キンキンキンキン!
俺「ついていける!」
女剣士「嘘…!」
俺(この日の士官学校の決闘祭のために半年、彼女の剣の流派を研究した甲斐があった)
女剣士「こんな試合、お父様も失望する…」
女剣士「この私が、貧民の我流剣士なんかに負けるわけには…!」ブワッ
審判(これは殺す気の一撃だ…!)ゾクッ
俺(来る、炎刀流奥義・絶炎華!)
俺「我流奥義、絶炎返し!」カァンッ
女剣士「う、そ….こんな、ことは…」ドサッ
審判「しょっ、勝負あり! 決勝戦、俺選手の勝利です!」
観客「うおおおおおお!」
二年後…
友「士官学校、最後の決闘祭も大詰めだね」
友「三年連続俺君の優勝かなあ」
俺「どうだろうな。イケメンの奴、今年は実家絡みでとんでもない師匠を見つけてたみたいだ」
俺「俺でも勝てるかどうか…」
クラスメイト「おい、準決勝戦でイケメンが敗れたぞ!」
俺「!」
友「は、はぁ!? 何かの間違いだろ!」
俺「相手は…」
クラスメイト「女剣士って奴だよ。去年、決闘祭はベスト8まで勝ち残ってなかったはずだけど…」
俺「女剣士…!?」
俺(馬鹿な、あいつは俺に敗北してから士官学校に来なくなったはずだ…)
俺(てっきりショックで学校を辞めさせてしまったのかと心配していたが…)
女剣士「ふ、ふふ…やっと、やっと貴方に再戦できる」ニヤ
俺「ど、どうしたんだ、その身体…」
俺(酷使しすぎてボロボロ…筋肉がむしろ貧相になっている。明らかなオーバーワークで身体を壊している!)
女剣士「二年間、貴方が、憎くて憎くて、仕方ありませんでした」
俺「あれは、正当な決闘で…!」
女剣士「私は父様の自慢の娘…貴族家の家督を継ぐはずだったのに!」
女剣士「決闘祭で我流の貧民相手に遅れを取って家の名に泥を塗ったと、家を追い出され…家名を失い…!」
女剣士「私の全てだった…人生そのものだった、炎刀流の使用さえ禁じられた!」
俺「そ、そこまで…!」
女剣士「それもこれも、全てっ! 貴方が、あのような節操のない、卑劣な手段で私を負かしたせいで!」
俺「ひ、卑劣な手段…?」
女剣士「貴方は、私の炎刀流の奥義を破るためだけの技を半年掛けて編み出して、切磋し続けていた…!」
女剣士「あんな、あんな技…! 実力では私が勝っていた! だというのに!」
女剣士「あまりに陰険…!」
俺「…相手の技に対応した返し技を使うのが、卑怯だと?」
女剣士「ここは戦場じゃない! 学生が他の学ぶべきことを蔑ろにして、あんな技を覚えるなんて…!」
俺「俺は、貴女をそれだけ警戒して…同時に、尊敬していた」
女剣士「!」
俺「貴女の家がそれ程厳しいとは知らなかった、申し訳ないことをしたとも思う」
俺「だが、それ以上世迷言を吐いて失望させないでくれ」
女剣士「…そうね、貴方と口論をしにしたわけじゃない」スッ
女剣士「始めましょうか」
俺「…そんな痛々しい身体で、試合なんてしていたら…取り返しのつかないことになるぞ」
女剣士「黙れ! 私は、とっくに引き返せないんだよ!」タァン
俺(以前より遥かに速い!)
キンキンキンキン!
キンキンキンキン!
俺「うぐっ…この立ち回りは!」
女剣士「どう? 決定打が、全く出せないでしょう?」ニマァ
女剣士「この二年間…ずっと、ずうっと貴方だけを観察し続けて、貴方だけを想い続けてきたの」
女剣士「今日この日の立ち合いのために」
女剣士「どれだけ、この日を恋い焦がれていたか…」ハァハァ
女剣士「まさか、卑怯とは言わないわよね?」ニコォ
俺「……」ゾクッ
俺(ダメだ…このままだと、相手の剣筋に破綻なんか作れるわけがない!)
俺(女剣士は、俺よりも俺の剣筋に詳しい)ゾォッ
女剣士「…右手を上げる、下げて掬い上げようとする」ブツブツ
俺「う、動きを完全に読まれた!?」
女剣士「魔禁流奥義・天道貫」ゴウッ
ドスッ
俺「うぐっ、太腿を…!」
俺「お、俺の負け…」
女剣士「何を言っているの? まだ戦えるでしょう?」
俺「は…?」
俺(確かに、足が動く…? 出血も、少ない…)
俺(いや、違う。きっちり重要な神経を削られてる)ゾクッ
俺(あいつは、ギリギリ決闘のストップが入らない外傷で抑えつつ、俺に後遺症を残して剣士生命を断つつもりだ!)
女剣士「気づいたみたいですね。もっとも、降参やストップが入ってもその前に殺して差し上げますが…」
女剣士「このまま甚ぶられてくれるのなら、全身麻痺で許してあげましょう…ふふ、ふふふふ…」
女剣士「責任を取って、生涯介護して差し上げますよ。夢絶たれた貴方が無様に生き続ける様を、一生横で嘲笑ってあげます」
女剣士「さあ、次は左腕の膝をいただきましょうか」
俺(もう、降参しながら逃げて助けが入るのを期待するしか…)
俺(これ以上やられたら、俺の身体はもう一生戦場に立てなくなりかねない)
女剣士『決闘祭で我流の貧民相手に遅れを取って家の名に泥を塗ったと、家を追い出され…家名を失い…!』
俺(…いや、正面からやってやる)
俺(俺は悪いことをしたとは思っていない、だが…)
俺(それが、俺にできる償いだ)
女剣士「あなたの左腕、いただきます」ザシュッ
俺「うぐっ!」
俺(位置がわかっていたのに、対応できない!)
俺(これは、完全に俺を殺すための剣術だ!)
女剣士「次はどうしましょう? 右腕? 左足?」
女剣士「それとも、もう首の神経を削らせてもらいましょうか」ハァハァ
俺(守りに徹しろ! 相手の剣筋を見極めろ!)
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
女剣士「まるで、二年前とは正反対の展開になりましたね!」
女剣士「貴方の剣術を探りながら迎え討とうとする私と、私の剣を研究してきた貴方!」
女剣士「結果もきっと、そうなるでしょうね!」
俺(落ち着け……奴の剣術に対して、俺の剣術が詰んでいるわけじゃあない)
俺(かといって、か細い隙を狙う余裕はない!)
俺「賭けに出させてもらうぞ!」バッ
俺「我流奥義・虎牙閃!」ギュンッ
女剣士「……」ニィッ
女剣士「前回の決着を忘れたようですね! 虎牙返し!」
女剣士(勝った…勝った…勝った! 私が、私が、あの剣士に勝った…!)ハァハァ
女剣士「フフ、フフフフ…!」
俺「…我流奥義・猫崩れ」シュッ
女剣士「えっ…」
ドスッ
女剣士「…どうして? どうして?」ガクン
俺「…お前なら、虎牙閃を破ってくると思っていた」
俺「猫崩れは、俺がずっと前に、虎牙閃の直線的で読まれやすい弱点を補うために考えた技だ」
俺「途中から動きを分岐する。虎牙閃のように荒々しくなく、ふわりと動いて間合いを詰める」
俺「もっとも…今日まで、使う機会はなかったがな」
女剣士「そんな…そんな、どうして、ここまでしたのに…どうして?」
俺「…戦術を、対策に絞り過ぎたからだ。だから動きを読まれる。俺は、弱みにはちゃんと補う術を用意している」
審判「しょ、勝利、俺! 士官学校決闘祭、三連覇だ!」
女剣士「どうして、どう、して…」ブツブツ
俺「……」
三年後…王都にて
俺「任務を終えました。騎士長様」
騎士長「うむ、ご苦労だった。思っていたより、ずっと早くに戻ってきてくれるね、キミは」ニイ
騎士長 「さすがは士官学校、決闘祭三年連続優勝の快挙を果たした男だ」
騎士長「私でも、優勝は二年時に一度だけだったよ」
俺「……」
騎士長「…ふうむ、キミは影があるね」
俺「すいません、決闘祭には苦い思い出があって」
騎士長「ほう?」
俺「…三年たった今でも、行方不明のままなんです。決勝戦の相手が」
騎士長「……」
騎士長「…そうか、キミがいつも探しているのはその女か」
俺「すいません、反応に困りますよね。こんな話」
騎士長「いや…優秀な部下の悩みだ。私も捜してみるさ」
俺「…ありがとうございます」
騎士長「と、ところで、その娘のことを気にかけているようだが…君のその、恋人か何かだったのかな?」
俺「え? いえ、特にそういうわけではありませんでしたが…」
騎士長「そ、そうかい」ゴホンッ
俺「……?」
騎士A「大変です騎士長様! 騎士Bが、死体で……例の殺人鬼に殺されたのかもしれません」バッ
騎士長「な、なんだと? まさか、あの騎士Bがやられるとは」
俺「何の話でしょうか?」
騎士長「お前が任務に出ている間に、王都に通り魔が現れたのだ…。被害は、既に十三人を超えている」
俺「なっ!」
騎士長「騎士Bまで殺されたとなれば…かなりのやり手だ。二人組でパトロールに当たった方が良さそうだな」
騎士長「こんな遅くに出歩くな! 早く戻れ!」
街人「す、すいません!」
俺「…出歩く人は減りませんね。本当に、危うい事態なのに」
騎士長「真剣に罰金でも課すべきだろうか」ハァ
ドサッ…
騎士長「…何の音だ?」
俺「俺が確認します」サッ
騎士長「馬鹿者、不用意に逸れるな!」
女剣士「禁魔流・羅刹」ガシュッ
騎士長「がっ!」
女剣士「あら…外れた。心臓を不意打ちで貫く技なのに」
女剣士「でも、その外傷じゃ無駄! 天道貫!」ザスッ
騎士長「あ、あ、あ…」ドサッ
女剣士「フ、フフ、首の神経を削ったわ。これで貴女ももう、動けないお人形さん」
女剣士「羅刹! 羅刹!」ガシュッ、ガシュッ
俺「そんな不意打ち前提の技が当たるか!」ガンッ、ガンッ
ザクッ
俺(防ぎきれなかった…横っ腹、持っていかれた…)ガハッ
女剣士「ああ、あら、ごめんなさい、貴方の身体に傷をつけるつもりはなかったのに」ペロッ
俺(俺の血を、美味そうに舐めてやがる…)ゾッ
女剣士「貴方、私が思っていた程強くはなかったのね」シュッ
女剣士「手足落としで達磨にして、ずぅっと、生涯愛してあげるわ」ハァハァ
俺(不意打ちとはいえ、騎士長に致命傷を与えた剣の腕は、明らかに俺より数段上だ!)
俺(こいつは狂ってるが、俺と覚悟が違う!)
女剣士「フフ、フフフフ、アハハハハ!」
俺「…ずっと、あれからお前のことを考えていた」
女剣士「あら、愛の告白? 嬉しいわねぇ」
俺「止めてやれなくて、悪かった」
俺「俺も、覚悟をする」
俺「被害者のためにも、騎士長ためにも、お前のためにも……ここで絶対に、お前を殺す!」
女剣士「その構え…」
俺「…我流奥義・虎牙閃」スッ
女剣士「わざわざその技を仕掛けて来るなんてね」
女剣士「愛している貴方のことなら…私、なんでも知っているのよ」ペロッ
女剣士(とはいえ、猫崩しへの変化は、見てからは対応できない)
女剣士(勝負するなら、二分の一に賭けることになる)
女剣士(技量で勝ってる私は、下がって守りに徹して、この剣技の相手をしないのが正解だけど…)
女剣士「アハ、いいわ、乗ってあげる! 貴方の覚悟、逃げずに受け止めてあげる! 貴方と私、賭けに負けた方が死ぬことになるわ!」
女剣士(あの人の性格上……一度猫崩しを見せている以上、ここはそのまま虎牙閃で突っ込んでくるはず…!)
俺「……」シュッ
女剣士(ほら来た! ここまで来て姿勢を変えていないということは、猫崩しに変化する気がないということっ!)ググッ
女剣士(なぜなら、ここまで来てしまったら、私の剣を避けられないから!)
ザシュッ
女剣士「アハ、私の勝ち……このまま追撃で……!」スカッ
女剣士「え……?」
俺「……猫崩し」ザクッ
女剣士(確実に猫崩しを通すために、わざと私の攻撃を受けるまで引き付けてから変化した……?)
俺「…もう、剣を握れないだろう?」ゼェゼェ
女剣士「あ、ああ…」プルプル
女剣士「あが……」ドサッ
俺「決着が…着いたな…」ゼェゼェ
俺(この怪我…俺ももう、剣士をやってられないかもしれないな)
女剣士「勝てなかった…最後まで、勝てなかった…あれだけやったのに、全て、無意味に…」
俺「女剣士…」
女剣士「でもこれで! 貴方の心と身体に、一生消えない深い傷を残すことができた! ウフフ、アハハハ!」
俺「……」
女剣士「見なさい! この首飾りの、骨の欠片…これ全部、私が殺してやった人間なのよ!」
女剣士「貴方と! 私で! 殺した数なの!」
女剣士「そこの騎士長さんも、貴方が人生を奪ったようなものなのよ!」
女剣士「もう首から下が動かないの!」
女剣士「あの人…ずぅっと生き地獄を味わい続けるのよ! アハ、アハハハハ!」
俺「…そうだ、俺の罪だ。そして、ここで終わらせる」ジャキン
女剣士「…………」ポタ
女剣士「……早く、殺して。お願い、貴方の手で……」
俺「…………」
女剣士「ごめんね…全部、八つ当たりなの。わかってた」ポタポタ
女剣士「本当は初めて負けたあの日……あの日から、きっと貴方のことが好きだったんだと思う」
俺「……っ!」
女剣士「…私は家が厳しかったし、見合い結婚することが決まっていたからそういう感覚に疎かったし…何より初恋だったから、わからなかった」
女剣士「凄く家が厳しくって…でもあの頃はそれが普通だと思ってて」
女剣士「どこに矛先向けたらいいのかわからなくって…それで、ずっと貴方を目の敵にしていたけど…」
女剣士「本当は憧れたかったし、大好きになりたかったの」
女剣士「もっと、別の場所で会えたら…」
俺「…一年の頃、名家の天才剣士がいるって聞いて…ずっと憧れで、目標にしていたんだ」
俺「そうでもなったら…わざわざ奥義返しなんて、編み出すもんか…」
女剣士「…そっか、両想いだったんだ」ニコ
女剣士「…………」
女剣士「……お願い」
俺「……」シュッ
ザクッ
女剣士「……」ヨロ、ヨロ
女剣士「…………」チラッ
俺「…………」
騎士「逃げるぞ! 追えっ!」
女剣士「…………」バッ
俺(騎士長様……すいません……女剣士……ごめん……)ポタポタ
―一週間後―
騎士C「あれが、犯罪者と前騎士長様の仇を逃がした奴か…」
騎士D「おい、止めろ」
俺「…………」
騎士C「事実だろうがっ! あいつはあの時、あのアマを殺せてた!」
騎士C「それを……!」
騎士C「お前、聞こえてるんだろ! 何とか言えよ!」ガッ
俺「…………」
騎士C「何か言ってみろよおっ!」ボロボロ
騎士C「知ってるんだろ? 騎士長様は今、ベッドに寝た切りで……」ウッ、ウウ
俺「…………」
騎士D「…怪我人相手だ、止めろ」
―半年後―
騎士D「そろそろ復帰したらどうだ? 元天才騎士よ」
俺「…………」
騎士D「いい加減にしろ! 何もしないお前を庇っているのも、もううんざりなんだよ!」ドンッ
俺「もう……以前のように動かないんだ、俺の腕」
俺「天道貫に、ほとんどやられてる。左手の握力は未だに元の半分以下だよ」プランプラン
騎士D「それを言い訳にしているだけだろうが!」ガッ
俺「…………」
騎士D「……お前、酒臭いぞ」
俺「いいだろ? どうせ何もしないんだから」
騎士D「なっ…!」
俺「もうクビにしてくれ」
俺「あの殺人鬼も、しばらくは暴れてたけど、もうすっかりなんだろ?」
俺(多分…俺が出てこなかったからだろうな)
騎士D「この、クズが!」ガンッ
俺「うぐっ!」
―二年後・廃棄街の闘技場―
司会「さあ、賭けた賭けた!」
司会「今日の試合は無敗の剣士俺ェ! そして、正体不明の仮面男!」
司会「夢のドリームマッチだあああ!」
観衆「うおおおおお!」
観衆「当然、俺に賭けるぞお! あいつが負けるところは想像できねぇからなあ!」
俺「…………」フラフラッ
仮面男「テメェが、百連勝剣士か。近くで見るのは初めてだな」
仮面男「おい、何か言ってみたら…」
俺「……騎士長、ですか?」
仮面男「はあ?」
俺「ごめんなさい、ごめんなさい…」
俺「俺のせいで、こんな…」
仮面男「おい、何言ってやがる。別人だ」
俺「違う、のか…?」
仮面男(なんだ、妙だぞ)
俺「女剣士…? そうか、お前か」
仮面男「は?」
俺「会いたかった…ずっとだ。ごめんな、ごめん…」
仮面男「お前…ヤクやってやがんな」チッ
仮面男「命懸けの試合前にトリップかよ」
仮面男「こんなのが裏闘技場の無敗剣士? 悪い冗談…」
俺「今度こそ殺してやるからな、安心しろ」ギロッ
仮面男「!」ゾオッ
仮面男(こいつはまずい! 俺の本能が訴えてやがる!)
仮面男(癪だが、守りに入る! 近づかれたら、下がりながら牽制して、まずは様子を見る!)
ザンッ
仮面男「いつ、近付いて……あ……」
俺「…………」
司会「しょ、勝者! 俺!」
観衆「うおおおっ! マジで強すぎるだろアイツ!」
観衆「ヤベッ! 倍率低すぎwwwwま、確実に勝てるもんなwwww」
観衆「ここ数戦、明らかになんか鬼神がついてるよな。来たばっかりのときとは段違いだ」
?「…ふむ、噂に聞いていた以上だな」
司会「さすが俺様です。貴方こそ、最強の剣士に相応しい」
俺「……それより、アレをくれ、報酬をくれ、なあ。残りが少ない」ガタガタ
司会「わかっていますよ。はい…ゴブリンパウダーです」ニヤッ
俺「…………」スースー
女勇者「薬漬けにして強引に戦わせるなんて…あまりに酷い」
司会「なっ! だ、誰だ」
女勇者「キミ達の行いは、ボクが許さないよ」ジャキン
司会「馬鹿な! 護衛の奴らがあれだけいたのに、たった一人に突破されたのか!?」
司会「こ、こいつはうちのスターだ! 手放すわけには…!」
女勇者「なら、力づくでもらっていくよ。ボクも、その人の力が必要なんだ」
司会「う、うぐ…!」
俺「…止めてくれ」
女勇者「今のキミは、薬物に依存しているだけだ! 少し遠ざけて、聖水で毒抜きを続ければ…!」
俺「アレがないと、俺は駄目なんだ…。罪悪感に押し潰されて、何もできなくなる」ガタガタ
俺「もう、俺は何もしたくないんだ…」
俺「ゴブリンパウダーだけが、俺に全てを忘れさせてくれる…お願いだ、止めてくれ…帰ってくれ…」
女勇者「…駄目だ、キミは連れていく。ボクがもらうよ」
俺「他にもいるだろ…腕が立つ奴くらい…放っておいてくれ…どうせ、使い物にならない…」
俺「俺が一番わかってるんだ…。魔王にも世界にも、興味なんてないんだ…」
司会「そ、そうだそうだ!」ドンッ
女勇者「キミは黙っていろ」ギロッ
司会「ひ、ひいっ!」
女勇者「…キミの想い人を、ボクが見つけたと言っても意見を変えないのかい?」
俺「!」
女勇者「魔王の側近の暗黒騎士は、キミの捜している女剣士だよ」
俺「ほ、本当なのか!」
女勇者「…ようやく、人間らしい顔をしたね」ニコッ
女勇者「一度剣を交えたから間違いないよ」
女勇者「…もっとも、悪魔の心臓を移植して魔人化してるけどね」
俺「お、女剣士…」
女勇者「あんな化け物と魔王の連戦じゃ、さすがのボクでも分が悪すぎる」
女勇者「いいかな? 今度こそ、キミがあの娘を止めるんだ」
司会「ま、待ってくれ! キミにここを出ていかれたら、私はお終いだ…!」
司会「残ってくれ…! お願いだ!」
司会「キミと奇妙な友情を感じていたのは、私だけなのだろうか…?」
俺「…司会さん」
女勇者「別にボクは、王国にチクって今すぐここを終わりにしてもいいんだけど」
司会「ど、どうぞ、お好きに連れて行ってください勇者様!」バッ
女勇者「クズが…」チッ
女勇者「ゴブリンパウダーを持ってきてくれ。できるだけたくさんだ」
司会「ゆ、勇者様が、そんなものを…?」
女勇者「そんなわけがないだろう。この人用だ」
女勇者「すぐに使用量をゼロにすることはできない」
司会「そのう…しかしこれは、高価なブツでして…ね?」
司会「勇者様に余裕があるのなら、少しばかり恵んでいただけるとこちらもスムーズに出せるといいますか…」
女勇者「……」ブンッ
司会「ひいっ!」
女勇者「早くしてくれないか」
司会「わ、わかりました。ただちに…」
俺(この人…口調こそ穏やかだけれど、怖いな)
女勇者「自己紹介は必要かい?」
俺「いえ…勇者様のことは、存じ上げております」
女勇者「楽にしてくれ。元より、ボクが無理を言ってキミについてきてもらっているんだ」
俺(魔王に対抗する人間として神に選ばれた、神紋を持って生まれた少女…)
俺(生まれ落ちたそのときに、最強の人間であることを決定づけられた存在)
俺「なぜ、俺を…?」
女勇者「話した通りだ。側近と魔王を同時に相手取れないから、どうしても仲間が必要になったのさ。あの戦いを見て、確信したよ。キミはこの国で、ボクの次に強いよ」
女勇者「自惚れみたいな言い方になっちゃったね…ごめんね」タハハ
俺「いえ…」
女勇者(ずっとぼうっとしてるな…ゴブリンパウダーのせいか)ジッ
女勇者「キミの事情は遠巻きには知っているけれど、深くは知らないんだ」
女勇者「だけど…キミが話さないのなら、根堀り葉掘りは訊かないよ」
俺「……ありがとうございます」
女勇者(話してはくれない、か)
女勇者(初めて肩を並べて戦える仲間だから、もっと親交を深めたかったのだけれど)
女勇者(彼は、ボクに関心がないらしい)ハァ
女勇者「ちょっと寂しいな…」
女勇者(ふう…旅続きは疲れる)チャプン
女勇者(ボクも歳頃の女の子なのだから、こんな異郷の湖ではなく、もっと綺麗なところで身体を洗いたいのだけれど…)
女勇者「仕方がない、か。魔王城の近くなのだから」
女勇者(あの人は色恋に関心がなさそうだから、そういう意味では仲間として安心できるのかな)
女勇者(ちょっと複雑だけれど…)
俺「……」スッ
女勇者「き、きゃあっ! お、俺さん、そういうのは…!」
俺「……悪い、ヤクでぼうっとしていたらしい」スッ
女勇者「…………」
女勇者「可哀想な人」ボソッ
俺「頼む…寝る前に、頼む…」ガリガリ
女勇者「もう少し、量を減らさないと…」
女勇者「食事を増やして気を紛らわせるとか…」
俺「食べても食べても、気持ち悪いだけなんだ!」
女勇者「…ゴブリンパウダーさえなければ、キミは本当に最高の仲間なのだけれどね」
俺「お前にはわからねぇだろうなあ!」
俺「頭痛が酷くて、頭がイライラして、寒くて、寂しくて…」ガタガタ
女勇者「…わかったよ。使うといい」ハア
ガサコソ
女勇者「……」ウツラウツラ
女勇者「キミ……まだ、起きているのかい?」
俺「……」ガバッ
女勇者「きっ、きゃあっ!」ドサッ
俺「暴れないでくれ…」ハァハァ
女勇者「キミがそういう人だとは思わなかった! 心底軽蔑したよ!」
女勇者「今なら、なかったことにする。早くボクの上から降りてくれ……!」
俺「…………」ハアハア
女勇者「降りろ! このっ、下衆が! 本当にボクは、キミに失望した!」
女勇者「この…ヘンタイがっ!」ドカッ
女勇者「信用していたのに…サイテイだよ!」ツゥッ
女勇者「こ、今後、ボクの三メートル以内に近づかないでくれ!」
俺「お、俺を、見捨てるのか…」ポロポロ
女勇者「な、何も、泣くこと…!」
俺「寂しいんだ、苦しいんだ」ガタガタ
女勇者「……」
俺「お願いだ…俺を、俺を受け入れてくれ」
女勇者「…………」
女勇者「……わかった、よ。元よりボクが、強引に手伝わせている、命懸けの旅路だ」
女勇者「ああっ、うぐ、ああ……んはぁ……」ハァハァ
女勇者「ボ、ボク……初めてだったのに、こんな、激しく……本当に、酷いよ……キミは」ギュッ
俺「……」ギュウッ
女勇者「キ、キミ……」
俺「もう、もう離さないからな…」
女勇者「そ、そんな恥ずかしいこと言わないでくれよ。ボ、ボクはあくまで、その……」
俺「女剣士……もう、離さないからなあ……ごめんなあ……」ボロボロ
女勇者「…………」
女勇者「……ああ、そういうことか」ボソッ
俺「……悪い、女勇者さん。どう謝ったらいいのか……」
女勇者「いいよ」
俺「ゴブリンパウダーを使い過ぎた後に……たまに、ああなっちまうんだ」
女勇者「いいよ」
俺「……そんなあっさり許せるわけ」
女勇者「ボクは自分のことは、女だと思ったことはない。ただの魔王を倒すための、王国の武器だと思っている」
女勇者「だから、いいよ。全く気にしていないから、好きに扱ってくれ」
女勇者「それでキミが旅に専念できるなら結構なことだ」
俺「…………」
俺「…………」ガリガリ
女勇者「どうしたんだい、キミ。そんなに辛いなら、アレをそろそろ使った方が……」
俺「いい……」
俺「もう、いい……」ガリガリ
女勇者「……そうかい」
女勇者「寝る度に騒がれても迷惑なのだけれどね」
俺「わかってる…善処する…」ガリガリ
女勇者「…………」
女勇者「動かないでくれよ……」
女勇者「はい、巻き終わったよ」
俺「悪い…ドラゴンなんか、鈍い奴の爪を受けるなんてな」ゼェゼェ
女勇者「戦いに集中できていないからだ」
女勇者「今のキミは、足手まといだよ」
俺「そこまで……」
女勇者「そこまでだよ」
女勇者「使いなよ、ゴブリンパウダー」ギロッ
俺「それは、できない……」
俺(そろそろ抜けて来たんだ……)
俺(もうちょっと我慢すれば、剣の腕だって……!)
俺「発作を抑えるためには、とにかく聖水を呑めば!」ゴクゴク
俺(余計に渇く……なんだ、これは!)ハアハア
俺「うう、ううう……」ボロボロ
女勇者「聖水に入れておいたんだ、ゴブリンパウダー」
俺「は、はぁ!?」
女勇者「いいかい、キミの剣の腕は、ゴブリンパウダーありきのものなんだよ」
女勇者「気が付いていなかったわけがない」
女勇者「あの超人的な集中力は、ゴブリンパウダーの副産物なんだ」
俺「そ、そんな……」
女勇者「だから、抜けたら剣の腕が戻るなんて幻想だよ。キミには、魔王討伐が終わるまではゴブリンパウダーを服用してもらう」
俺「う、うう、ううう……」ヨロッ
俺「女剣士、女剣士、女剣士!」ハァハァ
パンッ、パンッ、パンッ
女勇者「んぐっ、はぁ! ああ、そうだよ! ボクが、ボクが、キミの女剣士だよ」ハァハァ
女勇者「大丈夫、だよ…んっ! ボクは、いなくならないからっ! キミの前から!」
女勇者「キミのすべてを受け止めてあげるよ、ボクだけが!」
俺「愛してるぞ、女剣士……女剣士……」ギュウッ
女勇者「ああ、ボクも、ボクも、愛してるよ……俺……」ギュウッ
女勇者「キミが誰を見ていても……ボクだけは、キミを見ているからね……」
女勇者「ほら、早く使っておくれよ、キミ」ドサッ
俺「だ、大丈夫だ……ここまで服用しなくても……」
女勇者「魔王との戦いで、キミに足を引っ張られたくないんだ。わからないかな?」ギロッ
俺「そ、そんな……だが……」
女勇者「……」イラッ
女勇者「早く使えよ! 散々ボクを身勝手に犯しておいて、今更自分の身が可愛いから使いたくないのかキミは!」
俺「…………」
女勇者「また魔王城まで戻ってこられたよ」
女勇者「やっぱり仲間がいると、ペースが全然違うよ。キミがいてくれてよかったよ」ギュウ
俺「…………」
女勇者「奥の王の間に、魔王と……女剣士さんがいるよ」
女勇者「ボクは魔王を殺す」
女勇者「その間に、キミは、女剣士さんを殺すんだ。いいね?」ズイッ
俺「……わかっている」
女勇者「余計な気は起こさないでくれよ。彼女は、魔人になってから既に千人以上を殺してるんだ」
俺「……勿論だ」
女勇者「…………」
女勇者「キ、キミ、さ……その、この戦いが終わったら……ボクと結婚しなよ」カアッ
俺「え……」
女勇者「キミみたいな末期の中毒者の傍で支えてあげられる理解者は、ボクくらいしかいないよ」
女勇者「キミはボクがいなかったら生きていけない。そう思うだろう?」
俺「だが、だが、俺は……」
女勇者「ボクがわざわざキミのゴブリンパウダーの使用量を調整して……それも、なるべく使用量が少なく済む様に、こうしてキミを抱きしめてあげているんだよ」ギュッ
女勇者「少量でもしっかりと、夜に眠れるようにね」
俺「だが、俺なんかで……」
女勇者「い、言っておくけれど、魔王討伐のために今は付き合ってあげているけれど、それが終わったら……わざわざボクは、他人のためにそんなことはしてあげないからね」
女勇者「しっかり……その、自分の今後も考慮しておくれよ」
女勇者「まさか、また廃棄街の剣闘士になるつもりじゃあないんだろう?」
俺「…………」
俺「少し、考えさせてほしい」
俺「その……魔王討伐が、終わるまで……」
女勇者「まさか、キミは、これだけボクを傷物にしておいて、さようならするつもりなのかい? ねえ?」ギロッ
俺「……わかった」
俺「魔王討伐が終わったら、結婚しよう。女勇者」
女勇者「……ありがとう。ごめんね、脅すような言い方をしてしまって」ギュッ
女勇者(大丈夫だよ……。キミは、ボクが、絶対に人並みの幸せを送れるようにしてあげるからね)グッ
女勇者(そのためにも、キミには女剣士を殺してもらう)
―魔王城―
魔王「……ふむ、また来たのか」
魔王「まさかこの魔物の王たる我が、たった一人の人間を警戒せねばならんとはな」
魔王「おのれ、神紋の女神め……」チッ
俺(あれが、魔王……)ゴクリ
俺(千年に渡り、魔物を生み出し続けてきた怪人)
俺(かつて万の兵が魔王を倒すべく送られたというが、道中の魔物に滅ぼされ、一人として魔王の元まで辿り着くことができなかったという)
俺(俺は、そいつの前まで来たというのか)
魔王「なんだ……? 神紋を持たぬ、ただの人間が紛れているではないか」
魔王「神紋なくば、我が魔法も、闇の衣も退けることが叶わぬぞ」ハンッ
魔王「場違いな虫けらめ。まずは貴様から消してやろう」
俺(こんな奴相手に、本当に俺なんかの剣が通用するのか……?)ゾッ
女勇者「わかっているだろう? キミは、あいつの相手をしなくていいよ」
魔王「クク……勇者とて、所詮は人間か。一人が寂しく、情夫を雇ったとはな!」カカカ
女勇者「彼は、必要な人材だった。それだけだ」
魔王「建前に過ぎぬな。我が魔眼は、嘘を見抜くぞ」
魔王「貴様ら……通じておるな」ククッ
女勇者「なっ!」
魔王「女神も人選を誤ったものよ。如何に強大な力を持とうと、人間であることが枷となる」
魔王「やはりその男から消し飛ばしてくれるわ!」
魔王「何発避けられるか見物だな!」シュウウウン
俺「あの光は……!」
女勇者「く、来る! 魔弾だ! 一か所に留まるな!」
スッ
女剣士「…………」
俺「お、女剣士……!」
俺(顔は青色になって、髪は白くなっている……)
俺(背には禍々しい翼があり、獣のような爪と牙……)
俺(本当に……人間を辞めてしまったのか)グッ
魔王「そこに立つな、魔法の邪魔だ」
女剣士「……あの男の相手は、私に任せてください」
魔王「あんな雑魚はどうでもよかろう。それより、勇者の方を……」
シュンッ
ガッ
魔王「……その剣では、闇の衣のある我は斬れぬぞ」
女剣士「魔力が尽きるまで斬ってもいいのですが」
魔王「チッ、好きにするがいい。そいつが因縁の男か。早く終わらせるのだぞ」
俺(今の剣……全く見えなかった。人間の頃とは段違いだ)
俺(だが、やるしかない)
俺(俺は……今度こそ、もう逃げない!)シュッ
キィンッ キィンッ
ガッ
女勇者「剣の方はあまり得意じゃないみたいだね」
女勇者「速いけど、技術自体はボクの俺さんとどっこいどっこいってところか」
魔王「黙れ小娘が!」シュウウウ
タンッ
女勇者「剣士の目の前で魔法なんて、間に合うわけないだろ?」
魔王「うぐっ!」
ズパッ
魔王「ガハッ! こ、小娘がァ!」
女勇者「どうしたんだい?」
女勇者「あの子達より、ボク達の方が先に決着が着きそうだよ」
魔王「女神め……勇者め……!」ゼェゼェ
俺「……ずっと、会いたかった」
俺「ごめんな……あの日、とどめを刺してやれなくて」
女剣士「…………」
女剣士「……今度こそ、殺してくれるの?」
俺「ああ」
俺「愛してるよ、女剣士」
女剣士「…………」
俺「人生最高の試合にしよう」シュッ
シュッ、シュンッ
シュッ
ドガッ!
俺(防戦一方……!)キィン
俺(女勇者が、魔王と同時に相手取れないと判断したわけだ)
俺(女剣士と魔王に前衛と後衛を分けられたら、如何にあの子でも手数が足りなすぎる)
女剣士「どうしたの? 私を殺すんじゃなかったの?」
女剣士「ねぇ、早く殺してよ」
女剣士「貴方の剣で、私を突き刺してよ」シュンッ
俺「ぐっ!」カァン
女剣士「早く早く早く早く」
キンキンキンキンンキンッ
俺(剣が、速すぎる……!)
女剣士「早く早く早く早く早く早く早く早く」
俺(人間の限界を、二回りは超えている!)
女剣士「早く早く早く早く早く早く早く早く」
女剣士「早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く」
キンキンキンキンンキンッ
キンキンキンキンンキンッ
ザシュッ
女剣士「あ、がはっ!」
俺「言われなくてもだ!」ゼェゼェ
女剣士「アハ……痛い。血が流れてる。まともな傷を負ったのなんて、もう随分と久し振りみたい」
女剣士「痛いのが、すっごく気持ちいい」ペロ
魔王「我が、我が滅びるわけがない!」ゼェゼェ
魔王「我は千年生き続けた魔物の王なり!」
魔王「滅びるのは貴様ら人族だ!」
女勇者「長く生き続けただけあって、さすがにしぶといね」ゼェゼェ
女勇者「でも、すぐに楽にしてあげるよ」
女勇者「闇の衣も、随分と薄くなったじゃないか」
女勇者「その光が、お前の命の灯火なんだろう?」
魔王「な、なにをしておるのだ女剣士! そんなただの人間、すぐに捻り殺してしまえ!」
魔王「早く我の、補佐をしろぉっ!」
女勇者「急かさないであげてくれよ」
女勇者「俺さんには、しっかりあの子との件に決着をつけてもらわないといけないからね」
女勇者「これから俺さんと人生を歩むのは、あの子じゃなくてボクなんだから」
女勇者(きっちりとケジメをつけて、ゴブリンパウダーを断って……それからようやく、ボクのことをちゃんと見てもらえるようになるんだ)
俺「うおおおおっ!」ザシュッ
女剣士「アハ、アハハハハ……」ドクドク
俺(胸部をかなり深く斬った)
俺(魔人の身体とはいえ、さすがに……!)
女剣士「斬られる度に、貴方の愛を感じる……」
俺「!」
女剣士「私の愛も、受け取ってぇっ!」
ズシュッ
ザシュッ
俺(左耳と、左肩が……!)
キンキンキィン
俺(あっさり斬らせてくれたわけだ。魔人の身体が、予想以上にタフ過ぎる)ゼェゼェ
俺(ゴブリンパウダーで痛覚が麻痺してなかったら、追撃でまず殺されてた……)
女剣士「アハァッ!」
俺(頼む……)
俺(この戦いで、死んだっていい)
俺(だから……この試合だけは勝たせてくれ!)
シュンッ
ズシュッ
女剣士「凄い、凄い、凄い……今の私が、貴方の剣に追いつけない」
女剣士「やっぱり貴方は、本物の天才だった」
俺「ゴブリンパウダーを、減らさなくてよかった」ボソッ
俺(女勇者の言う通りだ。地下闘技場に落ちてから、俺を支えていた強さの一端は間違いなくゴブリンパウダーだった)
俺(今の俺は……ゴブリンパウダーと脳内麻薬の興奮作用と痛み止めが、ぐちゃぐちゃに混ざってるみたいだ)
俺(全身どころか、まるで辺り一帯の空間中が俺の目になったみたいだ)
キィンキンキンッ
俺(今まで見た何より速いはずの女剣士の動きが、遅く見える)
俺(脳の処理に、身体が追い付かないのが口惜しいくらい)
俺(頭が凄い熱くて、それが恐ろしく気持ちいい)
俺(きっと俺の脳は、この戦いが終わったらダメになっちまう)
俺(だが、今の俺なら、女勇者にだって勝てそうだ)
ザクッ、ズシュッ、バシュッ
ザシュッ、ザシュッ
女剣士「あ、ああ、あああっ!」ハァハァ
ザクッ、ザクッ
女剣士「もっと……もっともっと、私を壊して!」ハァハァ
女剣士「もっともっと、もっともっともっともっと!」ハァハァ
ザンッ
俺(剣を持つ手を落としたっ!)
女剣士「ウフ、ウフフフ……さすが、貴方ね」ハァハァ
女剣士「まだ、終わりじゃないでしょ?」シュンッ
俺(爪で戦うつもりか?)
俺「ああっ! 今日は最後までやってやる!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキン
キンキンキンキンキンキンキンキンキン
ガシュッ
女剣士「貴方の利き腕、もらっちゃった。ウフ、ウフフフ」ハァハァ
俺「……くれてやったんだ。お前にな」
ドシュッ、ドシュッ
女剣士「あ……両腕、なくなっちゃった、あ、ああ……」ヨロッ
俺「これで終わりだ」ドスッ
女剣士「…………あ、ああ、心臓……魔族は……」バタッ
俺「終わった……これで、ようやく」ヨロッ
俺「愛してるよ……女剣士……ずっと、ずっと」ギュッ
魔王「女剣士が、敗れたのか……?」
女勇者「よかった……俺さん」ホッ
魔王「ま、まさか、まさか……」
魔王「最高位の魔人となった女剣士が、ただの人間に……?」
魔王「こんな、こんなことが……」ワナワナ
魔王「我が、我が、敗れるのか……?」
女勇者「よそ見してる場合かいっ!」シュンッ
魔王「う、うおおおおっ! 来るなああああっ!」
ザシュッザシュッ
女勇者「うぐっ……! し、しくじっちゃったか」
女勇者「大丈夫……まだまだ戦える。向こうも決着はついたんだし、すぐにこいつを殺す……!」
魔王「うおおおおおおおおっ! うあああああああっ!」バッ
女勇者「に、逃げるつもりかっ!」
女勇者(いや、違うっ!)ゾッ
女勇者「逃げて俺さんっ! 魔王は、キミを殺すつもりだ!」ダッ
魔王「ただの人間如きが、世界の代行者たるこの偉大なる我の邪魔をするなあああああっ!」シュウウウン
俺「なっ!」
俺(身体が……身体が、もう、動かない)
俺(限界を何周も超えてたんだ……)
俺「悪い、女勇者……俺は、ここまで……」
魔王「死ねええええええええいっ!」
魔王「我が暗黒魔法、至近距離から受けるがいい!」
俺「……っ」
ドゴオオオオオオオオンッ!
俺「…………」
俺「俺……生き、てる?」
女勇者「ごめ、んね……キミ」ドサッ
俺「おっ、女勇者っ! そんな、俺を庇って……!」
女勇者「ボク……約束守って、あげられないみたい」ニコッ
女勇者「フフ……みんな、ボクのことを知ったら馬鹿にするのかな」
女勇者「魔王を倒して、世界を救えるところだったのに……」
女勇者「ボクはそんなことより、キミ一人を助ける方がずっと大事だと思っちゃったんだ」
俺「お、女勇者……」
女勇者「おかしいよね」
女勇者「これで、これからも魔物が蔓延って沢山の人が苦しみ続けることになったのに……」
女勇者「ボクはそんなことより、キミがこれからどうなるのか、そのことばかりが頭の中でいっぱいなんだ」
女勇者「ごめんね……キミの隣にいられなくて」
女勇者「愛してたよ……凄く、誰よりも、何よりも」ガクッ
俺「う、嘘だよな……そんな……」
魔王「馬鹿な小娘め……だから人間であることが枷になると言ったのだ」ゼェゼェ
魔王「ク、ククク、情夫など雇うからこうなる」
魔王「最後に生き残るのはやはりこの我であった! フハハハハ!」
魔王「やったわい! 女神の奴を出し抜いてやった!」
俺(動け……俺の身体!)
俺(女勇者の想いを、旅路を、生き様を、無駄にするな!)スクッ
俺「うおおおおおおおっ!」
ザンッ
魔王「ハッ、神紋のない貴様には我を傷つけることなど叶わぬわ!」
魔王「すぐに楽にしてや……」
シュウウン
魔王「これは……」
魔王「闇の衣が、剥がれた……? 女勇者を殺したときに、我の魔力が尽きたというのか?」
俺「行くぞっ!」
魔王「止めろっ! そ、そうだ、世界の半分をお前にやろう! だからっ……!」
俺「死にやがれェッ!」
ザシュッ
魔王「あ、ああ……我が、我が、こんな、ただの人間に……! 勇者を凌いだというのに、馬鹿な……!」ドサッ
俺「女勇者……」ヨロッ
俺「なぁ、女勇者……お願いだ、目を覚ましてくれよ……」
俺「魔王……倒したよ。全部、女勇者のお陰なんだ」
俺「俺さ……結婚しようって言われて、本当に嬉しかったんだ」
俺「もう、まともに生きられることなんてないと思っていたから……」
俺「なのに、なのに、こんな……あ、ああ、あああ……」
「う、うう、あ……」
俺「え、まだ、生きて……?」
―一年後―
俺「……獣の皮、金に換えてくれ」
村人A「あ、ああ。旦那、よく隻腕でそんな大熊を狩れるね」
村人A「これ、金だよ。ほら」
俺「……」コクッ
タッタッタッタッタ
村人B「あいつ、頭が麻薬で駄目になってんだ。金なんて誤魔化してやればよかったのに」
村人A「そ、そういうわけにもいかねぇだろ」
俺(あのとき……女剣士が言い掛けていた言葉……)
女剣士『…………あ、ああ、心臓……魔族は…』
俺(あれは、魔族の心臓は二つある、ということだった)
俺(あの日、魔王を討伐した俺は女勇者を埋葬し……)
俺(四肢のなくなった女剣士を連れ帰って、山奥の小屋でひっそりと彼女と暮らしている)ギィ
俺「ただいま」
女剣士「あ、ああ……貴方……貴方……」
俺「愛してるよ、女剣士。……もう、どこにも逃がさないからな」ギュウッ
完
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