
後方では、魔術師が修道女に駆け寄っていた。

魔術師「姉ちゃん、どうしてここがわかったの?」

修道女「貴方の魔力を辿ってきたのよ、魔術師君」

魔術師「そうか…そうだ、姉ちゃん確か神聖魔法使えたよね!」

修道女「えぇ」

魔術師「じゃあ敵の紋様を解除してほしいんだ!攻撃魔法無効化の効力、姉ちゃんなら打ち消せるでしょ!」

修道女「わかった…やってみるわ」

そんな会話を聞いて、とりあえず納得する。
魔術のことはわからないが、2人がそう言うならできるのだろう、多分。

修道女「…紋様、解除!」

人面鳥&巨人「!?」
勇者「あら…紋様が消えたわね」

人面鳥「元はと言えば貴様の図体がでかいせいで紋様がバレたんだろ!」

巨人「えぇい黙れ!氷河魔人に頼んでこの紋様を使おうと言い出したのは貴様だ!!」

魔術師「喧嘩両成敗だよ!」

人面鳥&巨人「!?」

辺りを眩しく照らす程の雷が魔術師から放たれた。
マジシャンの魔力を吸収した威力、やはり圧巻だ。

人面鳥「ぐ…っ、しかし急所は防いだぞ!」

巨人「俺を楯にするなこのアホウドリが!」

剣士「…お前らの敗因はだな」

人面鳥と巨人が俺の声に振り返る。
その時には--

剣士「2人で来たことによる慢心と」

勇者「紋様に頼りすぎたことね」

ザシュッ--

俺とお嬢ちゃんの剣が、奴らの急所をつくのと同時だった。

執事「…これで魔王軍幹部は残り2人ですね」

2匹の幹部の死亡を確認し、執事が言った。

勇者「貴方がいなければ危なかったわ。ありがとう」

修道女「いいえ〜。タイミング良く来れて良かったです〜」

修道女は警備兵達にも回復魔法を使い疲れているはずだが、それを顔に出さずに笑って答えた。

剣士「…しかし妙だな」

勇者「何が?」

剣士「あいつら事前に紋様入れてくるなんて、やけに用意周到だった。だがあの紋様は修道女でも解除できるものだったんだろ。だからおかしいんだ。執事と魔術師のことは警戒していた。だが、修道女の存在は奴らにとって想定外だった…」

魔術師「敵はこっちのパーティー構成を知っていたってこと?」

勇者「敵の方も情報収集がしっかりしているんでしょうね」

剣士「あぁ…」

剣士(けど、何かひっかかるんだよな…)

執事「それよりも…」

魔術師「そうそう姉ちゃん、どうして来たの?」

修道女「そ、それは…えぇと、そのぅ…」

勇者「…」

修道女はオドオドビクビクしながら、俺たちの顔色を伺う。
何なんだ、一体。
それから修道女は深く深呼吸した後、意を決したように言った。

修道女「わ、私も…力になりたくて…」

剣士「…え?」
執事「それはつまり…旅に同行したいと?」

剣士「おい…どういうこった」

修道女「ひええぇ、すみませ〜ん!」

剣士「いや怒ってるわけじゃなくて…」

勇者「…貴方はうちのパーティーに、どう貢献できるのかしら?」

修道女「え…っ」

勇者「私達が目指すのは魔王…貴方について来れる?」

修道女「え、魔王…えええぇぇ!!」

まぁ、修道女には言ってなかったから驚くのも無理はない。
お嬢ちゃんが勇者だというのはあまり知られてはいけないことだ。
だけど、魔王の名を出されちゃ修道女も諦めるだろ…

修道女「私は一通りの回復系魔法と補助系魔法が使えます…」

あれ?

修道女「魔王軍幹部に1度は惑わされましたが、もうあんなことにはなりません!お願いです、同行させて下さい!」

待て待て待て。

魔術師「姉ちゃんどうしたんだろうね」ヒソヒソ

剣士「わかんね…」

まぁ、まさか仲間の選定条件を厳しくしているお嬢ちゃんが了承するとは…

勇者「…仕方ないわね」

あれ?

勇者「剣士、魔術師君、戦闘の時は彼女を守って差し上げて」

待て待て待て。

修道女「あっ、ありがとうございます〜。頑張りますね!」

剣士「何で了承するんだ!?」

勇者「聖職者が足りないと思っていたのよ。丁度いいじゃない」

剣士「いや、修道女より優秀な聖職者は探せばいくらでも…」

勇者「彼女の熱意を買いましょう」

剣士「おい!!もう誰でも良くなったのか!?」

勇者「そんなわけないでしょう。ま、剣士にはわからないでしょうねぇ」

剣士「何だよその馬鹿にした態度は!?」

魔術師「いいじゃない兄ちゃん、僕達で姉ちゃんを守ろう」

執事「雇い主命令に逆らうのは御法度ですよ」

剣士「お前達もあっさり受け入れんなよ!」

修道女「剣士君…私は邪魔ですか?」ウルッ

剣士「いやそうじゃなくてな…」

魔術師「剣士兄ちゃん、女性を泣かせちゃいけないよ」

剣士「あああぁぁ!どうなってるんだーっ!?」

こうして不本意ながらパーティーに修道女が加わり、魔王軍幹部も残り2人。
俺たちの旅は順調に進んでいる。
だが、この先に待ち受けているものを、俺たちはまだ知らない…。

4話 終了


5話 氷河魔人との因縁

魔術師「魔王軍幹部も、残り2人か…」

朝食時、自然とそんな話になった。
昨日の今日で、パーティーの緊張感も高まっている。

剣士「筋肉猫に自滅野郎、イタ子に漫才コンビ…後はどんな残念な幹部が残っているんだ」

執事「ナンバー1と2の竜騎士、氷河魔人。この2名は、ナンバー3である猫将軍と大きく実力が開いています」

勇者「今までとは格が違うわけね…」

修道女「ううぅ、緊張しますねぇ…あ、い今のは弱音じゃありませんから!」

剣士「…そいつらもきっと、用意周到で来るんだろうよ。いつでも迎撃できるようにしておけ」

勇者「順番的に、次来るのは氷河魔人かしらね」

お嬢ちゃんが執事の方を向くと、執事は無表情で頷いた。
俺と修道女は魔術師を気にかける。
氷河魔人は、魔術師の両親の仇だ。

魔術師「氷を使った多彩な技を使うそうですね。僕も魔法での対策を勉強しておきます」

魔術師の様子はいつもと変わらない。
勿論内面はどうだかわからないが、今はその心配をしていても仕方ない。

勇者「それじゃあ、各自できることはやっておくこと。剣士、今日も稽古つけて下さる?」

剣士「あぁ」
今日の稽古もやや激しめだった。
お嬢ちゃんが熱心なものでつい時間を忘れ、気づけば3時間も経っていた。

勇者「ふぅ…時間が経つのは早いわね」

剣士「あぁ、でも大分お嬢ちゃんの剣も隙が無くなってきたな」

勇者「あら本当?ふふ、剣士が言うなら間違いないでしょうね」

お嬢ちゃんは嬉しそうに言った。
剣に対して本当に真剣なお嬢ちゃんだ、成長は心の底から嬉しいのだろう。

執事「お嬢様、剣士殿。お飲み物をお持ちしました」

勇者「あらはちみつレモン?執事の漬けたこれは本当においしいのよね〜」

剣士「頂くぜ…あ、本当だ美味い」

執事「光栄です」

剣士「ところで執事、お前は今まで何やっていたんだ?」

執事「軽く戦闘訓練をし、魔術師殿の勉強に付き合った後は執事としての業務を行っていました」

剣士「魔王を倒すまで、執事の業務は休んでもいいんじゃないか…?」

執事「いえ。いつも通り業務を行っている方が調子がいいのです」

剣士「お前がいいならいいけどな…お前って超人だよな」

執事「そうでしょうか」

執事は自覚がないようで、首を傾げた。
そこそこ長い時間を共にしたが、この執事が気を抜いている所を俺は見たことがない。
その反面、戦闘でもまだ執事が本当の本気を出した所を見たことがない。
魔王討伐という大きな目的を掲げているにも関わらず、こいつはそれを感じさせない程いつも平然としている。
何というか、不思議な奴だ。

剣士「超人すぎて、人間だと思えねぇよ」

ガチャン

剣士「え?」

執事の手からカップが滑り落ちていた。

勇者「まぁ大変。怪我はない?」

執事「いえ大丈夫です。失礼致しました」

執事は冷静に答える。
手が滑って食器を割るなんて、こいつでもそんなミスはするんだな。

勇者「だけど子供の頃の執事は全然違ったわよ」

執事「お嬢様…」

割れた食器を片付けながら、執事は抗議の目でお嬢ちゃんを見た。
しかしお嬢ちゃんは構わず続ける。

勇者「うちに来たばかりの頃は、よく泣いていたものよ。失敗しては泣き、近所の子供にいじめられては泣き…」

剣士「へー、やっぱ子供の頃はそういうもんか」

執事「…あまり思い出したくないですね」

剣士「や、子供の頃の話って誰だって恥ずかしいもんだよ。俺もやんちゃな悪ガキだったしな」

勇者「執事は泣き虫を頑張って克服したから、今の姿があるのよ。誇っていいことだと思うわ」

執事「…それは、お嬢様のお陰で…」

修道女「あ、いました〜。皆さ〜ん」

剣士「ん?どうした修道女」

修道女「えーとですね…昨日の魔王軍幹部が使ってた攻撃魔法無効化、真似できそうです!」

勇者「凄いじゃない」

修道女「あ、で、でも、私の力だと1人分にかけて維持するのが精一杯で…」

勇者「なら自分にかければいいわ。聖職者はパーティーの生命線だもの。頼りにしているわ」

修道女「は、はい!ありがとうございます〜」

剣士(修道女ってお嬢ちゃんより年上なのに、何でこんなにペコペコしてるんだ)
騎士「なるほど…これが魔王軍幹部の死体ですか」

昼前、騎士が訪ねてきた。
相変わらず情報が早い。
騎士はまたお嬢ちゃんとしばらく話した後、帰っていった。

剣士「何を話したんだ?」

勇者「2人を倒した方法を聞かれたわ」

魔術師「…ねぇ、国は情報を集めてるって言ってたけど、こっちはまだ有益な情報貰ってなくない?」

執事「国も頑張っているのですが、どうも成果が出ないようで…まぁ仕方ありません」

修道女「私達の集める情報が重要なんですね〜」

剣士「…出来ればあの騎士はチェンジして貰いたいが」

執事「好き嫌いで物を言ってはいけません」

勇者「さて、お昼ご飯食べたら出発するわよ」

魔術師「はい。今日はどこまで?」

勇者「とりあえず、温かい所まで行きたいわね」
>熱帯雨林

魔術師「ふぅー…暑いね」

修道女「心頭滅却すれば火もまた涼し…ところで、どうしてここまで?」

執事「ここも魔王城へ近づくルートです。それに、これだけ暑いと氷河魔人の力が半減するので、奴に襲われる心配がないかと」

剣士「でもいつかはブッ倒さなきゃいけないんだろ?だったら早い内に戦っておきたい所じゃないか?」

勇者「だからここにいる間に襲ってきてくれれば理想的ね」

魔術師「でも執事さんも氷を使うのに、それだと力を出しきれないのでは?」

執事「そのデメリットよりも、氷河魔人の力が落ちるメリットの方が大きいでしょう」

修道女「いずれにしても、いつ来るかわかりませんね」

剣士「気は抜けないな」

魔術師「でも暑くて集中力乱れそうだよ〜…」

剣士「背負ってやろうか魔術師」

魔術師「い、いいよ恥ずかしいし!」ブンブン

勇者「ブラコンは元気だこと」

執事「とりあえず休憩しましょう。私の魔法でかき氷でも作ります」

剣士「便利な使い方してるな魔法」

修道女(わ、私も何か役に立てないかな)オロオロ

勇者「まぁ、しばらくはゆっくりしていましょう」
剣士「んー…ふあぁ」

昼寝から目覚める。
昨晩はふかふかなベッドが落ち着かず、あまり眠れていなかった。
側では魔術師が本を読んでいて、他の3人はいない。

剣士「おい…3人ともどこ行った」

魔術師「あぁ。執事さんは見回りに。姉ちゃんと勇者さんは、水場を見つけたから水浴びにって…」

剣士「何!!水浴び!?」

魔術師「う、うん…汗かいたからって…」

剣士「…魔術師、ちょっとトイレしてくる。大人しく待っ…」

魔術師「待て兄ちゃん」

う。
魔術師の口調が厳しい。

剣士「どうしたんだ」

魔術師「怪しいな…僕も行くよ」

剣士「何だ魔術師、お前も興味あるのか?」

魔術師「バカー!兄ちゃんの見張りに決まってるだろ!覗きとか絶対駄目だかんね!!」

剣士「お前、それは自分は子供ですって言っているようなもんだぞ。一人前の男なら行かずにどうする」

魔術師「黙れ!スケベ!変態!犯罪者!」

剣士「う…お前に言われると傷つくぞ」

魔術師「とにかく絶対に駄目だよ!!行ったらもう口きかないからね!」

剣士「わかったわかった」

名残惜しいが、魔術師に無視されるのはダメージが大きい。
またの機会に期待することにして、俺は再び横になった。

修道女「やっぱり水浴びすると気持ちいいですね〜」

勇者「…」ジー

修道女「ど、どうしましたぁ?」

勇者「…貴方、確か自分に自信が無いのよね?」

修道女「え、えぇ。それがどうかしましたか〜?」

勇者「…あるじゃない、私よりはっきり上な所が」ボソッ

修道女「え?え?」

勇者「な、何でもありませんわ。それより魔術師君は冷静ね。氷河魔人はご両親の仇なのでしょう?」

修道女「魔術師君は…なかなか人に心の内を明かさない子です。修道院に来た頃よりは、大分柔らかくなりましたが…」

勇者「そうなの?」

修道女「最初の頃はなかなか喋らない、笑わない子だったんです。けど剣士君にはよく懐いていて。剣士君が傭兵になってからは、剣士君みたいに皆のお兄ちゃんになろうと頑張っていました」

勇者「歳の割にしっかりしているものね」

修道女「でも心配なんです。なかなか人に弱味を見せないので、もし心の中で苦しんでいたら…」

勇者「そうねぇ…」

そう言われ、私はある人物が頭に浮かんだ。
子供の頃からの仲で、いつも一緒にいて、なかなか人に自分の素顔を見せない彼のことを。

勇者「…お互い、困ったものね」

修道女「お互い…?」

勇者「まぁ長い付き合いなのだし…察することができる所は察してあげましょう」

修道女「えぇ…そうですね」
執事「…」

空気に変化がないか注意を払う。
今の所、まだ問題はなし。

執事(落ち着け…心を乱してはならない)

そう自分に言い聞かせる。

魔術師『…恨みは忘れていません。
だけど私怨は置いておいて、勇者さんに協力するつもりです』

魔術師殿はそう言った。
両親を殺された恨みを表には出さずに。
氷河魔人が殺した夫婦の息子がパーティーに加わるなんて思いもしなかった。
それだけに、心の準備が追いつかない。

執事(奴を討つ。
命に替えてでも--)

いや、まだ死ぬわけにはいかない。
しかし氷河魔人との戦いは、自分にとっても特別だ。
今度の戦いも誰も死なず、氷河魔人を討たねばならない。
その為には心を乱してはならない。

剣士『超人すぎて、人間だと思えねぇよ』

そう、今は人間離れすべき時。心を彼の言う「超人」に近づける。

執事「………来たか」

空気の冷えを、私は感じ取った。

魔術師「あっ!」

剣士「ん…何だ?」

魔術師が指差した方向には、森の木々を突き抜けて氷柱が立っていた。

魔術師「異変があったら氷柱を立てるって執事さんの合図なんだ!兄ちゃん、急ごう!」

剣士「あぁ!」

氷柱に向かって走る。
そこに近づくにつれ、少しずつ肌寒さを感じていた。
そして、そこに辿り着く。
そこでは既に、戦闘が開始されていた。
戦っている双方は自分の技を出しながら、相手の攻撃を避けている。
片方は執事。
もう1人は--真っ青な肌の中年男性のような姿をした、人型の魔物。

魔術師「--っ」

隣で魔術師の魔力が殺気立った。

魔術師「氷河魔人…ッ!」

魔術師はそう静かに言った後、躊躇なく雷を放った。
しかし--

氷河魔人「ふん」

氷河魔人の前に氷の楯が現れる。
それにより雷は弾かれ、氷が砕けた。

氷河魔人「魔法の破壊力はかなりのものだな、小僧」

砕けた氷は宙に浮かび、氷河魔人の中に取り込まれていった。
既に氷河魔人を中心に氷や霜が張り、熱帯雨林の中に雪中地帯ができていた。
勇者「お待たせ!大丈夫!?」

お嬢ちゃんと修道女が少し遅れてやってくる。
それを見て氷河魔人は戦闘の構えをとき、お嬢ちゃんに向き直った。

氷河魔人「…揃ったか、勇者一行。俺は魔王軍幹部、氷河魔人。貴様の命を取りに来た」

勇者「驚いたわね、この暑い熱帯雨林を凍えさせるなんて」

氷河魔人「お前達としては俺の力を抑えようとしたのかもしれんが、その程度が苦になるようでは魔王軍幹部は名乗れんな」

今までの幹部は苦になりそうな奴ばかりだったが。
と言いたかったが空気を読んで我慢する。

氷河魔人「それよりも…俺が仕掛ける前から接近に気付くとは、優秀な戦士を抱えているではないか」

執事「…冷気がだだ漏れなんですよ、貴方は」

魔術師「そんなお話はどうでもいいよ」

魔術師の顔は無表情で、声に抑揚はない。
しかし先ほどから感じる殺気が、氷河魔人への感情を正直に表していた。

魔術師「お前も倒すだけだ…他の幹部と同じように!」

氷河魔人「ほう、どうやって?」

魔術師「こうやってだよ!」

剣士「!?」

バチバチッと強い痛みが奔り、慌てて魔術師から離れる。
どうやら魔術師から溢れ出た雷が、俺のことも巻き込んだらしい。
雷はそのまま、氷河魔人目掛けて向かっていった。

氷河魔人「はっ!」

氷河魔人は先ほどと同じように、分厚い氷の楯を使って攻撃を防ぐ。
そして防御だけでは終わらない。
特大のつららを一瞬で何十本も作り出し、それを四方八方に向けて討ちだした。

勇者「回避ィ!」

お嬢ちゃんの怒号が耳に届いた頃には、既に俺は魔術師の前に出ていた。
魔術師は攻撃に集中している、なら回避せず、魔術師に向かってくるつららを全て弾く。
お嬢ちゃんと執事は…よし、回避できている。
修道女は攻撃魔法無効化の紋様のお陰で無事だ。

魔術師「…ふうっ」

剣士「あ、オイ!」

背後で魔術師がよろめいた。
一気に魔力を放出しすぎたのだろう。
俺は慌てて魔術師に駆け寄った。

剣士「馬鹿お前、冷静になれ!!氷河魔人の対策考えてたんだろ!?」

魔術師「はぁ、はぁ…目論見通りだよ。どう兄ちゃん、暖かくなってきたでしょ」

剣士「…え!?」

言われてみれば確かに。
それに、そこらを張っていた霜や氷が溶けていた。

魔術師「氷の魔法は周辺の気温により威力が変わってくる…。だから雷で熱を発生させて、全部溶かしたんだよ」

氷河魔人「…ほう」

氷河魔人は感心したように呟いた。

魔術師「兄ちゃん今の内!またあいつがこの辺を冷気で満たす前に!」

剣士「おう!」

俺は魔術師の言う通りに、氷河魔人に突っ込んでいった。
氷河魔人は瞬時に氷の剣を作り、俺の剣を受け止めた。
そこから激しい剣の打ち合いが始まった。

剣士「剣術も心得ているとは、やっぱ他の残念な幹部とは大違いのようだな」

氷河魔人「お喋りしている暇はないぞ…」

剣士「…っ」

剣の腕前は俺の方が上--そう思った時、足が動かなくなった。
これは…足が凍らされた!?

氷河魔人「剣に集中しすぎたな…」

勇者「加勢するわよ執事!」バッ

執事「はい!」

お嬢ちゃんと執事が加勢に入り、氷河魔人を遠ざけてくれた。

魔術師の雷による熱で、足の氷はすぐに溶かされた。

修道女「剣士君、軽い凍傷になってます!今治しますから!」

剣士「なるべく早く頼むぞ!」

お嬢ちゃんと執事の戦いを注視する。
流石に2人がかりになると氷河魔人も反撃の隙があまり無いようだ。
というより、執事がお嬢ちゃんの前に出て氷河魔人からの攻撃が自分に向くよう仕向け、氷河魔人の氷技が発動するギリギリ前に、上手いこと回避していた。

剣士「…何だ、あの神がかった動きは」

魔術師「執事さん、冷気を敏感に感じ取れるみたいだね。同じ氷属性の魔法を使えるからかな」

剣士「そういうもんなのか?」

修道女「治りましたよ剣士君!」

剣士「ありがとよ!じゃあ俺も」

魔術師「待って兄ちゃん!」

剣士「ん?」

魔術師は俺を呼び止め、「あること」を試したいと手短に説明をした。
剣士(おぉスゲェ)

もう一撃--氷河魔人は俺の剣を警戒し、後ろに大きく飛び跳ねた。

氷河魔人「…剣に熱気を纏わせたか」

剣士「よくわかったな」

魔術師「やっぱ効いた!勇者さん、執事さん、武器を貸して下さい!」

魔術師は2人の武器に、俺の剣と同様、雷で熱を与えた。

氷河魔人「…俺への対策は万全のようだな」

勇者「その通りよ!覚悟ッ!」

今度は3人がかりで、熱を帯びた武器を手に氷河魔人へ襲いかかる。
しかし同時に氷河魔人は地面に氷を張った。
周辺が暖かいせいか、先ほどより氷を出すのが遅い。
気にせず俺は斬りかかる。
と、その瞬間。

剣士「っ!?」

氷河魔人が消えた--いや違う。
氷の道を滑ってすり抜けたのだ。
その先にいるのは、魔術師。
まずい!

魔術師「!」

瞬時に目の前に現れた氷河魔人を前に魔術師は目を丸くする。
だが、それも束の間だった。

魔術師「捉えた!」

魔術師の雷が至近距離で氷河魔人に直撃した。

氷河魔人「…成程、そういうことか」

胴体を黒焦げにしても氷河魔人は平然としていた。
人型とはいえ、やはり魔物の体だ。
しかし平然としている氷河魔人に怯んだのか、魔術師は後ろへ下がった。

氷河魔人「魔力の質は子に遺伝する…。この魔力、5年前殺した魔法使い夫婦の息子だな?」

魔術師「!」

親の名を出され、復讐心に火がついたのか魔術師は氷河魔人を睨み返す。
俺はというと魔術師に駆け寄りながら、その距離を遠くに感じていた。

魔術師「…」

5年前のあの日のことは忘れもしない。
魔法研究の為遠出していた僕達一家を、氷河魔人が襲撃してきたのだ。
父さんと母さんは僕を物陰に隠して戦った。
僕はというと、震えるばかりだった。
だから2人が殺された時も、叫ぶことすらできずに泣いていた。

だけど父さんと母さんの戦いは記憶している。

周辺の気温を上げ、氷河魔人の攻撃を弱めた。
武器に熱気を纏わせ、氷河魔人への攻撃を強めた。
氷河魔人を手こずらせた手段は両親から学んだ。
だからこの手段で今度こそ、氷河魔人を倒す。

魔術師「父さんと母さんの仇だ!」

2人が殺された瞬間が脳内に蘇った時、僕は精一杯の雷を放っていた。

すみません>>126コピペミスしてました。
これの後>>127なり、>>129続きます。

剣士「おらァーっ!!」

氷河魔人「!」

執事に手こずっていた氷河魔人に、不意の一撃。
瞬時に勘付かれその一撃は肩を少しかすっただけだったが、氷河魔人に結構なダメージを与えていた。

氷河魔人「これは…」

剣士(おぉスゲェ)

もう一撃--氷河魔人は俺の剣を警戒し、後ろに大きく飛び跳ねた。

氷河魔人「…剣に熱気を纏わせたか」

剣士「よくわかったな」

魔術師「やっぱ効いた!勇者さん、執事さん、武器を貸して下さい!」

魔術師は2人の武器に、俺の剣と同様、雷で熱を与えた。

氷河魔人「…俺への対策は万全のようだな」

勇者「その通りよ!覚悟ッ!」

今度は3人がかりで、熱を帯びた武器を手に氷河魔人へ襲いかかる。
しかし同時に氷河魔人は地面に氷を張った。
周辺が暖かいせいか、先ほどより氷を出すのが遅い。
気にせず俺は斬りかかる。
と、その瞬間。

剣士「っ!?」

氷河魔人が消えた--いや違う。
氷の道を滑ってすり抜けたのだ。
その先にいるのは、魔術師。
まずい!

魔術師「!」

瞬時に目の前に現れた氷河魔人を前に魔術師は目を丸くする。
だが、それも束の間だった。

魔術師「捉えた!」

魔術師の雷が至近距離で氷河魔人に直撃した。

氷河魔人「…成程、そういうことか」

胴体を黒焦げにしても氷河魔人は平然としていた。
人型とはいえ、やはり魔物の体だ。
しかし平然としている氷河魔人に怯んだのか、魔術師は後ろへ下がった。

氷河魔人「魔力の質は子に遺伝する…。この魔力、5年前殺した魔法使い夫婦の息子だな?」

魔術師「!」

親の名を出され、復讐心に火がついたのか魔術師は氷河魔人を睨み返す。
俺はというと魔術師に駆け寄りながら、その距離を遠くに感じていた。

氷河魔人「愚かな」

魔術師「!?」

魔術師が放った雷は氷河魔人の手の中で弾けて消えた。

氷河魔人「熱で俺を倒そうと言うなら、それ以上の冷気で返せばいい…」

そう言うと同時。
一瞬にして、氷河魔人の周辺に氷が張った。

勇者「あ、あんな力を隠し持っていたの!?」

執事「…っ!」

氷河魔人「確かにあれらは俺を苦しめた手段--しかしそれを使っても、あいつらは敗れたのだ」

魔術師「うっ…」

氷河魔人「だがお前の魔法は厄介だ…お前から殺してやろう!」

魔術師「!?」

2人の周辺に巨大なつららが浮かぶ。
それらのつららの先端は全て、魔術師に向いており--

氷河魔人「死ねぇ--ッ!」

魔術師「!!!」

そしてその全てが魔術師に向かって行った。

ザシュッという音と、大量に吹く血。

剣士「…ッッッ!!」

魔術師「え…っ、兄ちゃん…!?」

間に合った…そう安堵しながら俺はそこに倒れこむ。
目の前の魔術師は血まみれだった。

剣士「わり…お前には怪我させないつもりだったんだけど…」

魔術師「全部兄ちゃんの血だよ!どうして無茶したの!?」

剣士「俺は丈夫だからだよ…何か文句あるか」

魔術師「兄ちゃん…!」

しかし、魔術師の背後には氷河魔人が立っていた。

氷河魔人「…ふん、死ぬ順番が変わっただけだ。今度こそ…」

勇者「させないわ!」

お嬢ちゃんと執事が氷河魔人に突っ込み、攻撃を阻止した。

修道女「今すぐ治しますから!しっかりして下さい!」

剣士「あぁ大丈夫だ。お前がしっかりしな」

全身の激痛を堪えながら強がりを言った。
魔術師はというと…あぁ、俺を心配してやがる。
大丈夫だっつーに。

勇者「…っ!」

氷河魔人の氷の剣がお嬢様の腕を斬った。

執事「お嬢様…っ」

勇者「大丈夫よこれ位!」

お嬢様は怯むことなく氷河魔人に立ち向かって行く。
剣士殿の治療に少々時間がかかる今、私達で食い止めねばならない。

執事「…」

あの手段は使いたくなかったが、剣士殿が致命傷を喰らい、魔術師殿がほとんどの魔力を使い果たした今、そうは言っていられない。
自分のことを「人間だとは思えない」と剣士殿は言った。

執事(その通り、人間ではないものになりましょう)
不意に執事がお嬢ちゃんを制した。
それからゆっくり、氷河魔人と距離を詰めていく。
その一見隙だらけの姿に、氷河魔人のつららが襲いかかる。
だが執事は氷の楯でそれを防いだ。

執事「無駄です。冷気のせいで発動前に貴方の技は察知できます。私に効く技は無いでしょう」

氷河魔人「ふん…それはどうかな?」

修道女「…!?寒っ」

魔術師「この冷気は…執事さん気をつけて、何か大技をやる気だ!」

執事「…」

剣士(執事のヤローこんな時でも冷静な面してやがる…)
氷河魔人の最強技--それは激しい冷気により敵の体内まで凍えさせ、動きを鈍らせた後氷の刃で心臓を貫くもの。
これは相当な魔力を消費し、しかも効果範囲が狭い為、氷河魔人は1対1の戦いで使うようにしている。

氷河魔人(しかし同じ氷使いにはこれしかない…人間がこの技を耐えられるわけがないな)

執事「…」

執事の顔が青くなってきた。
これを、氷河魔人は血の巡りが悪くなった為と判断した。

氷河魔人「終わりだ!死ねぇー!」

氷河魔人の氷の刃が、執事の胸部に迫っていた。

執事「…」

氷河魔人「が…っ」

倒れたのは、氷河魔人の方だった。

剣士「…!?」

一瞬俺も、もう駄目だと思った。
肌が青く変色した執事は、氷の刃が胸を貫こうとするギリギリまで動かなかった。
しかしそのギリギリで攻撃をかわし、氷河魔人の額にナイフを突き刺したのだった。

執事「…動けないと思って油断したな」

執事は肌を青くしたまま、氷河魔人の胸にナイフで追撃していた。

氷河魔人「な、何故…!?」

剣士(本当だよ…何で普通に動けるんだあいつは!?)

執事「何故…か。まぁ、普通の人間なら対処できなかったでしょう」

執事は隙のない歩みで氷河魔人を見下ろし、そして言った。

執事「ですが私は人間に非ず--息子の顔をお忘れでしょうか、父上殿?」

執事「貴方のあの技が来ると思い、こちらも魔力を高めておりました…これは血の巡りが悪くなったわけではなく、私の魔物の血がたぎるとこうなるのですよ」

剣士「し、執事が…魔物…!?」

氷河魔人「…そうか、お前か…。何年も経てば、わからなくなるものだな…ゴフッ」

氷河魔人は口から大量の血を吐く。
その様子からして、もう永くはあるまい。

氷河魔人「お前が勇者の従者となるとはな…」

執事「…貴方と会話する気はありません。今、とどめを刺しましょう」

氷河魔人「1つだけ忠告しておいてやる」

氷河魔人は敗北の哀れさを感じさせぬ、堂々とした様子で言った。

氷河魔人「その勇者と共に歩むのは、無意味なことだ…お前達は、躍らされているだけに過ぎん」

執事「…どういう事でしょう」

氷河魔人「知りたければ進め…俺は--」

執事「--っ」

次の瞬間、氷河魔人の体が氷の結晶になり、周囲に散弾した。
魔術師が咄嗟に魔法の楯で俺たちをガードする。

魔術師「くっ、執事さんの分のガードが間に合わなかった!」

剣士「最期の悪あがきか…!!」

やがて散弾していた氷のつぶてが収まり、視界も晴れる。
執事は血を流し、倒れていた。

勇者「執事!」

俺たちは一斉に執事に駆け寄った。

修道女「ど、どうしよう…執事さんの消耗スピードに回復が追いつきません!」

執事「体内を凍らされていたのも致命的でした。人より耐久力が少しあるだけなので…。魔術師殿、すみませんでした…私は貴方を騙していた」

魔術師「違うよ!執事さん何も悪くないよ!謝らないでよ!」

執事「そう言って頂けると、救われます…」

剣士「おいコラ!てめぇ何でこんな時に余裕な面してやがんだよ!?」

体内の血液を大量に失い、衰弱しながらもいつも通りの顔をしている執事に腹が立った。
それでも執事は、平然と答えた。

執事「安心しているのですよ…貴方達は誰一人死ななかった」

修道女「「貴方達は」って…」

執事「…氷河魔人から皆さんをお守りすると決めておりました。例え私の命を賭けてでも…」

剣士「馬鹿か、お前が死ぬのだって許さないぞ!そうだろお嬢ちゃん!」

勇者「当然よ…必死に生に執着して、生きなさい執事」

修道女「私も限界まで頑張りますから〜!絶対死なせませんから!!」

魔術師「僕の魔力も貸すよ姉ちゃん!!諦めないで執事さん!」

剣士「俺はその辺から薬草片っ端から取ってくるからな!持ちこたえていろよ執事!」

執事「…皆さん」

俺たちは必死で呼びかけた。
こんな所で執事を失うわけにはいかない--

剣士「絶対助けるからな!仲間のこと、見捨ててたまるか!」
勇者「…私も執事の出生を知っていながら黙っていたわ。申し訳ないわね」

宿屋に着いて一息ついた所でお嬢ちゃんが俺たちにそう言った。
あれから散々だった。
何とか執事の容体は危険を脱したが、魔力を使い果たした修道女も魔術師もへろへろで、帰りの道中は俺とお嬢ちゃんだけで襲いかかってくる魔物を撃退してたのだ。
しかも俺はあの熱帯雨林の中、気を失っている執事を背負って。
執事をベッドに寝かせたが、この時ばかりはグースカ寝ている執事の頬をつねりたくなった。
つーか軽くつねった。

勇者「執事は氷河魔人と人間のハーフなの。だけど魔王城では人間である執事のお母様は受け入れられず、ほとんど追い出されるような形で執事を連れて出て来たそうよ」

剣士「ハーフか…」

珍しい存在ではあるものの、それは魔王城のみならず、人間の社会でも差別の対象になる。
昔執事はいじめられっ子だったと言うが、それが原因かもしれない。

氷河魔人は非情な戦士だったが、父親としては優しい男だった。
魔王城にいた頃は、魔物達から冷たい目で見られてはいたが、それでも親子3人で幸せだったかもしれない。
魔王城を追い出されてからは、それが変わった。
あの頃は肌の色を制御するのも下手くそで、人間達はそれを見ただけで自分を恐れた。
守ってくれる父はおらず、母も間もなく病死した。
私は、1人で差別に耐えなければならなかった。
毎日のように、泣いていた。

『男の子のくせに泣き虫ねぇ』

『辛いからってすぐ泣くの?だから弱虫になるのよ』

そう言って、彼女は僕の手を取った。

『辛いことも平気になるように、強い自分を作るのよ』

『私が、貴方を強くしてあげる』

『私の執事になりなさい。
うんと強くて優秀な、立派な執事にしてあげるんだから』

「…っ」

夢はそこで覚めた。
懐かしくて、暖かい思い出だった。

ここは宿屋だろうか…?体を起こし部屋を見渡す。

修道女「執事さんしっかりしてくださぁい…むにゃむにゃ」

執事「…あの」

私の寝ていたベッドに突っ伏し、修道女殿が居眠りしていた。
というかその顔が膝に乗っている為、下手に動けない。

執事(…私の為に、必死になって下さったのですね)

魔術師「あーっ執事さん!起きたんだね!」

丁度いいタイミングで魔術師殿が部屋のドアを開け、叫んだ。
その大声にお嬢様や剣士殿も集まってきて、修道女殿が目を覚ました。
全員の視線がこちらに集中し、どうも居心地が悪い。
とりあえずここは…。

執事「…おはようございます」

修道女「え、あ、あぁおはようございます〜」

剣士「ぶゎーか、夜だよ」

勇者「ま、健康なようで安心したわ」

魔術師「良かったよ〜執事さぁん」

執事「…」

魔術師殿が目に涙を浮かべてベッドに寄ってきた。

執事「皆さん…私は自分の正体を…」

魔術師「だからそれはいいんだって!正体を隠す気持ちだってわかります!」

魔術師殿はピシャリと私の言葉を制した。

魔術師「僕は執事さんに感謝しています…僕の両親の仇を討ってくれて、ありがとう…」

修道女「え、えーと…私もわかってますから、執事さんがいい人だってこと。私が操られていた時だって、私を傷つけないようにしてくれたじゃないですか」

執事「魔術師殿、修道女殿…」

剣士「…お前の出生知ったくらいで、何も変わらねーよ」

執事「剣士殿…」

勇者「執事」

執事「お嬢様…」

勇者「まだ魔王討伐の役目が残っているのに、よくも死にかけてくれたわね。全くもう、心配させて…」

執事「…申し訳ありません、皆さん」

剣士「いーや許さん。頬つねらせろ!」ガバッ

執事「ちょっ」

魔術師「もー兄ちゃん、そんな子供っぽいことしないでよー!」

勇者「止めなくていいわよ」

修道女「そんなぁ」
剣士「おい馬鹿執事。よーーーーく聞いておけよ」

執事「?」

剣士「…お前も仲間だ。だから、死ぬことは許さないからな」

執事「仲間…私が…?」

剣士「…何で疑問形なんだよ」

私はお嬢様の付き人のつもりでいた。
あくまでお嬢様が魔王を倒す為の補助として、彼らと肩を並べているつもりはなかった。
勇者一行の冒険譚の脇役、そんな役目で良かった。

魔術師「?執事さんは、仲間ですよ」

修道女「そうですよね?」

執事「お嬢様…」

勇者「どうやら、そうみたいね」

お嬢様は笑顔でそう答えられた。

執事(仲間…)

剣士「あっオイ、お前今笑ったか?」

魔術師「こら!兄ちゃん!」

剣士「だってよ、執事が笑うなんて珍し…」

修道女「しーっ、しーっ!そういうの恥ずかしいんですよ」ヒソヒソ

執事「…いえ」

いつから表情を無くそうとしたのか…お嬢様の執事となり、お嬢様をお守りすると決めた時からだ。
1人で戦う為、弱い自分を隠す為、いつの間にか私は笑顔まで封じていたようだ。
だが今の私は1人ではない--

執事「今後も--宜しくお願いします」

共に戦う皆に向け、精一杯の笑顔でそう言った。
皆、私を見て驚いていた。

魔王を倒した後は、もっと上手く笑えるようになっていた--その為に、私は必ず生きると決めた。

5話 終了

6話 決意を固める


騎士「…では、氷河魔人は雷熱が原因で敗れたと?」

騎士は訝しげに言った。

勇者「えぇ。後は5対1で押せば何とかなりましたわ」

騎士「しかし…奴は魔王軍幹部の実力者、氷河魔人ですよ」

剣士「何だぁ?俺達を疑ってるのかぁ?」

俺はお嬢ちゃんと騎士のやりとりに強引に割り込んだ。
いつも通り昨日の戦いの様子を騎士に伝えることになったが、執事の出生については伏せた。

騎士「…まぁいいでしょう。その通り国王に報告致します」

剣士「ところで、もう既に倒しちまった相手との戦いの情報集めてどうする気だ?」

騎士「…情報は集めておいて損はしません。何か手がかりが見つかるかも…」

剣士「だけど、そっちから有力な情報貰ったことは1度もないな?」

騎士「う…」

剣士「もっとしっかりして下さいよ〜、国民の税金で働いてらっしゃるんでしょう騎士さんよ〜」

騎士「…最後の幹部の居場所がわかりそうです」

剣士「わかりそう?何でそんな曖昧なんだ?」

騎士「とにかくそういう状態です!何かわかったらすぐ連絡に参ります!」

騎士はそう言って無理矢理話を打ち切ると、帰っていった。
執事「大人気ない…」

修道女「ハラハラしたわ〜…。剣士君、度胸ある〜」

魔術師「もう兄ちゃんたら…ま、スッキリしたけどね」

勇者「ぐっじょぶよ剣士!」

執事「しかし良かったのですか?正確な情報を伝えなくて…」

勇者「それが私達の首を絞めることはないでしょう。いいのよ、これで」

剣士「それより氷河魔人の最期の言葉の方が気がかりだ」

魔術師「あぁ。確か…」

氷河魔人『その勇者と共に歩むのは、無意味なことだ…お前達は、躍らされているだけに過ぎん』

修道女「うーん…どういう意味でしょうかねぇ」

魔術師「躍らされているってのは、魔王側はこっちの動向を把握してるってことじゃない?今までも相手側、嫌に情報が早かったし…」

剣士「けど、幹部残り1人って状況でそんなこと言えるか普通?もう攻めないで欲しくて適当な嘘ぶっこいたんじゃねぇ?」

勇者「それなら私達がやる気を失うようなこと言うと思うけど」

執事「どういうつもりで…」

剣士「ん?どうした執事」

執事「いえ…すみません、正直、冷静に考えられません」

勇者「ま…そうよね」

剣士(執事でもそういう事あるんだな…父親のことだから仕方ないか)
勇者「まぁ何にせよ旅の指針は変わらないわ。考えるだけ無駄かもしれないわね」

剣士「そうだな」

修道女「…そう言えば、魔王軍の残り1人が見つかりそうだとおっしゃっていましたねぇ」

魔術師「残り1人…竜騎士でしたっけ。魔王軍幹部最強なんですよね」

執事「実績は少なく、外でどういう働きをしているかも謎な男でした。それでも、誰もが認める実力者…」

修道女「あの氷河魔人より強いんですものね…」

勇者「それなら竜騎士が見つかるか、向こうから攻めてくるまで、確実にレベルアップしておいた方がいいわね」

そう言ってお嬢ちゃんは俺の方を見た。

勇者「というわけで今日も各々修行よ。あと執事、じっくり休んで体を治すこと!」

執事「いえ、もう十分…」

修道女「昨日危険を脱したばかりじゃないですか〜!大事をとって今日1日は休んでいて下さ〜い」

剣士「だとよー、執事」

執事「では、お言葉に甘えて…」

剣士「お?執事の恥ずかしそうな面も珍し…」

魔術師「兄ちゃん!いいから!」

勇者「じゃあ今日も付き合って下さる、剣士」

剣士「あぁ。今日はこの辺の魔物相手に訓練するか」

修道女「今日も2人で行っちゃうんですね…」

剣士「ん?着いてくるか修道女?」

修道女「あっ、えっ…い、いえ、執事さんの看病もしたいですし、えっと…行ってらっしゃい!」ダッ

剣士「…どうしたんだあいつ?」

魔術師「兄ちゃんサイテー」

剣士「え、俺!?」
>そんで

剣士「…」ジー

勇者「たっ!とうっ!」シュッシュッ

お嬢ちゃんが魔物を斬っている様子を、俺は近くで見ている。

勇者「…やっぱりこの辺の魔物相手じゃ手応えがないわ。剣士、貴方に相手してほしいわ」

剣士「いやーでも魔物の方が本気で殺しにかかってくるし、そっちのが…」

勇者「じゃあ剣士、貴方も私を叩き潰すつもりで、本気でやって頂戴」

剣士「んな無茶な」

勇者「いいから!貴方がやらないなら、その気にさせるだけよ!」

お嬢ちゃんは強気に言うと俺に向けて剣を構える。
こりゃ口で言っても止まらん。

勇者「はあぁ--ッ!」

気合十分、軽い身のこなしでこちらに向かってきた。

剣士「さっ」サッ

勇者「!?」

俺はお嬢ちゃんの剣を屈んでかわし、即背後に回り…

剣士「…これでどうだ?」

勇者「う…」

剣をお嬢ちゃんの首につきつけた。
勿論、切らないように最大限配慮して。

勇者「…完敗よ」

剣士「素直でよろしい」
勇者「ああぁー、もう、悔しいーっ!これじゃあ全然駄目じゃない!」

剣士「あのなぁ…俺はお嬢ちゃんが執着した程の剣の達人だぞ。勝てなくて当然だろ」

勇者「それはそうだけど…でも、ちょっと位手応えが欲しいのよ」

剣士「心配しなくてもお嬢ちゃんは強くなってるよ」

勇者「でも、竜騎士や魔王相手に戦えるかしら…」

剣士「俺や執事が全力でサポートするって」

勇者「だけど…うーん…」

剣士(煮え切らない態度がお嬢ちゃんらしくないな…)

剣士「…なぁ、何悩んでるんだ?正直に言ってみ?」

勇者「えと、それじゃあね、その…」

お嬢ちゃんはもじもじしながら、

勇者「今までの戦い…私が1番、役に立ってないでしょ…」

剣士「…」

剣士「く、くく…あっはっはっは!!」

勇者「ちょ、ちょっと何爆笑してるのよ!?それに何なのよ今の間は!?」

剣士「わりわり…やーでも、悩みが可愛いなと思ってなぁ」

勇者「あのねぇ!?貴方も無理矢理にでも強くなれって言ったでしょう!?」

剣士「だから強くなってるって…あー腹痛い」

勇者「何がそんなにツボなのよ!?」

剣士「それよりもちょっと街に戻りたいんだが」

勇者「え?」
勇者(…で、何をやっているのかしら剣士は?)

剣士に「ちょっとここで待ってろ」と言われ、噴水広場で待つこと15分。
今は修行の時間が惜しいというのに、一体何をしているというのだろう。

剣士「わりーお嬢ちゃん、お待たせ!」

勇者「お帰りなさい。何をしていたのかしら?」

剣士「いやー意外と選ぶのに時間かかっちまって…」

勇者「選ぶ?」

そう言って剣士がポケットを弄り始めた時…。

傭兵A「あれー?カップルがいると思ったら剣士じゃねーか!」

傭兵B「おいおい、最近見かけないと思ったら女とデートかよ!」

剣士「あ、お前ら…久しぶりだな」(※2話に登場しました)

傭兵A「剣士なんかと付き合う物好きはどんな…って、あの時のお嬢ちゃん!」

勇者(どなただったかしら?)

傭兵B「おい剣士、お前遂に金持ちのお嬢ちゃん騙すことに成功したのか!」

剣士「騙すって何だよ…」

勇者「失礼な方達ね。剣士、無視して行きましょう」

傭兵A「待てよお嬢ちゃん、前のお礼がまだだったよなぁ?」

勇者「え?私何かしたかしら?」(※2話で殴り倒しました)

傭兵B「おいおい、忘れたってんなら思い出して貰おうかぁ?」グイッ

勇者「ちょっ…」
バキベキィ

傭兵A「グハッ」

傭兵B「ゴフッ」

勇者「えっ剣士!?」

私が肩に乗せられた手を跳ね除けようとした時、剣士が2人を殴り倒していた。

剣士「や、お嬢ちゃんが手を出す前に俺が手を出そうと…」

勇者「私が手を出すわけないでしょう」

剣士「おいおい本気で忘れてんのかよ…まぁいいや。でも絡まれたら何とかするのは男の役目だろ」

勇者「け、剣士のくせに何言ってるのよ…」

衛兵「お前達!何をしている!?」

剣士「げ」

勇者「すぐに手を出すからよ。何をやっているの!」

剣士「よし、こうなったら…」

そう言って剣士は私の手をガッと掴んだ。

剣士「逃げろーッ!」

勇者「え、ちょ、剣士ィーっ!」

衛兵「待てぇーっ!!」
勇者「はぁ、はぁ…全く、何で私まで逃げなければならないのよ…」

剣士「ふ…でも流石お嬢ちゃんだな、足速いじゃん」

勇者「貴方が乱暴に手を引っ張るからでしょ!もう…」

本当にデリカシーのない…。
男性に手をこんなに思い切り掴まれたのは、初めてよ…。

剣士「お嬢ちゃん顔赤いな」

勇者「!?あ、赤くないわよ!何を勘違いしているの!!」

剣士「え…?思い切り走って赤くなったんだろ?」

勇者「えっ、あっ、やだっ」

剣士が変な言い方するから…あぁもう。

勇者「それよりも、早く剣の修行に戻りましょう」

剣士「まー待て、もう昼飯時だ。腹減ったし、飯食おう」

勇者「…そうね。体調を整えないと修行にならないわね」

剣士「じゃあ俺の好きな店でいいか」

勇者「えぇ、お任せするわ」
>ラーメン屋

剣士「ここのラーメンが絶品でなぁ〜」

勇者「…」

剣士「ん?どうしたお嬢ちゃん?」

勇者「えっと…こういうお店は初めてで…」

剣士「あ、そっか!わり、庶民の店は不満か?」

勇者「そんな嫌味な性格していないわよ。ただちょっと、こういうお店のマナーとかわからなくて…」

剣士「マナーも何も無いって。とりあえず入ろうぜ」

勇者「えぇ…」

店員「へいお待ち〜」

勇者「ねぇ剣士…どうやって食べれば…」

剣士「好きなように食べりゃいいんだって…何なら俺の真似して食べな」

勇者「…」ジー

剣士「…見られてると食いにくいな」

勇者「真似しろって言ったのは剣士でしょ」

剣士「1回で覚えろよ…こうだ」ズズー

勇者「…」スルスル

剣士(音立てないように食ってる)

勇者「あ、美味しいわね」

剣士「だろ?言ったろ絶品だって。傭兵として各地回っていたから、各地にお気に入りの店は押さえてるぞ。今度皆で行くか」

勇者「剣士、変わったわよね」

剣士「ん?」
勇者「最初に会った時と別人って位態度が柔らかくなったわ」

剣士「…そりゃまぁ、あの頃はお嬢ちゃんが苦手だったし、基本的に人と深い付き合いはしない方だしな」

勇者「仲間だから?」

剣士「…え?」

勇者「貴方が執事に仲間だ、って言ってくれた時、私も嬉しかったのよ。あんなに私達のことを嫌がっていたのに、認めてくれたんだなぁって…」

剣士「まぁ…あそこまで行ったら、もう、そうだろ…」

剣士は恥ずかしそうに小声で言った。
言い訳も否定もしない、肯定と捉えていいでしょう。

剣士「あ、そ、そうだお嬢ちゃん。それよりさ…」

勇者「ん?」

恥ずかしくなったので話題を変えたのだと察したが、それは突っ込まないでおく。

剣士「これ…さっき渡しそびれたんだよ」

勇者「あら何かしら。開けてもいい?」

剣士「おう…」

勇者「…あら」

剣士に渡された小さな箱を開けると、綺麗な装飾の指輪が入っていた。

剣士「身体能力が上がる装備だ。変な意味でとらえないよーに」

勇者「これを、私に?」
剣士「お嬢ちゃんの戦い方を見て、基本的な身体能力が低いかなって思ったんだ。いやまぁ、その歳の女の子にしちゃ良い方なんだろうけどな」

勇者「もしかして私の戦い方をじっくり見ていたのは、その観察の為…?」

剣士「そうだ。剣の技術はあるから、どこを直せばいいか見たかったんだよ」

勇者「それで装備品に頼ったのね。…いくらしたの、お金返すわよ」

剣士「いや、いいよ。プレゼントだ」

勇者「…そう」

剣士「…」

沈黙。
剣士の顔に焦りが見えてきた。

剣士「いや、その、違う違う!」

勇者「何も言ってないわよ」

剣士「えーとな…お嬢ちゃんの身体能力向上は、俺が死ぬリスクを減らす為だ。その為の投資だから、俺が金を出すんでいいんだよ」

勇者「成程、わかったわ」

剣士「わかればいい、わかれば」

勇者(渡す場所がラーメン屋じゃあ、誤解しようもないわよ)

勇者「…剣士、知らないでしょうけど、この指輪ね…」

剣士「ん…?」ズズズ

勇者「私のお父様が展開している宝石ブランドの商品よ」

剣士「!?」ブッ
勇者「お父様、宝石商なのよ」

剣士「ラーメン器官に入った…」ゲホゲホ

勇者「装備品としての効力もいいし、見た目も綺麗に加工するから女性に人気なのよね…剣士、センスいいじゃない」

剣士「ま、まぁそれはたまたまだ…お嬢ちゃんが金鉱の持ち主で父親が宝石商って、すげぇ家族だな」

勇者「あら、他の兄弟は家の商売のお手伝いをしたり、普通にお嫁に行ったりしているわ。変わっているのは私だけよ」

剣士「自分で言うか、自分で」

勇者「お父様は農民の出だけど、ご自分の力だけで今の財力を築き上げたの。私はお父様のようになりたいわ」

剣士「あー…そいや前執事が言ってたな、お嬢ちゃんは大きい物程、自分の力で手に入れたがるって」

勇者「お父様程の力があっても、手に入れられないものって何だかわかる?」

剣士「…勇者としての地位と名誉」

勇者「そうよ。それは私でないと手に入れることができないもの。私は、私だけのものが欲しいのよ」

剣士「その為に魔王を倒すか。相変わらず強欲なこって」

勇者「褒め言葉よ」

国の使いから勇者としての宣告を受けたあの日、私の欲は歓喜した。
私の中にいつもあった、自分だけのものが欲しいという飢えを満たせる時だと思った。

勇者「そういえば、まだ魔王討伐の報酬についての話をしていなかったわね。貴方の欲を満たすもの、何でも言ってご覧なさい」

剣士「そいやそうだったな。…じっくり考えたいんで、保留でもいいかね」

勇者「えぇ、いつでも受け付けるわ」

剣士「おう。負けられねーな、竜騎士戦も、魔王戦も」

勇者「そうね」

剣士「…頑張ろうぜ、お嬢ちゃん。誰一人欠けることなく、平和な世界を迎えるんだ」

勇者「…えぇ!」
>宿屋

執事「…」

氷河魔人『その勇者と共に歩むのは、無意味なことだ…お前達は、躍らされているだけに過ぎん』

部屋で1人、氷河魔人の言葉について考えていた。
しかし、どうにも嫌な予感がする。

私は氷河魔人の「父親としての姿」を知っている。
氷河魔人の最期の反撃は、私を亡き者にしようと--つまり「父親としての姿」を捨てた行動かと誰もが思っただろう。

だが、もし氷河魔人が、私が生き残ることを読んでいたとしたら?
そして、あの言葉は「父親としての姿」で言ったとしたら?

執事(あの言葉の意味は…私を案じてのことか?)

だとしたら、お嬢様と共に歩むのは茨の道ということになるが--

執事(…歩むのを止めるのは、ありえない選択肢だ)
晩になって、騎士が訪ねてきた。

騎士「竜騎士の居場所が判明しました」

魔術師「早いね」

剣士「ようやく仕事したのか…」

修道女「しっ、しーっ!」

勇者「それで、竜騎士はどこに?」

騎士「杉の子村の西にある廃城にいます」

執事「ここからそう遠くはないですね」

剣士「…なぁ、どうやってわかったんだ?」

騎士「国の情報網による賜物です」

剣士「本当か〜?」

勇者「とりあえず明日行ってみましょう」

魔術師「敵地なら周辺への被害を考慮せずに戦えるしね」

騎士「どうぞご無事で」

剣士(…)

次の目的地が決まったが、俺は少しだけ嫌な予感がしたんだ。
この時俺達はまだ、その先に待ち受けているものを知らなかった--

6話終了


7話 衝撃の事実

>廃城

勇者「せやああぁぁっ!」

お嬢ちゃんの剣が魔物の群れをなぎ倒す。

魔術師「勇者さんノリノリだねぇ」

修道女「輝いてますねぇ」

執事「動きも格段に良くなられましたね…剣士殿、どんな修行を?」

剣士「装備補正だよ装備補正」

勇者「お喋りしている暇は無いわよ!さぁ進みましょう!」

剣士(めっちゃいい笑顔だな)

騎士からの情報を頼りに、竜騎士を倒すべく、俺達は廃城を進むのだった。

執事「む…」

剣士「どうした執事」

執事「気をつけて下さい…大型の魔物が数体、こちらに近付いてきていますね」

魔術師「よし!僕も頑張るぞー!」

執事「…来ます!」

剣士「!」

壁を、天井を、床を突き破り、舞い散る砂埃。
そこから雄叫びと共に、5体の竜が現れた。

剣士「おぉ〜…こりゃ圧巻だな」

竜は一斉に飛びかかってきた。
魔術師と執事が全体魔法で竜を威嚇する。
俺やお嬢ちゃんは、1匹の竜に狙いを定め各個撃破を狙った。

と、1匹の竜が修道女に飛びかかる。

修道女「…っ!」

剣士「させるか!」

修道女の前に出て、その爪を受け止めた。

剣士「危なくなったら遠慮なく叫べ。お前は俺らの生命線だからな」

修道女「あ、ありがとうございます!」

剣士「あ、また来やがった」

修道女を守りながら、かかってくる竜に反撃をする。
それにしても、何だか戦いづらい。

執事「…妙ですね」

戦いながら、執事が背中合わせにそう言った。

剣士「お前もそう思うか」

執事「えぇ…この竜達、修道女殿を狙っているような…」

剣士「俺も何かそんな気ぃしてた。竜騎士の指示かねぇ」

と、その時だった。

剣士「…っ!?」

グラグラと激しい揺れ。
そして。

執事「お嬢様!」

勇者「あっ…!?」

俺達のいるフロアの床に大きな穴が空き、お嬢ちゃんと、俺達4人が分断された。
穴のでかさは…駄目だ、大きくて飛び越えていけそうにない。

剣士「こりゃ、罠だな」

魔術師「仕組まれたってこと?」

?「その通りだ」

勇者「!」

お嬢ちゃんがいる側、そっちの奥から声がした。
いよいよお出ましか…

?「分断したのは勇者との一騎打ちを望んでのことだ…卑怯な手を使うつもりはない」

向こうから、ゆっくりゆっくり、気配が近づいてくる。
やがて全身鎧に身を包んだその姿が見えてきた。
奴こそが--

竜騎士「俺が魔王軍最後の幹部、竜騎士!よくぞ来たな勇者一行」

勇者「…」

魔術師「…」

修道女「…」

剣士「…おい執事」

執事「何でしょう」
剣士「おかしいな?俺の目にはあいつが乗ってるあれ、竜じゃなくて、亀に見えるんだが?」

執事「正しくはウミガメですね」

剣士「何でもいい!あれ竜騎士じゃなくて亀騎士だろ!?」

竜騎士「否。確かに俺が乗っているのはウミガメだが」

魔術師「じゃあ亀騎士じゃん」

執事「相棒の竜はどうしたのです」

竜騎士「…最近俺が多忙になったので、奴には休暇をと思い、自然の中に置いておいたのだが…」

剣士「ふむ」

竜騎士「その最中、何者かの手によって氷漬けにされ、還らぬ身となったのだ…!」

剣士「…」

勇者「…」

執事「…」

剣士(黙っておこう…犯人知ってるけど、黙っておこう)(※1話参照)

魔術師「何か今回の幹部も残念な感じだね…」

竜騎士「否。剣での戦いこそ俺の真骨頂。竜も亀も所詮ただの乗り物に過ぎん」

修道女「相棒じゃないの!?」

剣士「そもそも何かに乗る必要があったのか?」

勇者「それより、私と一騎打ちを望むと言っていたわね?」

竜騎士「あぁ…」

勇者「いいわ。受けて立とうじゃない」

修道女「そんな、危険ですよ…!」

魔術師「魔法が届かない距離じゃないけど…」

剣士「…いや」
勇者『今までの戦い…私が1番、役に立ってないでしょ…』

剣士「…魔法での援護は最終手段だ。それに…」

竜騎士が制している為か今は大人しくしているが、竜達は殺気でギラギラした目で俺達を睨んでいる。

剣士「俺らもこいつらをどうにかしないと」

魔術師「そうだね…」

執事「なるべく早く片付けて、お嬢様の援護を…」

勇者「そっちは任せたわよ、執事、剣士、魔術師君、修道女!」

お嬢ちゃんはそう言って、竜騎士相手に剣を構える。
竜騎士は乗り物として機能してるのかどうか疑問な亀から降り、お嬢ちゃんと向き合った。

竜騎士「では、始めようか…」

勇者「えぇ…」

剣士(それにしても、何か相手にとって上手くいきすぎてないか…?)

戦いながらも、何かがひっかかり頭から離れない。
敵の目的はお嬢ちゃんと俺達の分断。
だが、それはあの混戦の中、決して簡単にできることではない。
だが奴は見事俺達を分断してみせた。
その方法とは?分断される前のことを思い出してみろ。

剣士(竜は修道女を狙っているようだったな)

修道女は戦う手段を持たないので、狙われれば俺達は修道女を守る体勢に入る。
俺と執事は修道女を庇うように敵との間に入る。
魔術師は修道女の側で、あいつを守っていた。
お嬢ちゃんは--修道女を守りながら戦うだけの技量は、まだない。

つまり、俺達3人が修道女を守る為に固まっていれば、お嬢ちゃんとはいずれ分断される。
方法はわかった。
しかし問題なのはそこじゃない。

剣士(あいつは修道女を狙えば分断できることを知っていた…だが、どうして?)

情報の早い魔王軍のことだ、集めた情報からそういう作戦を立てたとも推測できる。
だが何かひっかかる。
というか、今までも色々ひっかかることはあった。

剣士(あークソ、もやもやする)

執事「剣士殿、後ろ…」

剣士「邪魔だあぁ!」ズババッ

太刀が綺麗に入り喉元を一刀両断。
まずは1匹。

剣士(お嬢ちゃんは…)チラッ

カキンカキィン

竜騎士「なかなかやるな…勇者よ」

勇者「ふ…自分でも驚いているわ。まさかここまで動けるなんて…!」

剣士(よし…指輪効果だ、上手くいってるぞ!)

考えを戻そう。
そもそも何故今までも引っかかっていたかというと、魔王軍の情報の早さだ。
今までの幹部との戦いの時、幹部は呪術師以外、部下となる魔物を連れていなかった。
呪術師の時も、部下の魔物は全滅させた。
なら魔王軍はどうやって情報を集めた?今までの戦いは監視されていたのか?

修道女「きゃあぁ!」

剣士「っ!」

執事「お任せを!」

執事が修道女を抱え、竜からの攻撃をかわす。
執事を追おうとする竜は、背後の殺気には気づかなったようで…

魔術師「喰らえぇーッ!!」

特大の雷を喰らい、ブッ倒れる。
ピクピクいってる竜の喉元に、執事がナイフを投げて刺した。
これで2匹目。

残り3匹になったことで多少余裕ができて、今度は注意深くお嬢ちゃん達の戦いを見る。
打ち合いは両者一歩も引かない。
だが竜騎士が本気を出していない可能性もある。

執事「余裕がありますね剣士殿」

また執事が声をかけてきた。
今日はよく背中合わせになる日だ。

剣士「あぁこんなの、今までの幹部との戦いに比べりゃな」

執事「頼もしいですね」

剣士「ところで、前やった竜の氷漬けオブジェはもう見れないのか?」

執事「あの時は、あの洞窟が涼しかったのでできたのです。あれをここでやるには冷気で満たさねばなりませんので、時間がかかりますね」

剣士「そうか」

竜相手なら、執事は心強い仲間だ。
ここは奴の冷静さと戦闘技術に甘え、また少し考えさせてもらうことにした。
そもそも最初に奴らの情報の早さに疑問を持ったのは、人面鳥と巨人が攻めてきた時だ。
あの時は、マジシャンを倒した翌日に早くも攻めてきたんだ。

剣士(しかも周到に、攻撃魔法無効化の呪印なんか用意して…)

あの時も疑問だったが、敵はこちらのパーティー構成を知っているかのようだった。
あの呪印は神聖魔法の使い手なら簡単に解除できる程度のものだったが、使い手がいないことを知っていたようだった。
確かに、マジシャンとの戦いを監視していたのなら、パーティー構成はわかっていただろうが…

勇者「くっ…!」

修道女「勇者さんが押され始めました!」

剣士「!!」

見ると、お嬢ちゃんは竜騎士の剣を防ぐ一方で、ほとんど反撃には出れていなかった。
やはり竜騎士は、手加減していたのか。
竜騎士「人間の小娘にしてはかなりやるようだな…しかし、俺と戦うには力不足!」

魔術師「やっぱり、魔法で援護を…」

執事「…丁度ここらに冷気が行き渡りました。時間がありません、少々本気を出させて頂きます」

剣士「おぉ」

執事の肌が青く変色していっている。
これは魔物の血がたぎっている証。
執事の大技、期待しても良さそうだ!

執事「…はっ!!」

竜騎士「!?」

執事の気合と共に、周囲に吹雪が舞った。
しかし雪は俺達を避け、残った3匹の竜にまとわりつく。
氷漬けのオブジェとまではいかなかったが、竜の体の部位のあちこちに氷が張り、竜の動きを鈍らせた。

竜騎士「馬鹿な…氷河魔人と同じ技を!?」

剣士(…ん?)

魔術師「執事さんナイス!えぇーい!」

魔術師は竜の口を狙う。
雷を飲み込んだ竜達は一斉に苦しみだした。
このチャンスを逃すまいと、俺は近くにいた1匹に斬りかかっていく。
その間も、疑問は頭から離れない。

執事が氷河魔人の血を受け継いでいることを知らなかった?あれだけ情報の早い魔王軍が?

剣士(冷静に考えろ…魔王軍は情報をどうやって活かしていた?)

今まで呪術師にマジシャン、人面鳥や巨人、氷河魔人も、自分達の行く先々に現れた。
これは魔王軍の情報による賜物だ。
いや…呪術師だけは違うか。
あいつはたまたま、お嬢ちゃんの所持する金鉱を乗っ取っただけで…

剣士「--!?」
あることに気付いた。
呪術師はお嬢ちゃんが勇者だと知っている素振りはなかった。
それは当然、国もお嬢ちゃんが勇者であることを公表していなかったし、呪術師が勇者に負けたのは本当に偶然だったのだ。
しかし、その次に来た刺客--マジシャンはお嬢ちゃんを、呪術師を倒した勇者と知って襲撃してきた。

全部、俺の考えすぎかもしれない。
だが奴らが知っている情報と知らない情報を考えた時、そのことに気付いてしまった。

魔術師「よし!あと2匹!」

執事「剣士殿、集中を…」

剣士「…おい竜騎士!質問に答えろ!」

俺の突然の発言に、全員が訝しげな顔をした。
竜騎士だけは鎧兜のせいで表情が見えないが、それでも動きが止まった。

竜騎士「何だ」

剣士「おい、お前達--」

剣士「騎士って奴と繋がっているんじゃないか?」

執事「--!?」

魔術師「え…っ?」

修道女「騎士…さん?」

勇者「剣士…何を言っているの?」

竜騎士「…」
剣士「今まで騎士に教えた情報が魔王軍に流れていたと考えたら、全部辻褄が合うんだ」

執事「騎士殿に情報を伝えたのは、呪術師を倒した後からですね…」

剣士「あぁ、だから奴らは俺らのパーティー構成を知っていたし、俺達の先回りができた…逆に執事のことは騎士に教えてなかったから、竜騎士も知らなかった」

魔術師「…!」

勇者「まさか…」

剣士「おい、どうなんだ!…まぁ、お前が答えなくても騎士を締め上げるが」

竜騎士「…フ、教養のない金の亡者かと思いきや、意外と頭が回るじゃないか」

剣士「ってことは…!」

竜騎士「あぁ大体正解だ。魔王軍に情報を与えていたのは、お前達自身だったんだよ」

勇者「何ですって!」

竜騎士「それから騎士を締め上げると言ったか?なら--」

竜騎士が兜を脱ぐ。
すると--

騎士「全て教えてやろうか。お前達にとって残酷な真実をな」

修道女「え…竜騎士が、騎士さん!?」

剣士「うわー…そりゃ予想外」

魔術師「ってことはあの人、国に潜入した魔王軍のスパイ!?」

騎士「違うな。俺はスパイではない」

執事「どういう事です?」

騎士「俺は魔王軍の幹部でもあるが--国王の忠臣でもあるんだよ」

勇者「意味がわからないわ」

騎士「わからないなら教えてやろう。つまり--」

騎士「魔王様と国王は、何年も前から既に手を組んでいたんだよ」

-----!?
執事「魔王と、国王が…!?」」

勇者「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をついて下さらない?」

騎士「嘘ではない。これを知るのは魔王軍では俺と亡き氷河魔人、国王とそのわずかな側近だけだ」

魔術師「だけどそれなら、人間と魔物の争いはもう収まってるはずでしょ!?」

騎士「違う。手を組んだ目的は、和平ではない」

剣士「どういうことだ」

騎士「増えすぎたら困るんだよ…人間も、魔物も。だから適度に争って、適度に数を減らしてくれた方が都合がいい。魔王様と国王がなされているのは、その調整だ」

修道女「何ですって…」

剣士「失敗してるじゃねぇか。魔王軍幹部がもう6人も減ってやがる」

騎士「それは失敗じゃない。適度に争っていても、その状態が安定していると互いにだれてくる。だから、魔王軍幹部が減るのも、魔王軍にとっては刺激になる。それに魔王軍幹部は長年面子が変わり映えしなかったので、何名か態度が尊大になって邪魔になってきた奴もいた」

執事「…その邪魔者の中には、氷河魔人も含まれていたのですか?」

騎士「奴は人間を妻にしただけあって、甘い所があったしな。だからあえて、昔奴を追い詰めた魔法使いの息子が生きていたことを教えなかった。まぁ、結果的には教えても同じだったかもしれんが」

魔術師「…!」

執事「下衆いですね…」

修道女「い、今でも魔物に両親を殺された孤児は沢山います…まさかそれも、人間にとっての刺激と言うんじゃあ…」

騎士「その通り。この世界の構造がわかってきたようだな」

剣士「わかりたくもねぇ…自分達が育った社会の裏で、そんなことが仕組まれていたなんて思いたくねぇよ」

勇者「ちょっと待って。それじゃあ…」

剣士「!」

お嬢ちゃんの顔が真っ青だ。
声も体も震えている。
そうだ。
今までの話が本当なら、お嬢ちゃんは--

勇者「それじゃあ、勇者は…私は、何なの?」

騎士はにやりと、嫌な笑みを浮かべた。

騎士「ここ近年、人間の方が劣勢になり、魔物とのバランスが悪くなってしまった…だから人間に希望を与える為の、刺激の1つと言っていい」

執事「刺激だと…」

騎士「あぁ。勇者が生まれたことで人間達は希望を抱き、魔物と戦う意思を取り戻す。その為の刺激に過ぎん」

勇者「まんまと利用されたわけ…でも私は魔王を倒すのを諦めないわよ。それが勇者の役目でしょう」

騎士「ふ、ふふふ…」

魔術師「何がおかしいんだ!」

騎士「勇者、か--そんなもの、始めから存在しないんだよ!」

勇者「-----え?」
騎士「人間達への刺激に、勇者という存在をでっちあげたに過ぎん。お前は勇者ではない、ただの小娘だ!」

勇者「…!」

お嬢ちゃんの顔がどんどん強気を失っていく。
俺達も騎士の言葉が受け入れられず、何も言えなかった。

騎士「何故お前が勇者に選ばれたか知っているか?答えは単純だ。国は財政難だから、お前の持つ資産が欲しい。つまり、お前は適当な所で死んで、資産を国に還元することを望まれているんだよ」

剣士「嘘だろ…そんなふざけた理由で…!?」

騎士「予想外だったのは、すぐ死ぬかと思いきや幹部を6人も倒し、ここまで生き残っていることだ。だがもう関係ない、お前はここで死ぬのだからな!」

騎士はそう言うとお嬢ちゃんに剣を向ける。
だが、お嬢ちゃんは呆然とつっ立ったまま、動けずにいる。

魔術師「い、いけない!」

執事「お嬢様…!」

すぐさま魔術師と執事が魔法で騎士を威嚇するが、それと同時に、動きが止まっていた竜達が俺達に襲いかかってきた。

魔術師「こいつら邪魔!」

執事「くっ、お嬢様が…!」

剣士「どうすれば…」

修道女「執事さん、剣士君を--」

騎士「絶望したか勇者…いや小娘。しかしお前は死んで初めて、人間に貢献するのだ…」

勇者「…」

騎士「だから、死ねぇ--!」

剣士「させるかああぁぁ!!」

騎士「!?」

俺の放った一撃を、騎士はとっさに受け止めた。

執事「間に合いましたね…!」

修道女の咄嗟のアイディアで、俺は執事の作った氷の橋を渡ってきたのだ。
竜は残り2匹だが、皆を信じて任せるしかない。

騎士「彼女が勇者ではないと知りながらまだ戦うか…まぁ、金さえ貰えれば、お前は何でもいいんだな」

剣士「うるせぇ、俺が相手だ!」

勇者『魔王を倒して地位も名誉も莫大な報酬も、全てを手に入れるの!』

俺は、お嬢ちゃんがどんな想いでいたか知っている。

勇者『それは私でないと手に入れることができないもの。
私は、私だけのものが欲しいのよ』

このお嬢ちゃんは強欲で、魔王討伐にも若干邪な夢を抱いていた。
それでも。

勇者『だから魔王を倒して、意地でも見返してやるわ。
剣士、そうなれるよう私を鍛えて下さる?』

勇者『ああぁー、もう、悔しいーっ!これじゃあ全然駄目じゃない!』

勇者『今までの戦い…私が1番、役に立ってないでしょ…』

強くなる為、魔王を倒す為に、一生懸命頑張っていた。
その想いは誰の目から見てもわかる程、真剣だった。

そんなお嬢ちゃんの気持ちを踏みにじり、利用し、あざ笑うなど…

剣士「お前は絶対許さねぇ!」

騎士「…っ!」

俺の会心の一撃が、騎士の鎧を貫き胸を貫いた。

騎士「ぐ…ゴホッ」

剣士「トドメだ!」

騎士「!!」

続けざまに放った一撃で、騎士の首を刎ねた。
勝負は決した。
あとは執事達だが…。

執事「こちらも終わりました」

魔術師「今そっち行くね兄ちゃん!」

修道女「待って下さい、先に怪我を治します」

剣士(良かった…後は)

お嬢ちゃんを見る。
まだ茫然自失、心ここにあらずといった様子だ。

剣士「…おい、お嬢ちゃん」

勇者「私は、勇者じゃなかった…」

剣士「あぁ…そう言ってたな」

勇者「ずっと騙されて、利用されていただけだった…」

剣士「…」

勇者「国王は私が死ぬことを望んていて、魔王を倒すことは望んではいない…それじゃあ、戦う意味なんてないじゃない!」

剣士「本当にそう思ってんのか?」

勇者「だって…私、勇者じゃ…」

剣士「それじゃあ国王の思惑通り死ぬのか?それは違うだろ」

勇者「それはそうだけど、でもどうすれば…」

剣士「なればいいじゃないかよ、本当の勇者に」

勇者「---え?」
剣士「国王は知らんが、多くの人が魔王討伐を望んでいるぞ。なら魔王倒して、勇者になればいいだろ」

勇者「だ、だけど…国王にとってそれは都合が悪いのに…」

剣士「そんなの知らん。魔王が死んだ後世界をどうするかは、全部国王の責任だろ」

勇者「それは…」

剣士「それに適度に魔物が人を減らすのがいい社会か?俺はそうは思えねぇよ」

魔術師「そうだよ!」

魔術師達も氷の橋を渡ってきた。

修道女「それの犠牲になり、親を亡くした子供達を、私は沢山見てきています!もうこれ以上、そんな子供達が増えるのは嫌です!」

魔術師「魔王や国王の都合で父さんと母さんが殺されたんだったら、僕は世界の構造を変えるよ!」

勇者「修道女、魔術師君…」

剣士「そんな不甲斐ない王なら、いっそ権力も奪い取ってやりゃいいじゃねぇか。すげぇなお嬢ちゃん、勇者どころか女王様だ」

勇者「そ、そんなことできるわけ…」

剣士「とにかく俺はお嬢ちゃんの強欲を満たす手伝いをしてるんだ、お嬢ちゃんがどういう経緯で勇者になったかなんて関係ねぇ。何なら、魔王倒した後革命起こす手伝いだって請け負うぜ」

執事「もしそうなっても、私は着いて参りますよお嬢様」

勇者「剣士、執事…」

剣士「…とにかく、まずは魔王を倒そう。話はそれからだ」

魔術師「そうそう。なるようになりますよ」

修道女「やりましょう!私も頑張りますから!」

執事「皆が笑って迎えられる結末を、私も望みます」

勇者「…そうね」
勇者「そうよね!悩んでいるなんて私らしくなかったわ!」

剣士「お嬢ちゃん…」

勇者「魔王を倒して地位も名誉も手に入れるんだもの!邪魔するなら国王でも許さないわ!」

魔術師「そうだそうだー!」

修道女「良かったぁ、いつもの勇者さんだぁ」

執事「では国王が、騎士を倒したことを嗅ぎつける前に…」

勇者「えぇ!行きましょう、魔王城!」

剣士「おう!」

魔術師「おーっ!」

修道女「はいっ!」

執事「えぇ…!」

剣士(あぁ、遂に戦うんだなぁ…魔王と)

勇者「…剣士」コソコソ

剣士「ん…?」

勇者「…ありがとう」チュ

剣士「………へ?」

剣士(い、今、頬に…)

魔術師「どうしたの兄ちゃん、置いていくよー」

剣士「あ、ま、待ってくれ」

……………

ともかく魔王軍幹部を全員倒し、俺達は魔王城へ向かう。
俺達の気持ちは今、1つ。
例え誰を敵に回しても魔王を倒し、望む世界を手に入れてみせると誓った。

7話 終了
今回も読んで頂きありがとうございました。
自分はひねった設定を考えるのが苦手ですが、何とかひねらせました。
あと正直、氷河魔人が魔術師が魔法使い夫婦の息子だと事前に知らなかったのはミスったな〜と思いました。
次回、魔王戦です。

8話 未来へ繋ぐ最終決戦

>竜騎士との戦いから3日後--

執事「遂に来ましたね…」

勇者「これが、魔王城--」

俺達は今、そびえ立つ魔王城の前にいる。

魔術師「遂に来たね…」ゴクリ

修道女「い、い、行きましょう…こっ怖くなんてありませんから」ブルブル

剣士「…待て!」

勇者「どうしたの剣士」

剣士「ちょっとトイレ行きたいんだが、魔王城の城壁にしても構わないんだろうか」

修道女「やだぁ〜、茂みに行って下さぁい!」

剣士「いやぁ、これから挑む魔王に喧嘩売る意味で…」

勇者「品が無いことはやめなさい!」

執事「…呪われてしまえばいい」ボソッ

剣士「あっコラ執事てめぇ聞き逃さなかったぞ!」

魔術師「いいからとっとと行ってこいバカ兄!」

そんな緊張感の無い決戦前だった。

勇者「たああぁぁっ!」

執事「お嬢様、飛ばしすぎないよう」

勇者「えぇ。冷静な忠告感謝するわ」

城に入ると魔物達が一斉に襲いかかってきた。
良かった、城に入る前にトイレ行っておいて。

剣士「しかし、ここで体力と魔力を消費したら、魔王との戦いの時にはバテバテになるな」

修道女「でも、これだけの魔物相手に逃げ切れませんよ…」

剣士「閃いた!魔術師…」ヒソヒソ

魔術師「え…!で、できなくはないけど」

勇者「剣士!戦線に戻りなさい!」

剣士「いや戦う必要はない!全員集合!」

勇者「何?集合してどうするの?」

剣士「よし集まったな…やれ魔術師!」

魔術師「うん…てやーっ!」

魔術師の雷が四方八方に散る。
その雷は魔王城の壁と天井を破壊した。
案の定建物の内部が崩れ、ガレキが落ちてきた。
その場は瞬時に阿鼻叫喚の嵐となった。

剣士「こちらは魔術師の防壁魔法で安心と安全」

修道女「ひええぇ…地獄絵図ですねぇ」

執事「無茶苦茶なことをお考えになる…」

勇者「まぁ、これだけの魔物とまともに戦うよりは良かったかもしれないわ。さて、混乱に乗じて魔王の所へ行きましょう」

魔術師「あっちの奥から、異質な魔力を感じるよ」

剣士「きっとそいつが魔王だ。サクサク行こう」
剣士「こりゃまた、大仰な扉だな」

俺達は戦闘を避けて、大きな扉の前にたどり着いた。

修道女「私でも感じます…凶悪な魔力です」

執事「魔王は私も見たことがありません。ですが、あの魔王軍を束ねる王であることは間違いなし…」

魔術師「…強敵だね」

勇者「考えていても仕方ないわ」

俺達は互いに顔を合わせる。
皆緊張の面持ちだが、怖気づいている奴は1人もいない。

剣士「…終わらせよう、戦いを」

勇者「えぇ…!」

そして俺達5人は並び、目の前の扉を開いた--

勇者「魔王!勇者が貴方を討ちに来たわ!」
側近「どうするんですか魔王様!?勇者たち迫ってきてますよ!!」バンバン

魔王「馬鹿者、勇者はでっちあげだ!!」

側近「でっちあげでも何でも、そいつらが魔王軍幹部を全員倒したのは事実でしょ!!」バァン

魔王「我が1番困っているわ!!」

側近「逆ギレかよコラ!」

魔王「何ィ!?我に対してコラとは何だアアァァァ!!」

ドゴオォォォン

修道女「ひ、ひえぇ…部下を躊躇いなく殺しましたよ…!」

執事「まぁ、それはそうですが…」

魔王「む?何だ貴様ら」

勇者「勇者よ」

魔王「貴様らか…よくも魔王軍幹部を全滅させてくれたな!貴様らは我の怒りに触れた!この怒りを貴様らへの絶望と変え、終焉をもたらしてやろう!」

修道女「…うーん」

執事「その前のやりとりを見ていると、どうも…」

魔術師「どうしよう…こっちが恥ずかしくなってくる」

剣士「魔王も残念なパターンだったか」

勇者「何となく予想はついていたけれどね…」
魔王「えぇい貴様ら!我を馬鹿にしているのかああぁぁ!!」

剣士「あぁ、馬鹿にしてる」

魔王「何だと」

修道女「ちょ、剣士君…」

魔術師「怒らせちゃまずいよ」

剣士「だってよ…裏で国王と手を組んでコソコソ、魔物と人間のバランスをチマチマ調整って。やってる事が魔王の器じゃないし、小物だろ、実際」

勇者「確かに」

執事「一理ありますね」

魔王「ふ…そんな社会のシステムの中で、何も知らずに生きてきた奴らが何を言う」

剣士「その自分が作り上げたシステムの中で生まれた人間に殺されるお前の方が、よっぽど滑稽だよ」

魔王「何だと貴様…!!でっちあげられた勇者とその一行が、随分大きな口を叩くものだ」ゴオォ

魔術師「まずい、魔王の魔力が高ぶっている…!!」

修道女「それ以上の挑発は危険ですよ〜…」

魔王「もう遅い!」

そして魔王の爪が、翼が、尻尾が、俺達に襲いかかってきた。

剣士「だああぁぁ!」

執事「行きます」

俺と執事は素早く皆の前に出て、襲いかかるものを全て弾いた。

修道女「2人とも流石です!」

魔王「だが、これでどうだぁ!」

剣士「!」

魔王の魔力が黒い炎となり向かってきた。
避ければ後ろの皆に当たる。
それなら…

剣士「おらぁ!」ビュッ

魔王「!!炎を切っただと!?」

勇者「はああぁぁ--ッ!」

魔王「!」

お嬢ちゃんの不意打ちが寸前で気づかれた。
勘のいい奴め。
魔王はお嬢ちゃんに向かって魔力の塊を放出するが…

魔術師「危ない!」

それは魔術師の雷で相殺された。
だが魔王は爪でお嬢ちゃんに追撃し、お嬢ちゃんは間一髪後退、攻撃を回避した。

魔王「偽りの勇者一行とはいえ、それなりにやるではないか…!ならこれはどうだ!」

剣士「…!?」

魔王が魔力を放出した途端、体が重くなったような感じがした。
執事「魔力が我々にまとわりついているんですね。効果は素早さ半減、といった所でしょうか」

勇者「くっ、動きにくいわね!」

魔王「ハッハッハ!偽りの勇者らしく、無様な死に様を晒すがいい!」

勇者「す、好き勝手言ってくれるわね…!私はこんな所で死なないわよ!」

魔王「顔つきと口だけは一人前だな…だがそれも終わりだ!!」

魔術師「させるかー!」

魔術師の雷が魔王を狙い、魔王を一歩後退させる。
それと同時、魔術師も魔力を放出する。

勇者「あら…体が少しだけ軽くなったわ」

修道女「魔術師君がここを魔力で満たして、魔王の魔力をはねのけているんですね!」

剣士「よくやった魔術師、天才!」

魔術師「くううぅぅぅ!!こ、これキツっ…」

魔術師は苦痛に顔を歪めている。
その様子は今にでも押しつぶされそうで、長くはもたなさそうだ。

剣士「執事、修道女、お前達の魔力、魔術師に貸すことできるか」

執事「えぇ、可能ですが…」

剣士「だったら頼む。それと修道女、攻撃魔法無効化の技をお嬢ちゃんにかけてくれ!」

修道女「え、は、はい!」

勇者「ちょっと待って剣士、貴方何のサポートもなく魔王と戦う気!?」

魔術師「そうだよ兄ちゃん…僕達3人が防御に集中したら…」

剣士「まっ…たく問題は無い!」

皆の心配をかき消すように、俺は余裕で親指を立ててみせた。

魔王「余裕だな人間よ。たかが人間の剣士ごときが我を打ち破れると思うか!」

剣士「ふん」

確かに魔王の技は多彩だ。
魔術師や執事の攻撃に頼れないとなると、魔王への対処パターンが限られてくる。
だがそういう状況なら仕方ない。

剣士「打ち破るしかねぇだろ」

躊躇せず俺は突っ込んでいく。
そして魔王の連続攻撃と激しい打ち合いになった。
爪、爪、翼、魔法、爪、尻尾、翼、爪、魔法、爪、爪--不規則な攻撃に対し防御、防御、反撃、防御、回避、防御、反撃、回避、防御…
互いに選択はミスらないで、攻防は一進一退。
少しずつ増えていくかすり傷程度じゃ動きも鈍らない。

魔王「驚いたな!さっきより動きが良くなってるじゃないか」

剣士「1人で戦う方が慣れてるんでね」

親の顔は忘れた。
修道院ではずっと年長だった。
傭兵になっても常にソロプレイ。
自分しか頼れない状況には慣れている。
そういう時こそ緊張感が高まる。

執事「あれが彼の本来の力か」

修道女「本来の力…?」

執事「はい、少々不思議に思っていました。人面鳥や巨人、氷河魔人との戦いで多少手こずっていた彼が、幹部最強である竜騎士を一瞬で討ち取ったでしょう」

魔術師「それもそうだね…」

執事「彼の戦いをずっと見てきましたが、1人で戦う方がいい動きをします」

魔術師「じゃあ…今まで兄ちゃんはほとんど本来の力を発揮してこなかったってこと!?」

執事「…そうなりますね」

修道女「そ、それであの強さだったんですか!?」
魔王「き、貴様本当に人間か!?」

何を言うか。
俺は執事のように魔物の血を受け継いでいるわけでも、魔術師のように素質のある血統でもない。
貧しいのも、馬鹿にされるのも嫌だ。
そんな平凡な理由で努力を続けてきただけの、ただの人間だ。

剣士「悔しいのかよ、魔王様ともあろう者が、ただの人間に圧倒されてんのが!!」

魔王「!?」

魔王の爪を1本へし折った。
それでも慢心せず、容赦なく打ち込み続ける。

剣士「けどそれも納得だ!魔王なら人間を滅ぼすとか支配する位やってみせろよ!お前は人間の王と結託してチマチマしたことやってる小さい奴じゃねぇか!」

魔王「くっ…黙れ、偽りの肩書きに躍らされてきた人間共が…!」

剣士「うるせぇ小物!お前こそ魔王の器じゃない!」

俺は知っている。
そいつは人間達の希望となる肩書きを与えられ、その肩書きに相応しい存在になれるよう努力を惜しまなかった。
その肩書きが偽りだったと知り1度は絶望しかけたが、そいつは真の希望となる為、再び剣を取った。

魔王「何故貴様程の実力者が、ただの小娘に従っている…!?」

剣士「ただの小娘って言うんじゃねぇよ。お前なんかが、お嬢ちゃんを侮辱するんじゃねえぇ!!」

魔王「!!!くっ」

魔王の爪をもう1本へし折った。
だがそれと同時、4方向から魔王の尻尾、翼、魔法が襲いかかってきた。
恐らくこの為に爪を捨てたんだろう。
逃げ道はない。
どれかを防いでも確実にどれかには当たる。
どれに当たるのがマシか…。
直感で尻尾と魔法を防いだ。
と同時、両翼が俺の両腕をえぐる。

剣士「いづっ…」

魔王「これでもう満足に剣は振れまい!!」

ミスった。
これは剣士にとっての致命傷だ--

1対1だったら、な。

勇者「はあぁ--っ!」

魔王「!」

お嬢ちゃんが魔王に飛びかかった。
俺との戦いに集中していたのか、魔王は俺の目の前でぎょっとした顔をした。

魔王「く…」

だがすぐに反応し、お嬢ちゃんに反撃をしようと構えた。

しかし。

魔王「!?」

魔術師「ここらに満たした僕の魔力に、電気を纏わせてみたよ…!」

魔王の動きが鈍った。

執事「させません…!」

執事の氷が魔王の尻尾を止めた。

修道女「勇者さん、今ですーっ!」

紋様が繰り出された魔法を打ち消した。

剣士「…」

俺は精一杯の力で、俺の腕に食い込んだ翼を掴んでいた。

狙わずしてそれらの出来事が全て重なった。
その、魔王が反撃の手段を失った一瞬で--

魔王「うわあぁぁ----」

魔王の胸に、お嬢ちゃんの剣が突き刺さった。

魔王「ぐ…ファッ」

魔王は倒れ、起き上がらない。
きっと今の一撃は致命傷だったのだろう。
しかし油断はできない。
お嬢ちゃんは続けざまに魔王の喉元を狙っていた。

魔王「貴様ら…自分が、何をやったかわかっているか…?」

勇者「どういう事かしら」

魔王「魔王が倒れ…人間達は共通の敵を失う。そうすればどうなるか…?人間同士で争うこととなるのだぞ…」

執事「戦争ですか…」

魔王「今まで我々が保っていたバランスを、お前達が崩したのだ…!人間達への被害は、こんなものではなくなるぞ…」

剣士「言いたいことはそれだけか」

魔王「何!?」

修道女「貴方の言った通りになったとしても、貴方がやってきたことは間違っています」

執事「貴様は、自分に付き従っていた幹部達の命すら利用した…それが許されるものか」

魔術師「それに、お前の言う通りになんてさせないよ。もし戦争になりそうだったら、僕達が止めてみせる」

剣士「お前達がチマチマ管理していた世の中より、ずっといい世の中が待ってるんだよ」

魔王「戯言を…本気で言っているのか!?」

勇者「えぇ、本気よ」

俺達は揺らがなかった。
例え人間同士での諍いが増えたとしても--

勇者「何とかしてみせる。だってそれが勇者でしょう」

俺達の誰もが、心からそう思っていた。

8話 終了
9話も今日中にうpできそうです。
8話と最終話くっつけても良さそうだったけdry
なお9話で最終話となります〜
最終話 それから

>魔王との決戦から、1ヶ月が経った--
>建設予定地

ワイワイ

子供A「わー、できてきたねー」

子供B「ねー、楽しみだねー」

修道女「皆、今日は寒いからあまり外にいない方がいいわよ」

子供達「はーい」

剣士「おぉ、大分出来てきたじゃないか。新しい修道院」

修道女「あら剣士君、いらっしゃい」

剣士「これでガキ共の部屋が広くなるな。今までより沢山の子供も収容できそうだ」

修道女「でも、ここに入る子供は増えないでほしいです」

剣士「そうだな」

修道女「だけどここの修道院では、剣士君や魔術師君みたいに正義の心を持った子が2人も育ちました。ですから今いる子達も将来、正義の人となって世の中を良くしてくれるかもしれませんね」

剣士「全国の修道院、孤児院の改善を魔王討伐報酬に頼んだ修道女が、俺なんかを正義とか言うなよ。そんなんじゃねぇから」

修道女「剣士君たら昔からひねくれていますねぇ」

剣士「そんなんじゃねぇから!マジで!」

修道女「ふふ、そういうことにしておきます」

剣士「…でも修道院も、これで俺の力を必要としなくなるわけだな」

修道女「いいえ。子供達は剣士君を慕っていますから、まだまだ剣士君に頼ることは沢山ありますよ」

剣士「そうかい…まぁでもこれからは修道院の為って目的が無くなるから、仕事のやる気保つのが大変だ」

修道女「そんなこと言わないで下さい。不幸な子供達を増やさない為に、剣士君の力は必要とされています」

剣士「そうだな…頑張りますか」
剣士「ところで修道女。お嬢ちゃんが、お前個人にも何か報酬として支払えないかって言ってたぞ」

修道女「いえ、これだけやって頂ければ私は十分です。元々、報酬目当てでもありませんでしたし」

剣士「ふーん、欲が無いんだな」

修道女「…あったんですけどね、本当は。心の底から欲しいものが」

剣士「お、何だ?それをお嬢ちゃんに頼めばいいんじゃないのか?」

修道女「いえ…それはきっと手に入りません。今回の旅で、わかりました」

剣士「そうなのか」

修道女「…ふふ、だけど不思議と、それが悔しいっていう気持ちがないんですよ。剣士君にとって、それが1番いいんだなって思うと…」

剣士「何で俺?」

修道女「え、あ、ああぁっ!い、いえ間違えました!」アワアワ

剣士(変なやっちゃな)

修道女「それに、私修道女としてまだまだ修行しないといけませんから!今はそれに燃えているんです!」

剣士「おう、頑張れよ。なれるといいな、一人前に」

修道女「ふふ、ありがとうございます。あ、そうだ剣士君、子供達に…」

剣士「あぁ、ガキ共と遊んでやってくるよ。…それじゃ、また明日」

修道女「えぇ、また明日。楽しみにしてますね!」
近所の子供「じゃあ、またなー」

魔術師「うん、またね」

剣士「よう魔術師、修道院にいないと思ったらここにいたのか」

魔術師「あれ兄ちゃん!来てたの!」

剣士「おう。…それにしてもお前が同年代のガキと遊ぶたぁ珍しい」

魔術師「あ、うん。そういうことだってあるよ」

剣士「あるよなぁ、わかるぞ。年下のガキに囲まれて、皆のお兄ちゃんやり続けるのも疲れるだろ」

魔術師「い、いや、そういうわけじゃ…」

剣士「かと言ってお前の場合、年上に囲まれてても背伸びしちまうわけだし…」

魔術師「僕がいつ背伸びしたって!?」

剣士「お前は今まで同年代との関わりが足りなかったもんな。いいぞ魔術師、ガキはガキらしくしてろ」

魔術師「ガキって言うなー!」

剣士「へいへい魔術師坊ちゃん。ところでどうなった?あの、お前がお嬢ちゃんに頼んだ…」

魔術師「あぁ、世界的魔術師への弟子入りの口利きでしょ?うん、オーケーの返事来たよ。もうすぐこの修道院を出るから」

剣士「そっか…まぁ弟子入りしても、遊びに行くからな」

魔術師「うん!一人前になって兄ちゃんをびっくりさせてあげるよ!」

剣士「でもお前はもう、一流の魔術師の仲間入りしてるだろ。今更学ぶことなんてあるのか?」

魔術師「あるある!一杯あるよ!」
魔術師「魔法ってのは奥が深いんだよ兄ちゃん。それに世界がいつどうなるかもわからないし、修行を続けておいて損はないよ」

剣士「おう。偉いぞ魔術師」ワシャワシャ

魔術師「あ、頭撫でないでよー…兄ちゃんも頑張ってよ!僕に簡単に追い越されないようにね!」

剣士「心配すんな。一生追い越されねぇよ、実力も身長も」

魔術師「安心したよ。…同時にムカついたけど」

剣士「ムカつきは向上心に変えな。あ、じゃあ俺はもう行くぜ。じゃあな、また明日」

魔術師「うん、明日ね。……兄ちゃん」

剣士「ん?」

魔術師「明日は、その…。それは、僕が兄ちゃんにとって…えっと」

剣士「…」

剣士「仲間だよお前は」

魔術師「!!」

剣士「もう俺の弟分とかじゃない。俺と肩を並べる仲間だからな、魔術師」

魔術師「う…うん!ありがとう、兄ちゃん!」

剣士「あぁ…それじゃまた明日な」

剣士(まだまだ、ガキだとも思ってるけどな)
>翌日、勇者邸

勇者「全く…忙しくて予定より1ヶ月も遅れたわ」

修道女「まぁまぁ、仕方ありませんよ」

魔術師「けど、久しぶりに全員集合したね」

執事「私は席にいるより、仕事をしている方が…」

剣士「駄目だ!今日は肩を並べて酒を飲んでもらうぞ執事!」

勇者「そうよ、全員揃ってこそ意味があるの。それじゃあ始めましょう」

修道女「そうですね」

魔術師「せーの…」

「「「魔王討伐、おめでと〜!」」」

剣士「おい執事〜、今お前言わなかっただろ〜」

執事「い、言いましたよ…」

魔術師「兄ちゃん、執事さん恥ずかしがってるからやめなさい!」

修道女「ふふ、ずっと今日を楽しみにしてました」

勇者「本当は旅を終えた直後にやりたかったけれど…まぁ、無事お祝い開催できて良かったわ」
執事「ここ1ヶ月忙しかったですからね…他の国々へ挨拶回り、新聞記者にも追われ…」

勇者「まさか、こんなに忙しくなるとは思っていなかったわ…」

修道院「こっちも大変でしたよ〜。修道院に記者の方々が来るんですもの…」

魔術師「でも、ある時からパッタリ収まったよね」

勇者「国王に頼んだのよ。私はいいけど、他の仲間に迷惑がかからないようにお願い…って」

剣士「あぁ、魔王討伐を報せた時のお嬢ちゃん怖かったからな。国王も逆らえなかったんだろうな」

勇者「怖かった!?」

剣士「はいはーい、お嬢ちゃんのモノマネやりまーす。『もしまた邪な考えを持つ者が現れた時には私 が 討 ち 取 り ま す』」

勇者「そんな言い方していないわよ!あとその目も!」

魔術師「でも、そのお陰か国王はこれといった動きを見せないね」

修道女「まぁ、魔王と手を組んでいたなんて知ってるのは極一部って話ですものね。表立って何もできないのかも…」

執事「彼のしていたことも許されることではありませんが、しばらくは様子を見ましょう」

剣士「で、国王の動き次第じゃ革命起こすか。そん時ゃ呼んでくれよ〜」

勇者「えぇ、どんな時でもこのメンバーを頼るわ。私が魔王を討てたのも、皆のお陰だしね」

魔術師「革命かぁ…どれだけ被害を拡大させずに戦うかが重要になってきますね」

修道女「な、何か物騒な話をしているような…」

勇者「それよりも楽しい話しましょう。魔術師君、いつ頃修道院を出るの?」

魔術師「あ、一週間後くらいで〜…」
剣士「おいおい執事、お前下戸かよ。顔真っ赤だぞ」

執事「赤くなるだけで、酔いません」

剣士「あーあ、今日はお前の堅苦しい面を歪ませてやろうと思ったのにな」

執事「無駄です、私に隙はありません」

剣士「流石魔王軍で唯一マトモだった奴の息子だな。遺伝子レベルで堅苦しいのか」

執事「光栄です」

剣士「褒めてねぇっつの」

執事「剣士殿はこれからも傭兵を続けるのですか?」

剣士「あぁ。これからもブラブラッとしてるわ」

執事「…実は、お嬢様も傭兵になりたがっていまして」

剣士「マジかよ!…じゃあお前、今度はお嬢ちゃんの傭兵の旅に付き合うことになるわけ?」

執事「いえ。私は屋敷に残ります」

剣士「え…何で」

執事「執事は家を守るのが本来の仕事ですから。それに、お嬢様もご立派になられました」

剣士「あぁ、もう一人前の剣士だ」

執事「剣士殿のお陰ですね…感謝しています」

剣士「お嬢ちゃんが頑張ったからだよ。俺の力なんて微々たるもんだ」

執事「それでも、私は貴方に感謝しています」
執事「それと、私も個人的に感謝したい事が」

剣士「ん?俺何かしたっけ?」

執事「私を、仲間と言って下さいました」

剣士「そんなことかよ。わざわざ感謝する話でもねーよ」

執事「でも、私は嬉しかったですよ」

剣士「そっか。…お前も随分変わったな」

執事「そうですか?」

剣士「あぁ。何かこう…雰囲気が柔らかくなったな」

執事「光栄です」

剣士「いや、そういう所は堅苦しいけどな」

執事「ですが、剣士殿も変わりましたよ」

剣士「あー…そうかもしれねぇな」

執事「打ち解けた証拠ですね…お互いに」

剣士「そうだな」

勇者「そこ男2人で仲良いわねぇ」

剣士「酒の力だよ〜。早く皆成人しろ〜」

修道女「早くって言われましても…」
勇者「そうだそうだ。剣士」

剣士「ん?」

宴もたけなわになってきた頃、お嬢ちゃんが俺に声をかけてきた。

勇者「まだ貴方に何もあげてなかったわね。報酬は考えておいた?」

剣士「あー…」

魔術師「え、兄ちゃんまだだったの」

剣士「うん…報酬か…」

執事「そう言えば剣士殿は何をご所望ですか?」

修道女「私も気になります」

剣士「………」チラッ

勇者「?」

剣士「……まだ考えてちゃ駄目か」

勇者「いいえ。いつでもいいわよ」

魔術師「優柔不断だなぁ。兄ちゃん欲しいもの何もないの?」

剣士「ある…っちゃあるけど」チラッ

勇者「…何?」

剣士「何でもありません!」

執事「…どういうことですか」

修道女「迷ってるんですか」

剣士「まぁ、そんなとこだ!この話やめやめ!な!」

勇者「変なの…」
>翌朝

剣士「ふわ〜あぁ…」

宴の後はそのまま泊まりになった。
昨晩は遅くまで飲んでいたが、相変わらずベッドの寝心地が俺に合わず、大して眠れぬまま早起きしてしまった。

勇者「おはよう剣士。もう支度したのね」

剣士「あ、おはようお嬢ちゃん。お嬢ちゃんも…旅の格好だな」

勇者「えぇ。今日から旅立とうと思って」

剣士「ふーん。…傭兵やるんだっけ」

勇者「えぇ。…貴方と同じ」

剣士「ふーん…1人で?」

勇者「まぁ…」

剣士「…なぁ、お嬢ちゃん」

勇者「な、何?」

剣士「えーと…が、頑張れよ」

勇者「…それだけ?」

剣士「あ、えぇと…お、俺は信じてるぞ!お嬢ちゃんなら立派にやってけるってな!」

勇者「ありがとう。でも、私でも1人は不安よ」

剣士「そうか…」

勇者「そう。だから…ね」

剣士「うん…」

勇者「…」

剣士「…」

勇者「が、頑張るわ」

剣士「お、おう」
執事「おはようございます」

剣士「うわぁ!?」

勇者「あーびっくりした…」

執事「気配を消したつもりはないのですが…」

魔術師「おはよー!」

修道女「おはようございます。いよいよ旅立ちですね勇者さん」

勇者「えぇ…気を引き締めないとね」

執事「お弁当をご用意致しましたよ、お嬢様、剣士殿」

剣士「お。わりーな」

魔術師「でも勇者さんこれから大変だね」

修道女「そうですよね。でも剣の道を進むには、いいかもしれませんね」

執事「ご活躍を期待しております」

勇者「えぇ。皆、ありがとう」

剣士「けど、傭兵はほんっ…とーに大変だと思うぞお嬢ちゃん」

勇者「ある程度覚悟の上だけど…そんなに?」

剣士「あぁ。まぁお嬢ちゃん程の実力があればいけるかもしれんが、1人旅ってのはお嬢ちゃんには…」

魔術師「はぁ!?」

修道女「えっ」

執事「何をおっしゃっているのです」

剣士「………え?」

魔術師「だって兄ちゃん…

勇者さんと一緒に行くんでしょ?」
剣士「…」

勇者「…」

剣士&勇者「ええええぇぇぇ」

執事「私もそう思っていたので、安心して家をお守りしようと…」

修道女「ですよねぇ。勇者さん1人旅は大変ですから、剣士君が助けてあげないと…」

剣士「待て待て待て。そんなん聞いてないぞ!」

魔術師「聞いてなくてもわかるでしょ…」ハァ

剣士「わかるか!」

執事「剣士殿。お嬢様を宜しくお願い致します」

勇者「え、えと、わ、私が剣士と!?」

修道女「私、負けを認めます。素直に祝福しますよ」ニコ

勇者「え、負け…って何の話、え、え!?」

剣士「あのな…」

魔術師「嫌なの?」

剣士「…」

勇者「…」

剣士&勇者(言えない…どう誘おうか迷っていたなんて…)

剣士「お、お嬢ちゃんが心配だから、仕方ないな!」

勇者「も、もう、仕方ないわね…行きましょう剣士」

魔術師(2人とも素直じゃないなぁ)

修道女(似た者同士でお似合いかも)

執事(最初からこうでは、先が思いやられますねぇ…)
剣士「それじゃ、また何かあった時は…」

魔術師「うん、皆を頼るからね!」

執事「はい…いつでも承ります」

修道女「それじゃあ、また会う時まで…」

勇者「えぇ…また皆で集まりましょう」

こうして俺達の戦いは終わった。

勇者「さて今日が私の、新たな伝説の第一歩となるのよ」

まだ、この世界への不安が消えたわけではない。

剣士「お嬢ちゃん…まだ伝説増やすつもりか」

勇者「当たり前よ。私はまだ、満足していないの」

それでも俺達は後悔しない。

勇者「もっともっと沢山のものを、一緒に手に入れましょう!」

皆で手に入れた平和を、永遠のものにすると誓ったから--

fin


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この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:gzGQiTdh0編集削除
『おもしろテキスト』がおもしろかったためしがない
2 . 名無しさん  ID:MAnUrc4Z0編集削除
〇〇「・・・」
△△「・・・・・・・」
といった先頭を確認するとまず下までスクロールして長さを確認して
「長いな・・・」と納得して読まずに次へをクリックする自分がいます。
3 . 通りすがりさん  ID:qle.0rw70編集削除
全部読んだ1さんは偉いよ。
とても真似できないわ
4 . 名無しさん  ID:2kh0i42d0編集削除
あほくさ
5 . 名無しさん  ID:nu3v9ODM0編集削除
10行くらい読んだ
なんだ これ(笑)
なにを書きたいんだ? まぁガンバレや

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