新聞に載ってた数行の文章で人生が変わった話でもする
「勇気をもらった」とかじゃなくて物理的に変わった
物後頃ついた頃からずーっと鼻がつまってた
鼻の奥にゲル粘性の塊がつまって全く動かない感じ
インフルエンザとかで蓄膿が最もひどい事になるあの感じがずーっと続いてた
ずっと息苦しいし鼻がつまってるから出ないと分かっても鼻をかむ
いつも鼻をかんでるくせに全く鼻水が出ないから親や学校の先生にはいつも怒られてた
気のせいなのに気にしすぎだわざと大きな音を立てて注目されたいのかとかなんとか
耳鼻科へ行けと言われて行ったら一目見た医者は「うわっこれ息できないだろ」と驚愕した
週一で通っても治る気配も日々マシになる気配もなかった
息ができないから運動はもちろん最悪で頭は全く働かず夜も苦しくてろくに眠れない
成績は小学六年生までは何とかなったが中学でついに物凄く落ちた
勉強時間を増やしても増やしても全く身になっている実感はなかった
系統だった思考が出来ずクラスの顔と名前すら覚えられず学校生活は物凄く苦労した
人間の呼吸はこれが普通で皆こうで皆この状態からやっているんだと思っていた
普段は基本的に口で息していたが
たまに固まったものが喉まで下りてきてそうなると正直命の危機も感じた
ハアハアやれば生きてはいけるがずっとそんなんやってると不審者だ
どうにか鼻を通そうと全力で口と片鼻を塞いで全力で息を出す
目玉が飛び出そうなほどの圧力がかかってやっと一瞬少しだけ空気の道ができるが数秒後元通りになる
鼻水が溜まって炎症が起きて鼻穴が狭まりそこに鼻水が詰まるというループが起きていた
俺にとって俺の身体は俺に嫌がらせをしてくる存在だった
結局三流大学にしか通れずに(これだって奇跡みたいなものだった)
俺はそこで一人暮らしを始めた
大学一年生の5月に教授の一人が「次のレポートはこの新聞から出す」と言ったのでその新聞を買って読んだ
当時平成初期のネットもまだなかった頃だから大学の授業もそんな感じだった
俺はアパートの一室で買った新聞を読みそしてその「読者投稿欄」を見つけた
『鼻がつまって困っていたら時に祖母に「塩水を鼻に入れるといい」と教えてもらい実行したら鼻が通った。
そんな思い出がいっぱいの祖母が最近亡くなった。昔を思い出す』という内容
別に健康欄でもニュース面でもなく『祖父母への感謝と思い出』テーマの読者投稿
今でいう「鼻うがい」だがネットもなかったし医者もそんなことを言わなかったから俺はここで初めてそんな方法を知った
鼻に直接水を流し込むとか考えもしなかったが世の中にはいろんな民間療法があるんだなと思った
別に期待はしていなかったが日々ヒマだしやってみるか…と思ってやってみた
鼻から塩水を入れて口から出す…繋がってるとは言えこんなん出来るのか…我ながら妙な事してるな…と思いつつやった
あっさり完治した
直後え?マジで?ってくらい体内で風が吹いて頭が冴えた
えっマジで?これで完治?えっマジで鼻って息するための器官なんだ
つーか皆こんな状態で生活してたんかよ俺今までハンデ背負いすぎじゃねーか
めっちゃ頭動くけどうわ何これてかもう受験終わったぞチクショオオオオオオ
それから数か月間俺はなんか物凄い事になった
コマンド「逃げる」だけでバラモスまで終えたレベル1勇者がはぐれメタル群生地発見したと思えばわかりやすい
買い物に行けばうおおおおおおすげええええ世界にはこの視点があるんかああ
クリーニング出せばああああああああ社会ってこういう仕組みなのかああああ
料理を作ればああああああああああ物理現象ってこうなんだああああ
一行動ごとに何回も世界観がグルグル回って人生観がどんどんグレードアップしていくのを実感できた
栗本薫の「滅びの風」を読み終わった瞬間のえっ…あれ…俺だよな…ってなったあの感じは正直言葉では伝えきれない
あれは読書時間の二時間で記憶を引き継いだだけの別人になってたと思う
そんな調子で秋くらいにはサークルに入りそこで無事に友達もできて順調に単位とって大学卒業になった
正直まだ一般人のレベルには届いてなかったけど
まあ何とか就職できるくらいにはなった
はぐれメタル乱獲してる数か月の「自分が日々変わっていく」快感はまだ鮮明に思い出せるし
あの時新聞読めと言ってきた教授と投稿者とその祖母は人生の恩人だと思っている
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