漫画家「娘さんを僕にください!」
父「……」
父「私はこれでも大企業に勤めており、今は部長をやっている」
父「妻と娘を養ってこれたのは、そのおかげだと自負している」
父「さて、私の大切な一人娘と結婚しようという君は、いったいなんの仕事をしてるのだね?」
漫画家「ま、漫画家です……」
父「漫画家だと!? そんな不安定な職の奴に娘をやれるかぁ!!!」
娘「お父さん!」
母「あなた」
娘「彼はちゃんと連載だって持ってるんだから!」
父「ほう、じゃあいわゆる単行本というやつは出したのかね?」
漫画家「現在、7巻まで出てます……」
父「7巻……ふん、とんだひよっ子ではないか! とても安定してるとはいえんな!」
娘「そんなことない! 人気も出てきてるんだから!」
父「ならば、その漫画とやらを読ませてもらおうか?」
漫画家「分かりました……1巻だけ持ってきてますので、どうぞ」
父「ふん……絵柄からして私好みではない……」
漫画家「……!」
父「ふむ……ほう……」
父「おっ! ほう……ふむ……」
娘「お父さん?」
父「ちょっと黙って! 話しかけないで!」
父「おお……。む……ほう、ほう……うん……。そうきたか……ほぉう……」
父「ふぅ」パタンッ
漫画家「いかがでしたか?」
父「つまらんな。これほどまでにつまらない漫画を読んだのは生まれて初めてだ」
漫画家「そう、ですか……」
父「で、2巻は?」
漫画家「いや、1巻しか持ってきてないですけど」
父「なんでだよ!!!」
父「こんないいところで1巻終わらせといて、2巻持ってきてないだとぉ〜!?」
父「貴様は私を舐めてるのか!」
漫画家「も、申し訳ありません!」
娘「お父さん、安心して」
父「む?」
娘「あたしがちゃーんと7巻まで持ってきてあるから」
父「おお、そうか! ではさっそく……」
父「ふぅ……つまらなかった……」パタンッ
父「で、8巻は?」
漫画家「まだ出てないですけど……」
娘「7巻までだってさっきいったじゃない」
父「なんだとぉ〜!? 8巻はいつ出るんだよ!」
漫画家「今の連載ペースだと……多分二ヶ月後ぐらいかな、と」
父「そ、そんなに待たねばならんのか……」
父「……」ガックリ
娘「お父さん! ガッカリしてないで、話の続きを……」
母「ダメよ、こうなったらしばらくこのままだわ。また日を改めて、ね?」
娘「まったくもう……」
帰り道――
漫画家「あの反応じゃ手応えなかったなぁ……」
娘「いや、ありまくりだったと思うけど」
父「……」
父(あれから、漫画喫茶などで単行本になってない現在連載分まで読み、完全に追いついてしまった!)
父(しかし、主人公は未だ強敵と戦っている最中……)
父(いったいどうなってしまうんだ!? 主人公は勝てるのか!? 気になって夜も眠れん! 仕事も手につかん!)
父(こうなったら……)
父「もしもし?」
娘『どうしたの、お父さん』
父「あのさ、彼氏が連載してる漫画、これからどうなるのか教えてくれない?」
娘『んなもん、あたしが知るわけないでしょ!』
父「いや、彼ならお前にだけ今後の展開とかこっそり教えてるだろ?」
娘『そんなことするわけないでしょ!』
父「教えてくれよぉ、主人公がどうなっちゃうのか気になるんだ!」
娘『そんなに聞きたいなら、彼に直接電話すれば?』
父「そうしよう! 番号教えてくれ!」
娘『えっ!?』
ピリリリリ…
漫画家「……知らない番号だな」
漫画家「もしもし?」
父『やぁ、君かね。君の彼女の父です』
漫画家「!? ……ど、どうしたんですか!?」
父『君の描いてる漫画がこれからどうなるのか教えて欲しくてね』
漫画家「どうなるかって……教えられるわけないじゃないですか!」
父『頼むっ! ヒントだけでもいいんだ! 絶対バラさないから!』
漫画家「……分かりました」
漫画家「あまり詳しくはいえませんけど」
父『うんうん』
漫画家「主人公はあれくらいでくじけたりしませんよ」
父『そ、そうか!』
父『うおおおおおお! ありがとう! これで仕事に集中できる!』プツッ…
漫画家「これでよかったのかな……」
父「今、世の中は不景気で、我が社も苦境に立たされておる」
父「こういう時こそ、みんなの力を合わせて乗り切るのだ!」
父「よいか、くじけてはならん!」
ハイッ!
社員A「部長……すげえ気合入ってんな。こっちまで熱くなってくるよ」
社員B「まるで物語の主人公みたいだぜ」
父「さて、今週号はどうかな、と」
父(あれ載ってない……おかしいな? 目次は、と……)
父「え!?」
『作者体調不良のため、しばらく休載いたします』
父「な、なんだとぉ!? 休載!?」
父(こうしちゃおれん!)
娘(彼、体壊しちゃったから、こういう時こそあたしが支えてあげないと!)
娘「やっほー! 調子はどう?」
父「おかゆを作ったぞ」
漫画家「ありがとうございます。いただきます」
娘「お父さん!?」
娘「ちょっと、なんでお父さんがここにいるのよ!?」
父「雑誌に休載の告知が出てたから、飛んできたのだ」
父「どうだ、うまいか?」
漫画家「おいしいです」ハフハフ
父「娘が風邪ひいた時は、よく作ったものだ」
娘「ったく……あたしの彼女としての立場はどうなんのよ」
……
娘「……」フゥ…
父「娘よ、どうした?」
娘「彼がね、すっかり落ち込んじゃってて……」
父「彼が? なぜだ?」
娘「漫画の今の展開が、読者から不評らしくてさ。よせばいいのに、彼も色々と感想を見ちゃったらしくて……」
父「……!」
漫画家「……」
父「息子よ」
漫画家「あ、お父さん、なぜここに?」
父「娘から、君がスランプになってると聞いて飛んできたのだ」
漫画家「そうだったんですか……。すいません、ご心配をかけて……」
父「かまわん。それより話を聞かせてくれ」
漫画家「今、僕の漫画では主人公が敵に追い詰められる展開が続いていて……」
漫画家「僕としてはここが主人公の踏ん張りどころだと思ってるのですが……」
漫画家「ネット上などで結構叩かれてるのを見ちゃいまして……」
漫画家「編集からも、今すぐ主人公が挽回する展開にすべきといわれてて……」
漫画家「どうすればいいのか、と……」
父「今の君は、主人公と同じ立場にあるようだな」
漫画家「え」
父「ピンチの連続で、心が折れそうになっている」
漫画家「そう、ですね……。おっしゃる通りです……」
父「だが――」
父「君の描く主人公はどんな窮地でもくじけたりしなかった。今までも、そしてこれからも」
父「それは君も……同じはずだ」
漫画家「!」
父「主人公の絶体絶命をとことん見せたいのなら、そうすべきだ。中途半端はいかん」
父「深い谷を這い上がったその先にこそ、感動があるのだから!」
父「読者とて、君の描きたかったことをきっと分かってくれるはず!」
父「自分を信じろ! 読者を信じろ! そして……私を信じるのだ!」
父「たとえ世界中の読者が君を非難しても、たとえ打ち切りになってしまったとしても、私は君の味方だ!」
漫画家「……はいっ!」
娘「彼、スランプを乗り越えたみたい!」
娘「主人公が長いピンチを乗り越えた後の大逆転展開が、大好評らしいし!」
娘「もし、主人公があっさり逆転してたら、こうはならなかったかも」
父「フッ、世話の焼ける……」
娘「ん、なにかいった?」
父「いや、なんでもない」
……
漫画家「うーん……」
娘「あら、今度はどうしたの?」
漫画家「近頃、展開がマンネリ化してるような気がするんだ」
娘「そうかなぁ?」
父「まあ、分からんでもないな。今やってる章は、前の章とストーリーがやや似通っている」
漫画家「そうでしょう」
娘「ハハ、二人だけにしか分からない世界……」
漫画家「マンネリを打破するにはどうしたらいいだろう?」
娘「そうねえ……ただ変わったことすればいいってわけでもないんでしょ?」
漫画家「うん、奇をてらうだけじゃダメだ。呆れられてしまう」
父「だったら、新キャラを出したらどうだね?」
漫画家「新キャラを?」
父「たとえば、こういう……」カリカリ…
漫画家「あ、これいいですね!」
娘「おもしろーい!」
漫画家「このキャラ、ぜひ出しましょう! 絶対ウケますよ!」
父「え!? いや、まずいよ。素人が思いつきで作ったキャラなんか出したら……」
父「私のキャラのせいで、漫画が打ち切りになったら立ち直れないよ」
漫画家「そこは僕の腕の見せ所です。任せて下さい!」
娘「やっちゃえやっちゃえ!」
父「ああ……打ち切りになりませんように……」
娘「お父さん、この新キャラ大人気じゃない!」
父「そうみたいだな」
娘「嬉しくないの? 自分が作ったキャラが人気になったんだよ」
父「別に……すでに私の手を離れているからな。大して嬉しくもない」
娘「そんなもんかね」
父「……」
母(私は知っている。真夜中にガッツポーズしてたのを)
編集者「キャラもだいぶ増えてきましたし、ここらで人気投票をやりましょうか」
漫画家「いいですね、一度やってみたかったんです!」
編集者「一位は誰になると思いますか?」
漫画家「そうですね。うーん……主人公かライバルか……ヒロイン……」
編集者「新キャラも結構いい順位いけそうですよね」
漫画家(お父さんの作ったキャラか。10位以内に入れるといいな)
編集者「見て下さいこれ。ハガキを段ボール箱一杯に送ってきた人がいますよ」ドサッ
漫画家「うわ……すごい」
編集者「全部新キャラに投票してますね。しかも、やたら字が達筆だ」
漫画家「どんな人だろう? 名前は……」
漫画家(お、お父さん……!?)
……
娘「あら、スマホでなに見てるの?」
漫画家「ビクシブってサイトを見てるんだ」
娘「ビクシブ?」
漫画家「イラストや小説を投稿できるサイトでね。僕の作品のイラストも結構描かれてるよ」
娘「わっ、ホントだ。すごい!」
娘「だけど、エッチなのも多いね……。これなんか男キャラ同士で……」
漫画家「まあ、それはしょうがないよ」
娘「しかも一人だけ、毎日のように投稿してるじゃない」
漫画家「ホントだ」
娘「上達ぶりがすごいね。最初は落書き同然なのに、最新のイラストはまるでプロよ」
漫画家「下手すりゃ、作者である僕より上手いかも」
娘「アハハ、いっそ描くの代わってもらえば?」
漫画家「ええと、この投稿者の名前は……」
娘「お父さんじゃん!!!」
娘「イラストを投稿するなとは言わないわ」
娘「だけどなんで本名なのよ! 普通ペンネームみたいなのつけるでしょ!」
父「え、本名じゃいかんのか?」
娘「だって、会社の人に知られたら恥ずかしいでしょ! たしか部長なんでしょ!?」
父「別に」
娘「〜〜〜〜〜〜!」
父「むしろ、ビクシブを知ってる若い子から、社内報にイラスト描いてくれって頼まれたぞ」
娘「もうお好きにどうぞ」
……
店員「ありがとうございましたー」
娘(彼、ケーキ大好きだもんね)
娘(今日は締め切り間近だから、差し入れだけして帰ろう)
娘「やっほー、ケーキ買ってきたよー」
漫画家「これ背景頼む」
アシA「はい!」カリカリ
漫画家「ここの群衆頼む」
アシB「はい!」カリカリ
漫画家「お父さんはビルをお願いします」
父「うむ!」カリカリ
娘「ええええええ!?」
娘「お父さん!」
父「おお、娘か。みんな、娘が差し入れを持ってきたぞー。少し休憩しよう」
アシA「ありがとうございます!」
アシB「ありがとうございます!」
娘「なにしれっとアシスタントに混ざってんの! チーフアシみたいな風格だし!」
父「今日は会社休みだからな」
父「それに漫画を手伝えば最新のストーリーも読めるし、一石二鳥!」
父「さて、ケーキを食べるとするか。まずイチゴから……」
娘「ったく、休日は家でごろ寝してる世のお父さんを見習ってよ……」
……
漫画家「お父さん……」
父「なんだ」
漫画家「僕の作品はあれから巻数を重ね、雑誌の一翼を担うまでになりました」
漫画家「改めて申し上げます」
漫画家「娘さんを僕にください!」
父「……」
父「よかろう」
漫画家「長かった……やっとお父さんに認めてもらえたよ!」
娘「もはや何も言うまい」
司会者「新郎新婦のご入場です!」
パチパチパチパチパチ…
漫画家「今日はありがとうございます!」
娘「あたしたち、幸せになりまーす!」
父「くううっ……!」グスッ
母「あなたったら大泣きして」
父「違う、あくびだ! 昨日ずっとイラスト描いてて睡眠不足だから……」
結婚後、しばらくして――
漫画家「えっ、本当かい!?」
娘「うん……」
漫画家「えっ、本当ですか!?」
編集者「おめでとうございます」
漫画家「お父さん、今日は二つご報告があります」
父「ほう」
漫画家「嬉しい知らせと、さらに嬉しい知らせがありますが、どっちにしますか?」
父「贅沢な二択だな。私は好きなものは先に食べる主義でな……」
父「“さらに嬉しい知らせ”から頼む」
漫画家「分かりました」
漫画家「妻に……赤ちゃんができました!」
娘「……」ポッ
母「まあ、おめでとう!」
父「おお……ついに私も孫の顔を見られるのか! 嬉しいぞ! 元気な子を産むのだぞ!」
娘「お父さんったら大声出して」
漫画家「もう一つは……」
漫画家「僕の漫画のアニメ化が決まりました!」
父「やったぁぁぁぁぁ! よくやったぞぉぉぉぉぉ! ついに決まったかぁぁぁぁぁ!」
漫画家「あ、あれ……心なしか初孫の知らせより喜んでるような……」
娘「心なしかじゃないわよ」
おわり
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