勇者「はぁ、はぁ、はぁ……」
勇者(残りHPは1……薬草や傷薬も底を尽きた……)
勇者(残る回復手段は宿屋で眠ることだけど……)
≪ ↑この先宿屋 あと10km ≫
勇者「10km……」
勇者(普通に歩いていけば2、3時間ってとこか……まぁなんとかなるだろ)
ガサ…
勇者「!」
ビースト「ガルルルル……」
勇者「なんだこいつか」
勇者(目をつぶってても勝てる相手――)
ビースト「ガァッ!」ダッ
勇者「くっ!」サッ
ザシュッ! ドサッ…
勇者(なんなく倒せた、けど……)
勇者(今のこいつの体当たり、もし当たってたら俺は氏んでいた……!?)
勇者(そうか、俺は今の状況を軽く考えてたけど、俺はもう“一撃も浴びてはならない”んだ!)
勇者(もし一撃でも喰らったら――)
プーン…
勇者「虫!」
勇者(たとえこいつの一刺しでも、死ぬ可能性が――)
勇者「うわああああっ!」
シュバッ! ボトッ…
勇者「あ、危なかった……」ハァハァ
ポツポツ…
勇者「……ん」
勇者「雨か……ついてないな」
勇者(このくらいの雨なら、歩行に支障はない)
勇者(けど、もし強めの雨が降ってきて、それが俺にダメージになったら……!)
勇者「どこか雨宿りできるところを探さないと! しかもなるべく慎重に!」
ザァァァァァ…
勇者「こんな調子じゃ、宿屋までいつまでかかるか……」
勇者(たかが10kmと、俺は甘く見ていた……!)
勇者(2〜3時間でたどり着く? とんでもない!)
勇者(この旅路はおそらくもっと長期戦になる!)
勇者(もう一瞬の気の緩みも許されない!)
雨が上がり――
スライム「ガァッ!」ネバァッ
勇者(スライム……普段ならどうってことない敵だけど)
勇者(もし、甘い攻撃をして倒し損ねて思わぬ反撃を受ければそこで終わる!)
勇者「疾風斬ッ!」
ズバァッ!
勇者「どんな敵にも油断はできない……!」
キラーバード「クエエッ!」ギュオオオオオオッ
勇者「!」ピクッ
勇者(空からの奇襲!)
ザンッ!
キラーバード「クワァ……ッ」ボトッ
勇者(いつもの俺だったら、最初の一撃はもらってもおかしくない奇襲だった)
勇者(瀕死で旅を続けるうち、感覚が研ぎ澄まされてきている……)
旅人「おお、もしやあなたは勇者様では?」
勇者「あなたは?」
旅人「私は旅の者です。おや勇者様、お怪我をされていますね」
旅人「これ……私の故郷に伝わる秘伝の傷薬なんです。よかったらいかがです?」
勇者「……」
勇者「毒か?」
旅人「え?」
旅人「な、なにをおっしゃってるんです? いきなり毒だなんて……」
勇者「なかなかの化け具合だが今の俺には通用しない」
勇者「わずかに漂う魔物の気配……見逃す俺ではない」
旅人「……くっ。オノレェェェェェッ!!!」グワァッ
ザンッ!
旅人「チ、チクショウ……」ドサッ…
勇者(宿屋まで……残り1km!)
悪魔騎士「たしかな情報なのか?」
使い魔「ええ、たしかでございます」
使い魔「今、勇者の残りHPは1。どんな攻撃だろうと当てさえすれば必ず倒せます」
悪魔騎士「そうか、ご苦労だった」
使い魔「まして魔王軍No.1の使い手である貴方であれば確実に……」
悪魔騎士「うむ、本来ならば万全の勇者と戦いたかったが、これほどの好機を逃すほど愚かではない」
悪魔騎士「勇者……今日がお前の最期の日だ」
勇者(宿屋まであと――)
悪魔騎士「待っていたぞ、勇者よ」
勇者「!」
勇者(甲冑を身に付けた悪魔……まさかこいつは!)
悪魔騎士「名前くらいは聞いたことがあるだろう。我の名は悪魔騎士、魔王軍最高幹部を務める」
勇者「悪魔騎士……! 一人で一国を滅ぼしたこともあるという……」
勇者(それほどの奴がこんな田舎まで出向いてくるなんて!)
悪魔騎士「聞けば勇者よ、貴様の生命は残りわずからしいな?」
悪魔騎士「雑魚の手で死ぬのは忍びなかろう。せめて我の剣で葬ってやろう」スラッ
勇者「そうはいかない!」チャキッ
勇者(あとほんの少しで宿屋にたどり着けるんだから!)
悪魔騎士「死ねいッ!!!」ギュオッ
勇者(こいつほどの攻撃なら、受け止めただけでもダメージになる可能性が高い!)
勇者(全部かわすしかないッ!)
悪魔騎士「ずあああああああッ!!!」
ビュオッ! ブンッ! ヒュバッ! シャッ!
悪魔騎士(こいつ、我の斬撃を全て――)
勇者「だあっ!」
ズバッ!
悪魔騎士「う、ぐ……!」
バッ
悪魔騎士「ふん、弱っても勇者というわけか」
悪魔騎士「ならば我が奥義……“魔空百斬”を受けてみよ!」ブンッ
勇者(黒い刃が空中にいくつも浮かび上がった……!)
悪魔騎士「我が魔力で精製した百の刃……いかに貴様でもかわしきれまい?」
悪魔騎士「これで終わりだ! 地獄で魔族にたてついたことを悔いよ!」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
勇者「――――ッ!」
勇者(見極めろ……百の刃を……)チャキッ
悪魔騎士「無駄だ! どんな達人だろうが一撃は喰らう!」
勇者「ここだッ!」
バババババッ
悪魔騎士「な、百の刃を見切って……!?」
勇者「捉えたッ! ――疾風烈斬!!!」
ズバンッ!
悪魔騎士「バカなァ……百の刃、全て……かわ、す、なんて……」
ドザァッ…
宿屋――
主人「いらっしゃいませ! ……あ、あなたは勇者様でございますね?」
勇者「……」
主人「なにか?」
勇者「どうやらあなたは普通の人間のようだな」
主人「変なことをおっしゃる。ささ、お部屋へご案内します!」
勇者「よろしく頼むよ」
主人「これがお部屋のキーです」
勇者「ありがとう」
ガチャッ…
勇者「これがベッドか……やっと眠れる」
勇者「さっそく寝るとしよ――」
ズバァンッ!
勇者「……」
影「な、なぜ……ベッドの裏にいる、俺に気づいた……?」
影「気配さえ感じることは……不可能なはず、なのに……」
勇者「確信はなかった」
勇者「だが、悪魔騎士さえ出てくるような局面だ」
勇者「もし、敵が俺を狙うならどうするか……と考えたら自然と剣を振るっていた」
影「む、無念……」シュゥゥゥ…
勇者「もう……敵はいないようだな」
勇者「ベッドを傷つけてしまったが……これは後で弁償することにしよう」
勇者(やっと眠れる……)
スゥ… スゥ… スゥ…
勇者「おはようございます!」
主人「これは勇者様、おはようございます。寝心地はいかがでした?」
勇者「いやぁもう、最高ですよ!」
勇者「おかげ様で体力全快、気力も全快、この通りすっかり回復することができました!」
主人「そうですか、それはよかった」
勇者「それじゃ、行ってきます!」
主人「行ってらっしゃいませ」
――
近所の人「大変だ、大変だーッ!」
主人「どうしたんだね?」
近所の人「勇者様が……勇者様が死んじまったらしい!」
主人「な、なんだって!? あんなに元気だったのに、いったいどうして……」
近所の人「魔物の不意打ちをうっかり喰らって、走って逃げたら見晴らしのいいとこで崖から落ちちまったんだと!」
主人「なんでまたそんなつまらない死に方を……」
近所の人「よっぽど気が緩んでたんだろうなぁ……」
― 終 ―
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