明治生まれのうちの祖母は暴君だった
人のやることなすこと何でも頭から否定して怒鳴りつけ、時には何もしてないのに目が死んでるとか言ってまた怒鳴る
そんな性格のせいか、祖父は俺が生まれるよりずっと前に心を病んで体壊して亡くなって
その子供である親父や伯父伯母はいつも怯えて顔色窺うような態度で
婿いびり嫁いびりも日常茶飯事だったけど地元旧家のお嬢様→当主だから誰も逆らえず逃げられず
それでも勇気を出して逆らったら相手が小学生だろうと本身の薙刀で追い回すキチっぷり
子供の頃から薙刀を習ってて師範の免状まで持ってるとかで、権力的にも物理的にも誰も止めらることができなかった
体も丈夫でよく飯を食べて病気もしない最強の存在だった
そんな生活が何十年も続いた昭和のある日、俺の従姉が結婚することになり本家まで挨拶に来ることになった
結婚相手は郵便局員で、柔術の先生もやってて公民館なんかで家族教室も開いてる人
今でこそ公務員は手堅い職業だけど、当時は一般企業に入れない落ちこぼれがやる仕事って認識で
しかもそんな半端者が武道家を騙るとは何たることかこらしめてやると、祖母いつものように理不尽かつ意味不明にブチ切れ
挨拶当日、従姉一家と婚約者が本家を訪ねると、庭で薙刀握って仁王立ちしてる祖母と、見せしめに召集された親戚一同(俺含む)
もうダメだと一気に死んだ顔になる従姉一家と、戸惑いつつドン引きしてる婚約者を尻目に、大声で勢いよく悪口をぶつけまくる祖母
「お前みたいな卑しい貯金局の似非武道家が、分家とはいえうちの娘を婿にとるなど許さん!成敗してくれる!」
と薙刀を構える
婚約者は、いやちょっと待って、なにこれ助けてと口には出さないけど明らかにそう言いたげにキョロキョロ
みんな目を伏せて何も言わない。
逆らったらどうなるかわかってるから何も言えない
そうしたら婚約者、大きなため息をついていきなり目が据わった
たぶん祖母は、薙刀にビビって婚約者が土下座でもして許しを乞いだすか
柔術技を駆使してかかってくるけど薙刀には勝てず一方的にあしらって恥をかかせるのを想定してたんだと思う
でも現実は斜め上の更に上だった
婚約者、庭の玉砂利をありったけポケットに詰めると、猛スピードで祖母に投げつけだした
祖母、豆鉄砲喰らったみたいな顔で石をぶつけられ続け、婚約者は投げる→ポケットから補充→投げるのエンドレス
フォームはそんなに大きくなくてゆったりしてるのに、手から離れた瞬間ロケット花火みたいに一直線に飛んでいく
いくら薙刀持ってても飛び道具には手も足も出ず、立ち向かっても距離取られてぶつけられる、逃げても距離詰められてぶつけられる
一方的になぶりものにされて顔も手も足も真っ青になると祖母がキレて、
「卑怯者!!男なら素手で立ち向かってこんか!!」
と叫んだら
「丸腰相手に刃物持ち出したテメエが何言うんじゃゴラァァァ!!!!!」
とスピーカー内蔵と錯覚するぐらいの大声を出して、ピッチングのペース更に倍。
激怒した婚約者の目がカッと見開いて遠目にもわかるぐらい瞳孔開いてて滅茶苦茶に怖かった
最終的に祖母は薙刀を放り出して座敷の奥まで土足で逃げて、婚約者もそれ以上は追わず、公開処刑は予定と立場が逆転して終了
そのまま祖母除く親戚一同で食事会になってみんな和気藹々と楽しんで顔見世は終わったけど
あんな修羅場があったばかりなのにみんな笑いながら飲み食いしてるってよっぽど溜まってたんだなと子供心に衝撃だった
そういう俺もだいぶテンションあがってたらしく、うどん食いまくって胃もたれおこして家に帰ってからダウンしてた
その後祖母が医者に行ったら指とかアバラが結構折れてて、怒りがおさまらず診断書とって警察に訴えたんだけど
さすがに真剣の薙刀で襲い掛かって返り討ちじゃ正当防衛扱いにしかならず、帰ってからずっと警察の悪口ばかり言ってた
しかし話はそこで終わらない。
一ヶ月半ぐらいして祖母の骨折が完治したら
婚約者が
「稽古つけてやる」
といきなり本家を訪れ、道着を無理矢理着せて庭で薙刀を振らせだしたんだそう。
横で見ていた伯母曰く、よく通る声で
「肩が高い」
「肘を下げろ」
「刃筋が定まってない」
「たかが10本で息切れするな」
「口開くな顎を噛め」
「お前本当に師範だったんか」
「こんな使い物にならん奴初めて見た」
「免状とるぐらいやってたならそのうち勘も戻る、振れ」
と掌で玉砂利を転がしながら駄目出ししまくって、とにかく振らせる
祖母と孫そのものの歳の差なのに言葉に一切容赦がない。
伯母もちょっとひどいなとは思ったけど止められないし止める気もない
この時わかったのは、祖母が薙刀の免状を持ってたのは本当だけどもう何十年も稽古しておらず、ただ薙刀を脅しの道具に使っていたという事実
祖母は泣きながら婚約者にそう謝ったけど、婚約者は怒りもせず鼻で笑って
「ああそう、わかったから振れ」
と稽古を催促
結局30本程度振って腕があがらなくなってから、
「そのうちまた来るから稽古怠らんようにね」
と言って帰っていったそう
これをきっかけに祖母が改心して…とはならず、ショックで寝込んだ途端急速にボケてしまい
別の意味で暴君になってしまって最悪だよどうしようと思ったら、二ヶ月もしないうちに深夜徘徊中に沢で足を滑らせて帰らぬ人になった
親戚一同は厄介者がいなくなった上に遺産がホクホクで婚約者改め従姉婿にいたく感謝してたけど、結果として自分が死なせた形になったためか当の本人はかなり気まずそうにしてた。
ただ、気まずいだけであまりショックは受けてない感じだった
その従姉婿も今は定年になって、相変わらず公民館とか体育館で柔術を教えてる
ちょっと前に道場破りみたいなのが来て
「暴れたいならあの地区の不法滞在の南*人狩ってきたら?」
って言ったら道場破りにドン引きされたって愚痴ってて
もしかしてこの人ちょっとおかしい人だったのかな?って今更ながら疑念が湧いてきてる
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