戦士「ついに魔王城に着いたな」
魔法使い「いよいよね」
僧侶「神は私たちを見捨てはしませんでした」
戦士「当たり前だ。我々には使命があるのだからな」
勇者「ああ……」
戦士「だが、この先は魔王をはじめとして、これまでよりはるかに強い魔物が沢山いるだろう。気を引き締めて行こう」
魔法使い「ここまで来て色々考えても仕方ないわ。前進あるのみでしょ」
僧侶「私たちには神の祝福がありますよ」
戦士「神様もそうだが、我々は4人で魔物と戦うのではない」
戦士「魔物に居住地を奪われた村に住む人々の子孫、魔物との戦いで両親を亡くした者の子孫、魔物に連れ去られた王族の子孫……。我々はそういう人々の思いとともに戦うのだ」
魔法使い「ここが終着点であってはならないわ。ここから私たちの未来が始まるのよ」
僧侶「勇者さん、行きましょう!」
勇者「ああ。だが……」
僧侶「……やっぱり変ですよね」
戦士「やはりその話題は避けられぬか」
魔法使い「城の周りを一周したけど、やっぱりおかしいわよね」
勇者「城壁も城門もない城なんて聞いたこともない」
僧侶「道に面していきなりドドーンと立ってますもんね、この建物」
魔法使い「それに、この建物も不思議よね」
勇者「ああ」
勇者「天を貫きそうな高さの素っ気ない直方体を、城と呼んでいいのか謎だ」
戦士「しかも、壁の石組みが全て透き通っているぞ。我々の知らぬ魔法によるものか?」
僧侶「透き通っているから硝子じゃないんですか?」
魔法使い「硝子を板の様な平面に加工できるとは思えないわ」
戦士「それに、硝子はせいぜい丸い小皿程度の大きさのものしか作れぬはずだ。壁一面をガラスにするなんてありえないだろう」
僧侶「確かに、教会のステンドグラスも歪んだ小さなガラスの組み合わせですし……」
勇者「魔界にしかない特殊な石を使ったのかもしれないな」
戦士「いや待て、魔法や結界などだと少々厄介だぞ」
魔法使い「不思議なことに、この建物からは魔力を感じないわ」
戦士「それなら問題ないがな」
勇者「いや、問題ならまだある」
戦士「何だ? とにかく中に入ろうではないか」
勇者「その入口が見当たらないんだ」
魔法使い「そうなのよね……」
魔法使い「この硝子風の塔には、硝子風の透明な壁しかなかったわ」
勇者「道に面した正面だけでなく、側面にも裏にも扉がない」
僧侶「あっ!!」
勇者「どうした僧侶」
僧侶「あそこです! 硝子風の壁をすり抜けて、中から魔物が出てきました!」
戦士「ほんとだ!」
戦士「……ということは、この硝子風の壁は実はただの素通しなのだ。行くぞ!」ダッ
勇者「ちょっ……!」
バーン!
戦士「痛え! なんだ、結界か!?」
魔法使い「魔力は感じないと言ったでしょ……」
僧侶「壁に激突しただけですよ」
勇者「あっ! あれを!」
魔法使い「今度は何かしら?」
勇者「今度は外から来た魔物が、ガラス風の壁の中に吸い込まれていく……」
魔法使い「さっき、中から魔物が出てきたところと同じね。あそこに何か仕掛けがあるのかもしれないわ」
−−−−−−−
勇者「あの場所で魔物が硝子風の壁に近づくと、音もなく壁が開き、出入りができる」
勇者「……俺の目に狂いがなければ、そういうことだよな?」
僧侶「はい。間違いないと思います」
戦士「だが、ここは魔王城だぞ。この城の住人以外が近づいたら巨大な雷に打たれるとか、罠があるんじゃないのか?」
魔法使い「この付近に魔力は一切感じないのよ。いい加減、信じてほしいわ」
勇者「よし、じゃあまず俺が中に入ってみよう」スタスタ
ウィーン……
戦士「ああ、勇者が魔王城の中に取り込まれてしまった……」
魔法使い「縁起でもない言い方しないで」
戦士「しかし、勇者一人を敵の本丸に送り出すなど、あまりに危険すぎる」
僧侶「だったら戦士さんが先に行けばよかったじゃないですか」
魔法使い「さっきは真っ先に突っ込もうとしたくせに」
戦士「いや、さっきの激突の痛みがまだ癒えてなくてな……」
僧侶「それでも勇者隊の前衛ですか!?」
魔法使い「もう、私が行くわ」
戦士「待て! 僧侶と二人だけではいささか心許ない」
僧侶「じゃあもう戦士さんは治癒しません!」
ウィーン……
勇者「あの……」
戦士「おお勇者。無事戻ってこれたか。もう二度と会えぬかと」
勇者「城の前でいつまで喋ってるんだよ! さっさと魔王を倒しにいくぞ! ほら!」
〜〜魔王城1F エントランスホール〜〜
ワイワイガヤガヤ
「私どもの改良したこの種には特殊な結界が施してあり、飛行高度から種を蒔いても確実に発芽します」
「ほほう、これを用いれば飛竜にも農耕ができそうだな」
「魔法発動の欠点は詠唱。発動に時間がかかるだけでなく何の魔法か相手に気取られてしまいます」
「そこで私どもが改良した術式がこれです。肝となるのは『暗号化技術』と『圧縮技術』」
「弊社の開発した『あぷりけいしょん』を用いることで、スライムとアンデットも意思疎通を図ることができ……」
勇者「な、何だここは?」
戦士「5階まではあろうかという吹き抜け…」
僧侶「小さく仕切られたブースで和やかに商談する多くの種族……」
勇者「自動で昇降する階段みたいなものもあるな」
魔法使い「ここはダンスホールかしら?」
戦士「いや待て、雰囲気に飲まれてはならぬ。魔王の玉座を探そうではないか」
魔法使い「……そうね」
勇者「あそこの『information』と書いてあるところに城番らしき者がいる」
戦士「よし、俺が行ってこよう。勇者一行の恐ろしさを見せつけてくれよう!」
勇者「あっ……おい!」
受付嬢「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
戦士「あ、すいません。私ども勇者一行と申しますが、魔王様は本日いらっしゃいますでしょうか?」
受付嬢「魔王ですね?本日は何時のアポイントでしょうか?」
戦士「あっと、特にアポイントは取らせて頂いておりませんが……勇者一行とお伝えいただければお分かり頂けるかと」
受付嬢「あいにく私どもの魔王は多忙にさせて頂いておりますので、アポイントがないと面会はできかねるかもしれませんが……少々お待ちください」ピッピッ
受付嬢「もしもし側近様ですか?」
受付嬢「こちら1階受付ですけど、勇者一行とおっしゃる4名様が魔王様に会いたいとお越しですが、いかがいたしましょうか?」
受付嬢「ええ、ええ、……あぁ、やはり……。かしこまりました」ガチャ
受付嬢「お客様、申し訳ありません。魔王は午後の会見の準備に追われており、本日はお会いできかねるとのことです」
受付嬢「恐れ入りますが、側近室を通してアポイントを入れて頂いたうえでお越しいただければと思います。本日はご足労をお掛けし大変恐縮ですが……」
戦士「ああ、いえいえ! こちらこそ手違いでアポも入れず訪問してしまって申し訳ありません。後日改m....」
勇者「何やってんだよ戦士!」
戦士「何って、お客様を訪ねるときは礼儀を尽くすのが作法というものではないか」
勇者「雰囲気に飲まれるなと言ったのはどこの誰だよ!」
勇者「俺たちはお得意先を訪問しに来たんじゃないだろ!」
僧侶「そうは言っても、このエントランスホールには邪悪な空気を全く感じません」
魔法使い「魔王城って、こんなに『来るものを拒まず』って感じだったのね……」
勇者「僧侶と魔法使いも、なに雰囲気に飲まれようとしてるんだよ。誰が何と言おうとここは魔王城なんだ。この雰囲気だって敵の作戦の一つかもしれないだろ」
勇者「おいそこの受付っぽい魔物! 魔王はどこだ!」
受付嬢「お答えしかねます」
勇者「ふざけんな! こっちには人類の明日が懸かってるんだ! さあ言え!」ダンッ
受付嬢「あまり大きな声を出されると、警護隊を呼びますよ」
勇者「おお、上等じゃねえかお嬢ちゃん。その警護隊とやらを今ここに呼んでもらおうじゃねえか! ほら早く!」
戦士「これでは完全に我らが悪役ではないか」
僧侶「今この瞬間、神は魔王サイドに付いたような気がします」
魔法使い「……勇者最低」
??「何を騒いでいるのですか貴方たち! 他のお客様にご迷惑でしょう!」
受付嬢「も、申し訳ありません側近様! この方々が魔王様に会わせろと大きな声を……」
戦士「『方々』!? 複数形は心外であるぞ」
僧侶「魔法使いさん、あの『勇者』とかいう知らない人間怖いですぅ」
魔法使い「しっ、ああいう精神が不安定な人と目を合わせちゃダメ! わかった、僧侶ちゃん?」
側近「貴方が勇者とかいう侵入者ですか?」
勇者「俺だけじゃない。4人で魔王を倒しに来たんだ、ほら……」
戦士「私どもがご提案する、この人間界と魔界間の界峡大橋建設によって、魔界にはこれだけの経済効果が……」
僧侶「しかし、橋の建設や運営を人間側が担うというあなたの提案では、我が魔界はその経済効果の大部分を人間に持っていかれることになりませんか?」
魔法使い「建設資材の調達・運搬から建設に至るまで、当界の様々な種族を活用した方が工期短縮とコストダウンを実現できると思いますが……」
側近「あれは人間界側の建設業者との商談ではありませんか」
勇者「……おい、多くの人間の思いと共に戦うとか言ってた奴の態度がそれか?」
〜〜魔王城45F 魔王執務室前〜〜
側近「魔王様は午前中は会見の準備、午後は定例記者会見を行う予定です」
側近「基本的に空き時間はありませんが、記者会見が終われば、一時的に休憩されることはあります」
側近「あなた方はその休憩の際に、運が良ければ面会できる程度と考えてください。くれぐれも魔王様の執務の邪魔をしてはいけませんよ」
勇者「こっちは1年も掛けてここまで来たんだぞ。俺たちのために時間を割いてくれてもいいじゃないか。戦闘はチャチャッと終わらすからさ」
側近「何か月もかけてお越しになるなら、アポイントをとる時間くらいあったでしょうに」
側近「……これだからマナーを知らない蛮族は」フッ
勇者「俺たちは人間界を代表する王国の国王に請われて魔王討伐に来ているんだ。蛮族呼ばわりされる覚えはないぞ」
戦士「その辺にしないか勇者。傍から見たらお主の振る舞いは完全に蛮族ではないか」
魔法使い「面会できるかもしれないっていうんだから、大人しく待ちたいわね」
勇者「お前たちはこの状況に順応しすぎて、訪問の趣旨を忘れてるだろ?」
側近「魔王様は多忙で、多くの来訪者の面会要請を断っています。本来、如何なる理由があろうと特別扱いはできないのですよ」
勇者「勇者が来たんだぞ。ただの来訪者とは違うだろ?」
側近「…ええ、魔王様はあなた方をただの来訪者とは違うとおっしゃるでしょう」
勇者「そうだろ?」
側近「ただの来訪者よりも優先順位が低いとおっしゃるでしょうね」
勇者「はぁ?」
側近「とにかく、大人しくこの魔王執務室の前の控室で待っていてください。それが嫌ならアポイントを取ったうえで来てください」
勇者「……」
戦士「少なくとも先方は我々と会うことを拒否はしていないのだ。ここは待とうではないか」
僧侶「この流れも神の御導き……」
勇者「わかったよ、ここで待てばいいんだろ、待てば」
−−−−−−−
勇者「なあ、まだか?」
戦士「少しは大人しく待たぬか。落ち着きのない奴だ」
僧侶「勇者ちゃんいい子ですね〜。あと少しだから、もうちょっといい子にしてましょうね〜」ヨシヨシ
勇者「あと少しあと少しって、お前たちの時間軸はおかしくなっちまったのか?」
魔法使い「あ、勇者君見て。窓の外に飛竜が飛んでるよ。ほら、かっこいいね〜」
勇者「さっきから俺の扱いが駄々っ子か還暦過ぎじゃねえか! いい加減にしろ!」
勇者「だいたいなんだ飛竜って! のんびり外見ている場合かよ!」
側近「執務室の傍で喚くなと言ったはずですよ。本当に社会性のない蛮族ですね人間は……!」
戦士「人間を一括りにするのはお止め頂きたい。蛮族は勇者だけゆえ」
僧侶「すいません。勇者は教会が再教育しますので」
魔法使い「人類を代表して、数々の無礼をお詫びするわ」
勇者「……俺たちここに何しに来たんだっけ?」
ギイッ
??「……」スタスタスタ…
勇者「あっ……、おい」
戦士「あれは……」
勇者「魔王じゃないのか?」
魔法使い「このオーラは……」
僧侶「今まで見たことがないほど強力です」
勇者「おい待て! 魔王!」
側近「お下がりなさい!」
勇者「なっ……! なぜ止めるんだ! 魔王が執務室から出てきたんだろう」
側近「確かに、今しがた執務室から出てこられたのは魔王様です」
勇者「だったら会わせてくれ。休憩時間に面会できるんじゃないのかよ」
側近「休憩ではありません。魔王様はこれから定例記者会見なのです」
勇者「その記者会見?とやらが始まるまででいいんだ。何とか頼む」
側近「今日の定例記者会見は重要なものなのです。決して汚してはなりません!」
勇者「くっ……!」
戦士「なあ、側近殿」
側近「なんでしょうか?」
戦士「我々も、その記者会見とやらに参加させては頂けぬか?」
側近「……なりません! あなた方は、今日という日がどれほど重要か知らないのです!」
戦士「いや、その場に乱入しようというのではないのだ。『見学』と言い換えてもいい」
勇者「おい戦士、何を呑気なこと言っているんだ」
側近「どういうことですか?」
戦士「我々は魔界のことを何も知らぬ」
戦士「魔界の内情がどうなっているのか、これからどうなろうというのか……」
僧侶「確かに、この城自体も不思議の塊ですしね」
魔法使い「それだけじゃないわ」
魔法使い「ここ20年以上、魔界から王国への侵攻はぱったりと止んでいるわ」
魔法使い「私たちは魔界との戦いも経験していない」
僧侶「魔界との戦いなんて、伝記で読んだだけですしね」
戦士「そういった疑問を含めて、記者会見とやらの場で事前に知識を仕入れておくのも悪くないだろう」
戦士「……魔王を倒す、倒さないはそのあとの問題としてな」
勇者「……むう」
側近「分かりました。見学は許可しましょう」
戦士「かたじけない」
側近「ただし、決して声をあげないこと、決して魔王様に近づこうとしないこと、それだけは約束してください」
魔法使い「約束するわ」
側近「……では、記者会見会場にご案内しましょう」
側近「すでに記者会見は始まっています。くれぐれも静粛に願いますよ」
〜〜魔王城10F バンケットホール〜〜
魔王「……まとめると、今週の魔王府の活動結果は、継続事業として種族間交流促進事業1件、魔族飛行ルート制定の啓発事業1件」
魔王「新規事業として次世代魔法の研究開発促進事業1件、老朽化した街道の保守事業1件」
魔王「これが魔王府の活動結果である。以上」
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
勇者「おい、なんか既に終わったみたいだな」
「ちょっと待てよ!」
「利益供与の話はどうなったんだ!」
「そうだそうだ!」
ザワザワザワ
戦士「待て、風向きが怪しい」
魔王「……フッ」
「何がおかしい!」
「笑ってる場合か!」
エルフ記者「エルフ記者と申します。恐れながら、魔王様は先週の定例記者会見で、『次の定例記者会見で利益供与について詳しく説明する』と仰せでした。その説明をいただきたいのですが」
魔王「……そうであったな」
「聞かれない限り黙ってるつもりか!」
「開かれた魔王城が聞いてあきれるわ!」
魔王「静粛に」ギロッ
魔王「いいだろう。説明しよう」
魔王「いわゆる便宜供与と呼ばれるものが行われたのは今から25年ほど前、我が魔王に就任して5年ほど経った頃であった」
魔王「当時の魔界は、各々の種族が他の種族と共存することなく自給自足の生活を行っていた」
魔王「自給自足の生活を行う中で、種族間の数千年に及ぶ抗争は絶えず、また別の種族は人間界に新天地を求め、王国と無秩序な紛争に邁進していた」
「昔話を聞きに来たのではない!」
「簡潔に説明しろ!」
魔王「黙れ、と言っておるのだ……!」ゴゴゴ
魔王「……就任以来、我は積極的に種族間の抗争の仲裁を行い、種族間の相互補完による相乗効果の創出に心血を注いできた」
魔王「そんな中、最後に残ったのが獣人族と竜人族の抗争であった。魔界でも最大勢力を誇る2つの武闘派種族の抗争は、最後にして最大の抗争であった」
魔王「抗争の発端は数千年前、両者の領土の境目を流れる川の流路が変わったことが発端だった」
魔王「元々草原を好む獣人族は草原の広がる川の東岸を領土とし、湿地帯を好む竜人族は湿地の広がる川の西岸を領土としてきた」
魔王「しかし数千年前、川は豪雨を契機に突然流路を変え、大きく西側に蛇行することとなった」
魔王「その後、獣人族は新たな川の流路を根拠に領土を西側に大きく拡大し、それに対して竜人族は旧来の川の流路を根拠に、川の東岸となった湿地帯への獣人族の進出を妨害しようとした」
魔王「魔王就任直後から、我はこの両者の仲裁に努めたが、もはや仲裁不可能な状態となっていた」
魔王「竜人族には、自らの生活に欠かせない湿地帯を不当に奪われたという認識しかなく、獣人族の存在自体を認めていなかった」
「それはまあそうだろうな……」
「勝手に他所様の領土を奪った獣人を処罰すればいいんじゃないのか?」
魔王「しかし、獣人族にも数千年にわたる湿地帯生活に順応したグループが生まれており、湿地帯を取り上げることはそのグループの氏を意味していた」
魔王「我は両者の族長や交渉団長と根気強く仲裁を図ろうとしたが、両者には両者の生活や沽券があり、中途半端な仲裁は却って互いの不満を高めるだけであった」
魔王「そこで我は25年前に一計を案じた」
魔王「獣人族から湿地帯を取り上げることなど、もうできない。また、両者の境界として、河川という自然の要害は何より好適」
魔王「されど、竜人族の領土が不当に減ってしまい、竜人族だけが不利益を被ることなどあってはならない」
魔王「我は魔王領にある湿地帯を竜人族に無償で払い下げた」
魔王「……これが、竜人族への利益供与の真相だ」
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
妖精族記者「魔王様、魔族はその話を理解するとお思いですか?」
魔王「我は頭の足りぬものに繰り返し説明することは好まん」
魔王「今の話を理解できぬものに理解してもらうつもりもない」
「何だその言い草は!」
「何様のつもりだ、偉そうに!」
魔王「なんだと……?」ゴゴゴ
魔王「我は魔王様ぞ。事実偉いのだ」
ザワザワザワ
魔王「……だが、理解することと納得することが同義ではない点は充分承知しているつもりだ」
魔王「今、耳を傾けるべきは、利益供与を受けたと矢面に立たされている竜人族の話だろう」
魔王「竜人よ、思う所を話すが良い」
竜人記者「竜人記者です。……私は、到底納得できません」
魔王「……ほう」
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
「やはりな」
「また、抗争時代に逆戻りだな」
竜人記者「私は、獣人族との仲裁の際の交渉団長でした」
「なんと」
「そりゃ、恨みも残って当然だな」
「このネタをリークしたのはあいつじゃねえのか?」
魔王「黙るのだ。竜人の話は続いておる……!」
竜人記者「私の両肩には万を超える竜人たちの生活が懸かっている。私の発言には地に堕ちた竜人族の矜持が託されている」
竜人記者「……そう思えば、易々と我が故郷を明け渡すことなどできようはずもありませんでした」
竜人記者「しかし魔王様、なぜあの時、魔王様が自らの領土を手放さざるを得ないという状況をお話しいただけなかったのか……!」
竜人記者「私にはそれが悔しいのです。納得できないのです」
竜人記者「そのような状況を知っていたら、私は竜人族を説得したでしょう。魔王様から領土を頂いてまで守りたい矜持など、どこにもないと説いて回ったでしょう」
竜人記者「魔王様、竜人族を信用していただけないのですか?」
魔王「……ふむ。よくわかった」
魔王「竜人記者よ、苦労を掛けたな。我はそなたを信用しているつもりだ」
竜人記者「でしたら……!」
魔王「信用しているからこそ、嫌われ役をそなた一人に押し付けることなどできなかったのだ」
魔王「魔界に住む我が臣民たちの苦労を思えば、我の領土など何ほどのものでもないわ」
竜人記者「魔王様……」
魔王「竜人記者よ。そなたの心意気は決して忘れぬ。これからの活躍を期待しているぞ」
海獣記者「海獣記者と申します。魔王様のお話は分かりましたが、領土を特定の種族に無償譲渡することは、種族間公正競争促進法に反します。魔王様として、法律に違反することをどうお考えでしょうか?」
「そうだそうだ!」
「騙されないぞ!」
魔王「その法律が制定されたのはいつのことだ?」
海獣記者「えっと、それは……」
魔獣記者「10年前の1月1日ですね」
火属性記者「するってえと、つまり……」
魔王「その法律に『遡及して適用する』という一文がない以上、我は法を一切犯してはいない」
「そんな法の目をかいくぐるような説明に納得できるか!」
「法的な責任はともかく、道義的な責任もないと言えるのか!」
魔王「道義的……?」
魔王「我は、自らの行いを疚しいと思ったことなど、ただの一度もない」
魔王「我が魔王人生に一片の悔いもないわ」
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
魔王「種族間で足を引っ張り合う前近代的な社会を改め、種族間の相互補完による相乗効果の創出に心血を注ぎ30年」
魔王「魔界は、このようなインテリジェントビルを建設する技術を獲得し、魔法を使えぬものにも一瞬で魔王城の情報を配信する網を形成し、物言えぬ種族同士でも意思疎通を図れる基盤を整備した」
魔王「その結果、そなたたちは自ら考え、課題を発見し、不正をただす術を身につけた」
魔王「このような世界が、この世の中のどこにあろう?」
魔王「我は胸を張って言うぞ。魔界はこの世の中の先頭を走っていると」
「話をすり替えるな!」
「美談にすり替えたところで、責任は免れないぞ!」
魔王「後は、そなたたち自身が魔界にとって大切だと思うことを胸に、目的と手段を取り違えることなく、魔界の主役として活躍されんことを期待する」
魔王「……例えば、子の病に付き添うために仕事を休む者は、付き添うことを称賛されることこそあっても、仕事を休むことを批難されることなどあってはならぬのだからな」
「上からものをいうな!」
「おい、それが魔王様に対する口の利き方か!」
「そうだ、お前には魔王様の話が全然理解できていないようだな!」
「ちょっ……! 自分のことを棚に上げて他人の挙げ足を取るのが俺たちの仕事だろ?」
「それがお前たちの種族の矜持か? 自負か? 責任か?」
「いや、だから種族ではなく、記者としての……」
「そんな考えの奴には人間界の方がお似合いだぞ!」
ワハハハハハハ……
魔王「さて、先ほどの話で誤解があったら解いておかねばなるまい」
魔王「今回の利益供与のネタをリークしたのは誰かという話だが、水晶で詳細は確認済みだ」
魔王「結論を言えば、竜人族でも獣人族でもない。彼等は誇り高き種族。斯様な真似などしないのは、先ほどの竜人記者の心意気を見るに明らかであろう」
「ではいったい誰なのですか?」
「魔王様は犯人をご存じなのでしょう?」
魔王「目的と手段を取り違えるなと言ったはずだ!」カッ
魔王「事実は明らかにしたのだ。情報源など語るに値しない些事だ」
魔王「……さて、ここで臣民たちに一つ報告がある」
魔王「繰り返すが、我は自らの行いを疚しいと思ったことなど、ただの一度もない 」
魔王「だが、魔王という身分に対する未練も微塵もない」
魔王「現在の魔界という近代国家において、魔王制という統治制度は時代にそぐわなくなってきていると感じていたところだ」
魔王「我はこの記者会見終了をもって、魔王を辞する」
エルフ記者「えっ……!」
妖精族記者「待ってください、魔王様!」
魔獣記者「嫌です、そんなの!」
魔王「我の後任には、魔王府の最高執行責任者を務めている竜王を充てたい」
魔王「竜王は、魔王立議会で民主的に選出された長官だ。異存はないだろう」
魔王「ただし、魔王という身分は永久に空位とする。今後はそなたたちの手で、民主的に最高執行責任者を選出していくがいい」
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
獣人記者「魔王様がお辞めになることはありません!」
竜人記者「そうです! 我々には魔王様が必要なのです!」
魔王「それはありがたいが、そなたたちは階段を昇る時なのだ」
海獣記者「逃げる必要などないではありませんか! あなたは何も間違っていない!」
魔王「間違っていないからこそ、堂々とそなたたちに道を譲るのだ」
スライム記者「ピキー! ピキー!」
土属性記者「まwwwwおwwwwうwwww」
魔王「そなたたちが道を踏み外しそうなことがあれば、我は迷うことなく雷を落とそう。覚悟するのだな」フッ
魔獣記者「そんな、私たちはどうしたら……」
火属性記者「無茶ですぜ。そいつぁ、ちょいと無茶ってえもんですぜ……」
竜王「皆の者、鎮まれい!」ゴウッ
竜王「魔王様のお気持ちを無駄にするでない」
竜王「魔界がここまで来れたのは魔王様のお陰。それは皆の者も解っておろう?」
竜王「これからは、我らが魔王様に恩返しする番ではないか」
竜王「不肖、竜王は老い先が短いようでの。一日も早く魔王様に恩返ししないと、悔いを胸に抱いたまま旅立ってしまいそうじゃ」フォッフォッフォッ
竜王「ここはひとつ、この老いぼれに免じて、魔王様への恩返しに力を貸しては頂けぬか?」
エルフ記者「そ、それは……」
獣人記者「拒否する理由など微塵もないが……」
竜人記者「私は、魔王様に恩を返すことに如何程の躊躇いもありません!」
妖精族記者「賛成ね」
海獣記者「やるしかないだろう」
火属性記者「っかぁ〜、とんでもねえ瞬間に立ち会っちまったみてえだな。なあ旦那」
魔獣記者「……ああ」
土属性記者「うwwwwはwwww」
魔女記者「…………」コクコク
スライム記者「ピキー!! ピキー!!」ピョンピョン
竜王「賛成の者は、拍手を頂けますかな?」
パチパチパチパチパチパチパチパチ・・・
パシャパシャパシャパシャ・・・
カタカタカタカタ・・・
戦士「ふむ、あの年老いた竜を倒せばいいんだな」チャキ
勇者「待てっ」
戦士「なぜ止める? 記者会見は終わったのであろう。側近殿との約束は果たした」
勇者「そうじゃない」
戦士「ならば、今こそが魔王討伐の好機ではないか。先方は完全に油断しているぞ」
勇者「駄目だ」
戦士「どうした勇者。まさか、この期に及んで怖気づいたのか?」
勇者「竜王は、倒せない」
戦士「おいおい、しっかりしてくれよ……。お主が行かずとも、俺は行くぞ」
勇者「……いや、あの竜王は、倒しちゃいけない
僧侶「どういうことですか?」
勇者「高度な技術、相互補完による相乗効果、民主的な統治機構……、どれも今の王国に欠けているものばかりだ」
勇者「俺たちが人類に対してすべきことは、この魔界を壊すことじゃない」
勇者「この魔界と手を携え、王国を近代化させることだ」
魔法使い「……確かにそうね」
戦士「何を言っているんだ。あの年老いた竜を倒せば片が付くのだぞ」
勇者「竜王を倒したところで、魔界は一致団結して次の最高執行責任者を選出するだろう」
僧侶「そうなったら、私たちは魔界からの反撃を受けますね」
勇者「ああ、このとんでもない建物を作る集団からの総攻撃をな」
僧侶「駄目です、そんなの……」
勇者「俺たちの故郷は、俺たちの手で守るんだ」
勇者「いや、俺たちの手で、この魔界を超える国にするんだ」
魔法使い「そのためには、魔界との協調が必要というのね」
勇者「ああ」
勇者「至急、王宮に戻って国王陛下に報告しよう」
勇者「魔王城がなんかおかしいほど進化している、ってな」
=完=
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