大学を卒業して初任給で両親を連れて食事に。
全額出すつもりで寿司屋に誘ったが、母の強い要望で割り勘で行く事に。
その後も誕生日やボーナスなど何度誘うも
「割り勘なら行きたい」
としか言わない。
社会人3年目になり、一度もご馳走してない事に引け目を感じていたので不意打ちで回転寿司に飛び込んだ。
早々に全額出す宣言をすると、父は
「本当に良いのか?」
と嬉しそうで、私も
「金はある。1万でも2万でも食え」
と。
母は動揺していたが「普段から優柔不断な所あるしいきなりは緊張するのかな〜」くらいにしか考えてなかった。
しばらく待ってカウンター席に通され、着席。
着席するかしないかのタイミングで皿を取っておしぼりで手を拭く余裕すらなく素手で食べ始める父。
慌てて止める母、呆気に取られ固まる私、こちらを一度も見ずに2皿目を取る父。
そこでようやく「いやいや、おかしいだろ」と父を制止するも
「ご馳走してくれるんだよな?嬉しいなぁ」
と全く悪意のない幸せそうな表情で言われ、何も言い返せなかった。
そのまま食べ続ける父を見て泣く母を宥めつつ話を聞くと、父は他人にご馳走して貰うとなると歯止めが利かなくなるのだと。
それが原因で何度も転職を繰り返し、母と結婚し数度目の転職で母の知り合いの会社に事情を説明して雇って貰っている、との事だった。
母からその説明を受ける間、父はこちらの話に気が向かないのか、凄い目つきで寿司の流れ来る先を見ていた。
そして口の中の物が無くなると食べたいネタを選ぶ事なく、目の前にある皿を取り手掴みで食べ、その姿は妖怪のようだった。
どうすんだよこの状況…と泣きたくなりながらも、幸い他の客の迷惑になりにくい席だったので、早く父を連れ帰るためにこちらも急いで食べる事に。
寿司レーンの上流から母私父の順で座っていたのだが、私が皿に手を延ばすと父が語気を強く
「俺のだ!!!」
と。
その言葉に固まる私を見て冷静になったのか、妖怪からいつもの父の顔に戻り、テーブルを見渡し、ガクッと落ち込む父。
私と母は全く食べていなかったが、平然を装いながら
「いやー食べた。腹一杯だしそろそろ帰ろうか。」
と謎の嘘で切り上げた。
落ち込む父が会計を申し出たが、
「最初に約束しただろ!気にすんな!」
の一点張りで私が支払った。
20分は居たのだろうか、約30皿でおよそ6,000円くらいの会計を済ませ、気まずい雰囲気を騙しながら帰宅した。
帰宅後に父から正式な謝罪と説明があり遺恨は残らなかったが、かなり衝撃的な出来事だったため今でもたまに夢で見る。
昨日も書きながら寝てしまったので夢で見てしまい寝汗が凄かった。
母が知り合いの会社にした説明は、奢られさえしなければ真面目だと言うこと。
幸いな事に直前に勤めていた所での成績がすこぶる良かったようで、憐れんだ社長が一筆書いてくれて信用して貰ったと。
帰宅後に父から受けた説明は上記に加え、奢られると嬉しくて我を周りが見えなくなるという事。
アニメのワンピースで子供時代のビックマムが里親を食べるシーンがあるが、あれを見て父を思い出した。
あの雰囲気は私が母の立場だったとしても子供には伝えられないと思った。
優しい父が簡単に妖怪のようになるスイッチがあるだなんて家族でも信じられないし。
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