国王「魔界にて、魔王が軍勢を整えているという情報が入った」
国王「これまでも散発的に魔物が侵入してくるような事例はあったのだが、こんなことは初めてだ」
国王「本格的な侵攻が始まれば、精強を誇る騎士団でも歯が立つまい」
国王「占いによると、この事態を打破できるのは――勇者、おぬししかおらん!」
占い師「ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒ! その通り!」
占い師「これは運命でございます。あなたはこの運命から逃れてはならんのですぞ!」
勇者「……はい」
勇者「とにかく……やってみます」
国王「うむ、頼んだぞ!」
勇者(魔王は千年以上生き、群雄割拠の修羅の大地だった魔界を統一したほどの猛者……)
勇者(そのスペックをまとめると――)
・素振りだけで山を吹き飛ばす
・鉄をも溶かす灼熱の炎を吐く
・千里を刹那で駆け抜ける
・天災に巻き込まれても無傷
・睨まれればどんな凶暴な魔物も恐れ入ってしまう
勇者「こんなもん……勝てるわけねえじゃねえか!」
勇者「なにが運命だ! 貧乏クジすぎる!」
占い師「どうすれば魔王に勝てるか、ですってぇ?」
勇者「そうだ!」
勇者「あんたは今までにも、さまざまな出来事を予知してきて、今の地位についた……」
勇者「今回のこともどうすればいいか分かってるんじゃないか?」
占い師「ヒィ〜ヒヒヒヒ、分かってるやら分かってないやら……どうでしょう?」
占い師「しかしながら、運命というものは己の力で切り開かねば意味がありませぬ」
占い師「いずれにせよ、知恵を振り絞ってみることです。さすれば道も開けましょうぞ」
占い師「それが……運命というものです」
占い師「ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」
勇者(くそっ……こいつじゃ話にならねえ。自分で何とかしなきゃ……)
老人「おお……勇者様、どうなさいました」
勇者「この地下の書庫には……たくさんの本があるんだろ?」
老人「はい、それはそれは膨大な数の書物が眠っております」
勇者「しばらくここで調べ物をしたい。入れてくれないか」
老人「かしこまりました」
老人「さ、どうぞ」
ギィィィィ…
勇者(ここで……魔王を倒す手掛かりを探すしかない!)
……
……
勇者(これでいったい何冊目になるか……いったい何日目になるか……急がないと……)
勇者「……ん?」
勇者(これは……この魔法は――)
勇者「これだ!!!」
勇者(“時空魔法”……!)
勇者(ごく限られた人間だけが、一生に一度だけ使える……)
勇者(好きな場所好きな時間に、一回だけ時間移動することができる!)
勇者(いくら魔王でも、昔から強かったってことはないだろうし……)
勇者(弱かった頃の魔王になら、きっと俺でも勝てる!)
勇者(昔の魔王を倒しちまえば、今の魔王もいなかったことになるはず!)
勇者(そうと決まればさっそくやってみよう)
勇者(なにしろいつ魔王が攻めてくるか分からないんだからな……)
勇者(俺が勇者であるならば、“ごく限られた人間のみ”って条件は問題ないはず)
勇者(あと気を付けるべきことは――“移動してられる時間はたった一時間”っていうのと)
勇者(“飛んだ先で死んだらもう戻ってこれない”ってことだ)
勇者(魔王を倒せても、俺が戻ってこれなきゃ意味ないもんな……)
勇者(飛ぶのは……千年前! 魔王が千年生きてるってんなら、この頃は未熟なはず!)
勇者(時空魔法よ、俺を“千年前の魔王がいるところ”へ飛ばしてくれ!)
勇者「いざ!!!」
ズオッ…
……
……
勇者(成功……したか?)
勇者(ここが千年前の魔界……想像通り、荒れ果ててるな)
勇者(おっと、この近くに魔王がいるはずだ! すぐ探して倒さなきゃ!)
少女「お兄さん、今どこから出てきたの?」
勇者「――え」
勇者(魔物の……女の子。外見はかなり人間に近いな……)
勇者「え……? えぇと……君は?」
少女「名前なんかないよ」
勇者「この辺に恐ろしい魔王がいるはずなんだけど……」
少女「魔王? なにそれ? ここに王様なんかいないよ。みんな好き勝手生きてんだから」
勇者(他に……それらしき奴はいない!)キョロキョロ
勇者(まさか……まさか……この女の子が……魔王!?)
少女「?」
勇者(間違いない……この子が魔王だ……)
勇者(こんな女の子が、いずれ魔界を支配する化け物になるなんて信じられない……)
少女「お兄さんこそ誰なのー?」
勇者(この子から強さは感じられない……。今なら殺れる!)
勇者(この子を殺さなきゃ、人類は滅ぶ! やるしかないんだ!)
勇者(だが……ッ!)
少女「無視しないでよー」
勇者(できない……!)
少女「もういい、知らない」プイッ
勇者(後ろ向いた!)
勇者(後ろからなら……あまり罪悪感を覚えずに……)チャキッ
勇者(やれ……やっちまえ俺! 一撃でバッサリ決めちまえ!)スッ…
少女「なにしてんのー」クルッ
勇者(こっち向くんじゃねえええええええ!)
勇者(くそっ……いかにも化け物って感じの見た目なら殺せたろうに……)
勇者(見かけで殺す殺さないを迷うとか……。我ながら身勝手な話だな)
少女「なんなのー?」
少女「いきなり現れてあたし無視して……もういい!」スタスタ
勇者(あっ、行っちゃう……)
勇者(どうする……? とにかくついていこう)
少女「ついてこないでよー」
勇者(そうもいかないんだよな……)
魔物「グハハハハ……!」ゴバァッ!
少女「きゃっ!」
魔物「うまそうなガキだ……食っちまうか!」
勇者(でかい魔物が出てきた! ありゃ相当強いぞ!)
勇者(ってラッキーじゃんか!)
勇者(あのままあいつが女の子を食ってくれれば、俺が手を汚さずに済む!)
勇者(名も知らない魔物よ……お前こそ勇者だ!)
少女「あーあ、あたしもここまでか」
少女「ま、いいや。とっとと食べちゃって」
魔物「いただきまぁぁぁぁす!」グバァァァッ
勇者「……」
勇者「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」
ザシュッ!
魔物「ぐおっ!?」
少女「……え!?」
魔物「てめえええ……!」ギロッ
勇者(倒し切れないか……!)
少女「ど、どうして!?」
勇者「逃げるぞ!」ガシッ
少女「えっ」
勇者「早くしろっ!」ダッ
魔物「……くそぉっ!」
勇者「ハァ、ハァ、ハァ……」
少女「お兄さん、どうして助けてくれたの?」
勇者「どうして、はこっちの台詞だ。なんで逃げようともしなかった?」
勇者「それに、あの魔物も君みたいな子供を狙うなんて……」
少女「だって魔界は弱肉強食だもん。強い奴に見つかったらはいそれまで」
少女「あたしを助けたお兄さんの方がおかしいよ」
勇者(こんな殺し合いが日々行われてるのか……とんでもない世界だ)
少女「質問に答えてよ。なんで助けてくれたの?」
勇者「……」
勇者「君みたいな女の子が襲われてるのをほっとけなかった。それだけだ」
少女「お兄さんって変わり者!」
勇者「ほっとけ」
勇者(くそう……こいつ殺さなきゃ魔王になっちまうんだぞ!)
勇者(なにやってんだよもう……)
少女「せっかくだし、一緒に遊ぼ?」
勇者「え?」
少女「いいでしょ?」
勇者「まあ……いいか」
勇者「実はここらへんはよく知らなくてね。案内してくれる?」
少女「いいよ!」
勇者(もう無理だ。俺にはこの子を殺せん。こうなったらパーッと遊んで帰ろう)
勇者(俺は勇者失格だな……)
ワイワイ… ガヤガヤ…
少女「ここらへんはわりかし平和なんだよ」
勇者「魔界といっても、どこもかしこも殺伐としてるわけじゃないのか」
少女「といってもケンカはしょっちゅう起こるけど」
ギシャァァァッ! グオオオオオッ!
勇者「……!」
勇者(ケンカってレベルじゃねえ!)
少女「魔界魚すくいやろ!」
勇者「魔界魚すくい?」
少女「この泉の中の魚はね、自由にすくっていいの」
魔界魚「ギシャァァァァァァ!」
勇者「うわっ、凶暴!」
少女「すくった魚は食べていいんだよ」バリボリ
勇者(うへえ、生で丸ごと……)
少女「お兄さんも食べる?」
勇者「遠慮しときます」
少女「このジュースはあたしの大好物!」チューチュー
勇者(どす黒いなぁ……)
少女「ほら、飲みなよ」
勇者(俺が飲んでも大丈夫かな……毒になったりして……)
チューチュー
勇者「おお、いける。甘くておいしい!」
少女「ね?」
少女「お兄さんの剣、見せてー」
勇者「これか?」サッ
少女「わっ、かっこいい! 持たせてー!」
勇者「いいけど……重いから気をつけてな」
少女「よく切れそう!」ヒョイッ
勇者(軽々と……ここらへんはやっぱさすが魔物だな)
少女「えいっ」ビュオッ
勇者「あぶねっ!」
少女「ごめんなさーい!」
勇者(危うく自分の剣で死ぬとこだった……)ドキドキ
少女「あー、楽しい! こんな楽しいの初めてだよ、あたし!」
勇者「俺もだよ」
勇者(勇者の一族は厚遇される代わりに、子供の頃から特訓漬けだからな……)
勇者(こんな風に誰かと遊んだことなんて一度もなかった)
勇者(さて、いよいよ残り時間が迫ってきた……)
勇者(どうする……)
勇者(この子は……話の分かる子だ。だとしたら、“人間はいい生き物だから攻撃するな”っていえば――)
勇者(俺が……未来を変えてみせる!)
勇者「俺はもうすぐ自分の世界に帰らなきゃいけない」
少女「え、そうなの?」
勇者「そしたら、もう二度と会えないかもしれない」
少女「どうして? なんで? まだ会ったばかりじゃん。嫌だよそんなの」
勇者「その前に……どうしても聞いてもらいたい話があるんだ」
少女「……うん」
勇者「実は俺は……魔界の住人じゃないんだ」
少女「へ?」
勇者「“人間”という種族なんだ」
少女「ニンゲン?」
勇者「知らないのも無理はない。まあ、魔界とは違う世界に住んでる生き物だと思ってくれ」
少女「ふうん……どうりで魔界魚を食べなかったわけだ。あんなおいしいのに」
勇者「そこで判断するの!?」
勇者「とにかく……それを踏まえて、君に頼みがあるんだけど……」
勇者「人間ってのは魔物に比べると、ずっと弱いんだ」
勇者「それに、大人しくて優しくて……とっても平和的な生き物なんだ」
少女「ふうん……?」
勇者「だから、えぇと……君が大きくなっても人間をいじめるようなことはしちゃいけないよ」
少女「……なんで?」
勇者「なんで、といわれると……」
勇者(ダメだ、いまいちピンときてない感じだなぁ。もう時間が……)
ズドドドドッ!!!
勇者「がふっ……!?」
少女「お兄さん!?」
魔物「さっきはよくもやってくれたなァ! あんなダメージ喰らったの久々だぜぇ……!」
少女「いやぁっ!」
勇者「マ、マジか……」ゴフッ…
勇者(胸と腹を……貫かれた……!)
魔物「さあ、次はお前だ!」
少女「あ……あ……」
勇者「……待て」
魔物「あ? まだ生きてんのかよ」
勇者「俺は仮にも勇者だ……魔王は無理でも、お前ぐらい……倒せなくちゃな……」
魔物「死にぞこないがっ!!!」グワァッ
勇者「だああっ!!!」
ズバァッ!
魔物「ごぶぁっ……! ぢ、ぢくじょ……」ズウン…
少女「お兄さん、お兄さん、お兄さん!」
勇者「これが……魔界か……。たった一時間も生きれないなんて、恐ろしい世界だ……」
勇者「魔界がこういう世界なら……君は強く、なれ……。なるしかない……」
勇者「強くなって……魔界を平和に……するんだ……」
少女「ううう……!」
勇者「そして……」
勇者「さっき……人間は平和的なんていったけど……とんでもない……」
勇者「魔界なんか関係なく……いつも争ってる……」
勇者「特に俺なんて……いずれ力をつけるかもしれない……君を殺そうとしたんだ……」
勇者「卑劣にも程がある……本当に……すまない……」
少女「お兄さんっ!」
勇者「けど……人間も悪い奴ばかり……じゃない……」
勇者「もし君が……大きくなったら……できれば……人間と、仲良く……」
少女「約束するっ! 約束するからっ! 死なないで!」
勇者「た、楽しかった、よ……」
勇者「あ、りが、と……」
勇者(ああ……意識が沈んでいく……)
勇者(俺は……死ぬんだな……)
勇者(だけど……出来れば……生まれ変わってでも、大きくなったあの子に……一目……)
勇者(……)
…………
……
国王「勇者は……どこで何をしておるんだ!?」
占い師「勇者様の居所は水晶にも出てきませんねえ」
国王「さては……勇者め、逃げおったのか!?」
占い師「ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒ!」
国王「笑いごとじゃないだろォ! しかし……逃げるような男とも思えぬが……」
兵士「陛下! 申し上げます! 魔王が城に現れました!」
国王「つ、ついに来たか……それで?」
兵士「陛下と……まず会って話をしたいと……」
国王「よかろう……通せ」
国王「……」
騎士団長「……」
占い師「いよいよ魔王のおでましですなァ!」
国王(魔王か……いったいどんな化け物なのか)ゴクッ
占い師「ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒ!」
国王「笑うなァ! いいよなぁ、他人事だと思って!」
ギィィィ…
国王(き、来た……!)
魔王「初めまして」
国王「え」
国王(魔王は……女性だったのか!)
魔王「突然このような訪問をした無礼、お許しを」
国王「あ、いや……」
騎士団長(見た目は美しいが……やはりとてつもない強さを秘めている!)
騎士団長(勇者殿がおられぬ以上、私がやらねば……!)
騎士団長「ま、魔王っ!」ババッ
魔王「……」
騎士団長「貴様らが軍勢を整えていることは知っている! 攻め込む準備は万端なのだろう!」
騎士団長「しかし我ら人間は、やすやすと魔界に屈しないぞ! 覚悟ォォォ!」ダッ
国王「よ、よせっ!」
キィンッ!
騎士団長(指一本で……剣を……)
魔王「よい太刀筋ですね」ニコッ
騎士団長「あ……」
騎士団長「……」ガクッ
騎士団長(勝てない……。たとえ勇者殿がいたとしても……)
国王「大変失礼をした……。いきなり斬りかかるなど……」
魔王「いえ、お気になさらず。どうか罰などお与えにならぬよう」
国王「さて……そちらのご用件を聞こう」
魔王「私は、長い年月をかけてついに魔界を統一し、魔王として君臨することができました」
国王(そして……次は人間界を狙うんだろう)
魔王「ついては、ここに正式に魔界と人間界で不可侵条約を結びたく、参上しました」
魔王「これまで魔界の不届き者がたびたびこちらに迷惑をかけていましたが……」
魔王「二度とそのようなことは起こらないと、ここに約束いたします」
魔王「軍勢を整えていたのは、今の魔界は統制が取れていることを示すため」
魔王「更には、我らの力が必要な時はいつでもおっしゃって頂きたい」
国王「……はい?」
魔王「この提案……受けてもらえるでしょうか?」
国王「受けてもらえるか……って、願ってもない話だ」
国王「だが、ちょっと待ってくれ!」
国王「おぬしは恐るべき力で魔界を統一したと聞いている」
国王「おぬしにとって、ワシらなどはっきりいって取るに足らない存在だろう!」
国王「もし仮に、ワシがおぬしの立場だったら、人間を支配下に置く道を選ぶ!」
国王「なのになぜ、このような提案を……!?」
魔王「約束をしたのです」
国王「約束……?」
魔王「千年前、私はある“人間”に助けられました」
国王「千年……」
魔王「私の人生からすればほんの一瞬の出来事ですが、今でも昨日のことのように覚えています」
魔王「あの方はとても勇敢で……とても正直な方でした」
魔王「その時、あの方はこういったのです」
魔王「“強くなって魔界を平和にしてくれ”“人間と仲良くしてくれ”と」
魔王「あの約束があったから、私は死に物狂いで強くなり、魔王となれたのです」
国王「そ、そうだったのか……」
魔王「ですから私の目の黒いうち……いえ、たとえ私が死んだとしても」
魔王「魔界は人間達に迷惑をかけない……そういう世界にするつもりです」
国王「……」
魔王「この答えでは、納得できませんか?」
国王「いや、そんなことはありませぬ……。あなたの提案、謹んで受けさせてもらう」
国王「帰っていった……」
国王「とりあえず、これで脅威は去ったということでよいのか……?」
国王「しかし……勇者は本当にどこに行ったんだ? せっかく平和になったというのに!」
国王「別に逃げていても責めやせんし、戻ってくればよいものを……」
占い師「占いによると……」
占い師「勇者様は勇者としての責務を果たした、ということだけは間違いないようですなァ」
国王「どういうことだ?」
占い師「ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」
国王「……」
国王「それにしても、まさか魔王が女性だったとは……本当に驚かされた」
占い師「ええ、本当に美しくなった……」
国王「え?」
占い師「何でもございません! ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒ! 今宵は笑いが止まりませぬわ!」
国王「おぬしは相変わらずだなぁ……」
― END ―
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